第337話 懐かしい味

「どうした? マサムネ、そんなハトが豆鉄砲喰らったような顔をして突っ立って?」


 俺はフリーズしたゲームのNPCの様に突っ立つマサムネに再度、声を掛ける。


「あっ、いや…その… イチロー、お前は何を作っているんだ?」


 普段はいかにも軍人のようなメリハリのある言葉遣いのマサムネが、まるで、思春期の少年が初めて女の子に告白する時の様な、たどたどしい口調で尋ねてくる。


「何作ってるんだって、見ればわかるだろ、唐揚げに餃子、それにラーメンを作ってんだよ、それと後からチャーハンも作るぞ」


 俺がそう答えると、マサムネは俺にまで聞こえる大きな音でゴクリと唾を呑み込む。


「おっ、俺にも…それを…食べさせてもらえないか…?」


 マサムネは本当に女の子に告白するような、しかも断られたら自殺でもしそうな真剣な顔で懇願してくる。その隣には、命どころか冒険者人生まで救ってもらったルドルフォヴナとリーダーのデュドネが、恩人であるマサムネの懇願を俺が断るのではないかと、ハラハラしながら、視線をマサムネと俺の間を行き来させている。


 ってか、マサムネもルドルフォヴナ達も、俺がマサムネには食わせないケチ臭い男だと思っているのかよ… まぁ、対魔族連合から支給された以外の食料は、ここでは貴重なものだから、自分たちにはマサムネには回らないかもと心配するのは分かるが、それは心配し過ぎだ。


 俺はふっと口で笑ってから、マサムネに向き直って応える。


「そんなの当たり前だろっ! ちゃんとマサムネ、お前の分も作ってるぞ!」


 俺の言葉を聞くとマサムネの顔にぱぁっと少年の様な笑顔が広がっていく。


「そんな事よりもさっさと、自分の使うイスとテーブルを持ってこいよ! それと、他のメンバー、トマリさんとぼっさん、あとヤマダと…なんていったっけな? そうだアイダって奴も呼んで来いよ、ちゃんとここにいる全員分作ってるからな、早くしないと麺が伸びちまうぞ!!」


 俺が威勢よく、マサムネに声を掛ける。


「あぁ!! 分かった!!! すぐに取って来るっ!!」


 いつもは冷静沈着なマサムネが、駄菓子屋で欲しかったおもちゃを見つけて、家にお金を取りに行くとき様な少年の顔と素振りで、コンテナハウスに一目散に駆け出していく。その様子をルドルフォヴナとデュドネは目を丸くして呆然として立ち尽くす。


「おら! お前たちもさっさと自分の分の椅子とテーブルを持ってい来い!」


 俺の声にはっと気を取り直した二人は、慌てた素振りで俺に深々と頭を下げると、自分たちも椅子とテーブルを運ぶために駆け出していく。


「カズオ! 飢えた連中がぞろぞろとやってくるから、そろそろ麺を茹でていくか!」


「へい! 分かりやした! 任せてくだせい!!!」


 久々の料理に、カズオも威勢よく答え、慣れた手つきでラーメンてぼに麺を放り込んでいき、麺茹でようの寸胴に突っ込んでいく。そして麺を茹でている間にラーメンどんぶりをドンドンドン!っとテーブルに並べて、味の決め手となるかえしをどんぶりに注いでいき、そこへ、天上天下一品の独特のあのどろっとしたスープを注ぎ込んでいく。


 おっと、俺もカズオの様子をぼーっと見ていられない、唐揚げの方をしないと… 俺はちゃちゃっと、揚がった唐揚げを上げていき、パットで油を切っている間に、カズオが焼いといてくれた餃子を取り上げていく。


「うぉぉぉぉ!! スゲーいい匂い!! たまんねぇ~!!」


 その声に振り返って見てみると、既にテーブルと椅子を準備したデュドネとルドルフォヴナが、待てを命令されている犬の様にだらだらと涎をたらしながらこちらを見ている。


「お、おぅ、もう来てたのか…はぇなぁ…」


 そこへ、カズオが湯きりした麺をさっとどんぶりに入れ、もやし、たっぷりのネギ、そしていつの間に用意していたのかチャーシューとメンマを載せて、天上天下一品のラーメンを完成させる。


「あっ! マジラーメンじゃん!!」


「うそ! 本当にラーメンを作っているの!?」


「これはこれは! 僕の大好きな天上天下一品のラーメンじゃないかっ!!」


「なっ! 俺の言ってたことは本当だったろう!?」


 そこにマサムネに呼ばれてやってきたヤマダ、トマリさん、ぼっさん、マサムネの四人が椅子やテーブルを抱えながら、カズオの作るラーメンに驚いて声を上げていた。


「へい! ラーメン二丁! お待ち!!」


 そこへカズオがラーメンのどんぶりをルドルフォヴナとデュドネの前にドンと置く。美味そうなラーメンの見た目の香りに、ぱぁっと顔を広げて二人は感動するが、自分の回復祝いではあるものの、治療をしてくれたトマリさんやぼっさんを差し於いて先に配膳されて食べても良い物かと、ラーメンとマサムネたちの間で視線を右往左往させる。


「大丈夫、すぐにマサムネの分も来るから安心しろよ」


 俺はそう言ってルドルフォヴナとデュドネの二人を安心させながら、二人の分の唐揚げと餃子の皿を置く。


「へい! 四人のお客さん! お待ちどう! ラーメン四丁!!」


 俺の言った通り、カズオはテーブルを並べたマサムネたちの前に出来たてほやほやのラーメンを並べていく。


「ラーメンだ…本当にラーメンだ…しかも天上天下一品のラーメン…」


 夢幻ではなく実物のラーメンを前に、呆然とラーメンを眺め、そして、大きくゴクリと唾を呑む。


「ほら、眺めてないで早く食えよ、麺が伸びちまうぞ」


「あっ、あぁ…」


 俺の言葉に機と取り直したマサムネは小さく答える。



 パンっ!!



 そして、手を叩いたかと思うと、まるで真剣勝負にでも望むような神妙さで、ラーメンに手を合わせながら頭を下げる。



「…頂きます!」



 その真剣なマサムネの頂きますを見たヤマダやぼっさん、トマリさんも、自分たちも同じように、手を合わせて頂きますを行う。


 そして、マサムネはまるで貴重品でも取り扱うような慎重な仕草で、端でどんぶりのスープの中から麺を摘まみ上げ、じっと麺を見つめたかと思うと、一気に麺を啜る。


「…美味い… しかも、俺の思い出通りの味だ…」


 マサムネがなわなわと震える口先で、小さく呟く。


 そのマサムネのラーメンを食べる姿を見てトマリさん達や、お預けをしていたルドルフォヴナ達も一気にラーメンを食べ始める。


「美味い! なんだこれ! 俺、こんなの食った事がない!!」


「マジで美味いな! 信じられない!!」


 ラーメンを初めて食べるルドルフォヴナ達は目を皿の様に丸くしながら、物凄い勢いでラーメンを食べ続ける。


「ずっげーな! 天上天下一品をここまで再現しているなんて!」


「昔は良く行ってたな…週6回ぐらい通った時もあったな…」


「私は向こうにいた時は行った事が無かったけど… それは人生、損をしていたわね…」


 ヤマダ、ぼっさん、トマリさんの三人がそれぞれの思いを語りながら、嬉しそうにラーメンを食べている。


「どうだ? マサムネ…」


 俺はマサムネにも感想を聞こうと声を掛けかけたが、途中で止める。なぜなら、ただ必死にラーメンを食っているかと思ったマサムネが、大粒の涙をポロポロと流して男泣きをしながらラーメンを食っていたからである。


「美味い…美味すぎるっ! そして、夢にまで見た懐かしい故郷…日本の味だ…」


 そんなマサムネの壮絶な様子にトマリさんたちの手が止まる。


「もしかしたら…もう二度と味わう事が出来ないと思っていたのに… こうして日本の懐かしい物を食えるなんて… 俺は…俺はっ!!」


 その言葉を聞いた三人は再びラーメンに向き直り、マサムネの様に必死にラーメンを食べ始める。


「くっそ!! 俺も日本の事を思い出しちまって…涙がでてくらぁ!!」


「そうね…ラーメンなんて食べたの…いつぶりだったかしら… あの頃はいつでも食べる事が出来た物なのに…」


「懐かしいなぁ… 日本にいたあの頃が… みんな…元気でやっているんだろうか… 会いたいよ…会いたいよ…」


 ヤマダ、トマリさん、ぼっさんもマサムネからもらい泣きをして、泣きながらラーメンを食べ始める。


 そんな四人の姿も見て、カズオももらい泣きを始め、スカートの裾で涙を拭い始める。…いや、もらい泣きをするのはいいけど、スカートで涙を拭うなよ… 見たくねぇ物が見えるだろうが…


 しかし、俺も四人のこんな姿を見て、全く心を動かさないような冷血漢ではない。マサムネたちにもっと日本の料理を食べてもらいたくなった。


「おい! カズオ!」


「へ、へい! 旦那ぁ!」


 俺に呼ばれたカズオはすぐに顔を上げる。


「マサムネたちにチャーハンも食べてもらうぞ! お前はさっさとチャーハンを仕上げてくれ!」


「えっ!? チャーハンまであるのか!?」


 俺の言葉にマサムネたちは目を丸くする。


「あぁ! あるぞ! だから、チャーハンも味わえ!」


 俺はマサムネにそう答えると、シュリやアルファー達に目を向ける。


「シュリ! アルファー! カズオにはチャーハンをやってもらうから、俺はラーメンをする。お前たち二人は餃子と唐揚げを担当してもらえるか!?」


「仕方ないのぅ… こんな姿を見せられたら、わらわも黙ってはおれん」


「了解しました! キング・イチロー様!」


 アルファーはいつも通りに応えるが、シュリの方はカズオと同じでもらい泣きしたのか、目の周りを赤くして応える。


「じゃあ、じゃんじゃん作っていくぞ!!」


 その日のイチロー飯店は大いに繁盛した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る