第340話 イチローの答え
「どうだ!? イチロー! 俺達と一緒に帰ろう!!」
マサムネは真剣な表情で更に前のめりに詰め寄ってくる。
「………」
俺は息を整えるというか、一拍間を置くために、手元にあったアイスコヒーを一口含む。すると、グラスの中のキチキチに入れていた氷が、溶けて動き、グラスに当たって、カラーンと良い音を立てる。
「ふぅ…」
俺は暫く、グラスの中の氷を眺めていたが、決意を決めて、マサムネに向けて顔を上げる。
「俺は…一緒には戻れない…」
俺の言葉に、マサムネは一瞬、捨てられた子犬の様に寂しそうに眉を下げるが、やや顔を下げ、瞳を閉じてフッと笑う。
「やはり…ダメか…」
分かっていたような、溜息の様な口調でそう漏らす。そして、再び顔を上げ、柔らかい表情を俺に向ける。
「…理由は…仲間か…?」
俺はそのマサムネの言葉に、別のテーブルに視線を向ける。
「クリスっ! 唐揚げはひとり二個までといっておろうが!!」
「いや…唐揚げが勝手に口の中に飛び込んで来たというか…なんというか…」
「クリスちゃん、もっとからあげ食べたいの?」
「あっしがまた唐揚げを揚げてきやしょうか?」
「こんな事もあろうかと、先に唐揚げを確保しておいて正解でした」
随分と恥ずかしい内容の会話を繰り広げているが、いつものアイツららしいので、自然と笑みが零れてくる。
「まぁ、確かにアイツらのこともあるな…シュリもポチも今更野生に戻れないだろうし、カズオの奴も今の状況では仲間の所に戻りにくいだろう、アルファー達蟻族の連中は俺がいなければ、また魔族側に戻るかもしれないしな… クリスは…野生から人の世に戻してやらないといけない… あれ、カローラの姿がねぇな… まぁいい…アイツらの事もあるし、俺にはこちらの世界に嫁と子供もいるからな、放り投げて元の世界に変える事は出来ないよ」
「…そうか…イチロー…君はこの異世界に根を降ろす覚悟をしていたのか… それにしてもイチローが結婚して子供がいたとはね… 子供は男の子か? それとも女の子か?」
マサムネは告白した相手が幸せな恋愛をしている時の様な、柔和な表情で尋ねてくる。
「両方だな、えっと数は…男がアソシエの産んだアルフォンスにティーナの産んだアインスローンだろ…後ダークエルフの長女のイーが産んだプリーモも男だったな… 女の方は… あれ? そう言えばハバナが産んだ子って性別どうだったけ?」
「こ、これは…思った以上に盛大に根を下ろしているな… イチローは…」
指折り子供の人数を数える俺に、先程まで、柔和な笑顔をしていたマサムネは、肩眉をあげて苦笑いを始める。
「若いって…凄いなぁ~… 僕にはとてもじゃないけど無理だよ…」
「いえ…これは若さだけの問題じゃない気がするけど…」
ぼっさんとトマリさんも俺の子供事情に感心するような呆れるような顔をして言葉を漏らす。
「まぁ…こういった訳で、俺はマサムネたちと一緒に日本に帰る事は出来ない」
「そうか…でも…未練はないのか? 元の世界の両親や友人に会いたくないのか?」
マサムネは一緒に帰る勧誘を強引に続けようとしているのではなく、俺の事を心配するように尋ねる。
「うーん… 全く未練が無いと言えば嘘になるな… でも両親は俺の死んだことをきっぱりと割り切っているだろうし、友人と言ってもネットの世界の友人だからな… 特に会いたいと思う奴はいないよ」
俺のパソコンのDドライブの中がどうなったか、誰にも見られていないかは心配だけどな…
「そうか… イチローに取っては元の世界に戻る事は、取引材料にはならなかった訳だな…」
マサムネは寂しそうにそう漏らす。
「あっ、一緒に帰る事は出来ないってだけで、別に全く協力しないって訳じゃないぞ?」
「そうなのか!?」
寂しそうにしているマサムネにそう言葉を掛けると、マサムネは項垂れかけていた顔を上げ、嬉しそうに顔を開いて見せる。
「あぁ、さっきも言ったように、嫁や子供、仲間やそれに自分の領地もあるから、マサムネたちとずっと同行することは出来ないが、俺に出来る事なら協力させてもらうよ」
「そうか! それはありがたい!」
マサムネの顔に笑みが零れる。
「同じ転生者、同じ日本人同士だからな、非力ながら協力させてもらうよ、その協力の一環として、ここにいる間は、マサムネたちにとっては懐かしい元の世界の再現料理をつくってやるよ、カレーとかかつ丼とかな」
「カレーにかつ丼…随分と懐かしく嬉しいメニューだな」
マサムネだけではなく、ヤマダやトマリさん、ぼっさんも俺の言葉に本当に嬉しそうな顔をする。
ここまで喜ばれると、他にも色々と食わせたくなってくるな、今までどんな物を作ったっけ? えっと、お好み焼きに串カツ、餃子パーティーもしたな、他にはピザも簡単にできるし、そう言えば、エイミーがハニバルから持ち帰った魚介類の中に昆布や干物もあったな、それで和風だしも取れるから、煮物や肉じゃがとかも出来るな…
そんな風に指折り数えながらメニューの数を数えていると、再びシュリ達の所が騒がしくなり始める。
「ねぇねぇ、カズオ、唐揚げ作ってたでしょ? 私の所に唐揚げ無いんだけど…」
そう言ってカローラが馬車の中から出て来てカズオに尋ねる。
「えっ!? カローラ嬢の所に唐揚げ行ってなかったでしたか? おかしいなぁ… クリスさんに運んでおいてくれといったはずでやすが…」
「………」
首を傾げるカズオに、縮こまって押し黙るクリス。
「あっ! さてはクリス! お主、カローラの分まで食べてしもうたのか!?」
「い、いや…カローラの所に持っていこうとしたんですけど、途中で落としてしまって…」
クリスは目を泳がせながら言い訳を始める。
「では、自分の分を我慢すればいいじゃろうが…それに落とした唐揚げはどうしたのじゃ?」
シュリはクリスの顔を覗き込んで追及する。
「…食べました…」
「あ・だ・じ・の・が・ら・あ・げぇ~!!!!」
その言葉を聞いた途端、カローラがクリスに飛び掛かって、その胸倉を締め上げる。
「どうじでわだじのがらあげだべぢゃうのよぉ~!!」
「い、いや…温かいうちに食べなきゃいけないと思って…」
「クリス…お主…あまりにも意地汚すぎるぞ…」
そんなカローラ達の様子を見て、マサムネたちは笑い声を上げるが、ヤマダだけは何かに魅入られたように眺めて呟く。
「ねぇちゃん…」
その言葉に気が付いて、俺はヤマダに向き直る。
「ん? ヤマダ、今、ねぇちゃんっていったか?」
「うん…ねぇちゃんみたいだと思って…」
ヤマダがそう呟くので、俺はヤマダの視線を追っていくと、クリスに行きつく。
「お、お前のねぇちゃんって…お前にプラレールをプレゼントしたねぇちゃんの事だろ? あんな感じに食い物に意地っ汚い女なのか?」
「うん… 美味しい物に目が無くて、可愛くてちっちゃくて…」
「ん?」
可愛いというのは人それぞれの感性によるが、小っちゃいって言うのは…クリスはどちらかと言うと、女性の中では長身…んっ!?
「ヤマダ! お前、もしかしてねぇちゃんに似ているってのは、あの臭そうなクリスの方じゃなくて、ゴスロリのカローラの方か!?」
「う、うん…ちっちゃくて可愛くて、黒っぽい所がねぇちゃん、そっくり…」
やっぱ、ヤマダの中身が幼い幼いと思っていたら、あんな小さなカローラがねぇちゃんっていうぐらいなら、マジで小学高学年かもしれん…
「ふふふ、ヤマダ、今日はラーメンだけではなく、姉に似た人物に会えてよかったな…」
ご機嫌なマサムネがそう声を上げた笑ったのであった。
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