第336話 カズオ飯解禁

「ちょっと、すまねぇな」


 俺はそう言いながら、馬車の外にあるテーブルの上に、トレイ一杯の食材をドーンと乗せる。


「おぉ、美味そうな食材が山盛りじゃのう~ イチローよ、何をはじめるつもりなのだ?」


 読書をしていたノブツナ爺さんが声を掛けてくる。


「あぁ、ノブツナ爺さんか、先日の魔族の襲撃で負傷した男が回復したんで、そのお祝いに美味い物でも作ろうと思ってな」


「ほぅ、なるほど、それはわしもご相伴に預かりたいな、何か手伝おうか?」


 ノブツナ爺さんが本を片づけ、腕を捲って立ち上がる。


「それじゃあ、ノブツナ爺さんには玉ねぎとじゃがいもの皮を向いて貰おうか」


「玉ねぎは知っておるが、じゃがいもと言うのはその意思の様にコロコロとした芋のことじゃな? どの程度皮を剥けばよい?」


 現代ではあまり前のじゃがいもだが、ノブツナ爺さんのいた戦国時代ではまだ日本に入ってきていなかったのか… 


「じゃあ、干し柿作る感じに皮を剥いてもらえるか?」


「うむ、分かった」


 ノブツナ爺さんは刀から、ペーパーナイフの様な小柄を取って、手際よくじゃがいもの皮を剥いていく。


 俺の方も、唐揚げと出汁を摂る為に使う丸鶏の解体に取り掛かる。もも肉は唐揚げに使い、むね肉は最終的にペーストにしてスープに使い、鶏ガラは出汁を取るのに使う事が決まっている。


 それ以外の部分… 手羽先は名古屋風に甘辛で焼くのが美味いんだよな… せせりとぼんじりは塩コショウで焼くだけで美味い… 取り分けておいて、後で作るか…


 そんな事を考えながら、丸鶏を切り分けていると、涎を垂らしそうな顔をした復讐同盟の抜き身の刃レーヴィが俺の前にやってくる。


「それって…鶏生肉だよな… もしかして、何か料理をつくるのか?」


「あぁ、お前んとこのルドルフォヴナの回復祝いに料理作ってんだよ」


「俺も食いたい!! 何か手伝えば食わせてもらえるのかっ!? そうだ! 俺が竈をつくってやるよ! だから食わせてくれっ!!」


 レーヴィはそう声を上げると、俺の返事も聞かずに駆け出して行って、丸石を集め始める。まぁ、竈は馬車の中にカーバルで付けた魔熱式コンロがあるのだが、こういった祝いの時には外で盛大に料理すればいいか。それよりもレーヴィのあの反応から察するに、皆、ここの食事に辟易していたようだな…


「レーヴィ! 竈は四つ程つくってくれるか!!」


「分かった! 四つだな! 任せてくれ!!」


 レーヴィにスープ用、麺用、唐揚げ用、餃子用の四つの竈を作る様に声を掛け、俺は切りとったもも肉を一口大に切り分けていく。


 そんな感じに俺が唐揚げの準備をしていると、コンテナハウスの方から、人声が響いてくるので、視線を上げて確認してみると、マサムネやヤマダ…あともう一人…えっとアイダの姿があった。


 恐らくは、前線での用事を済ませて、駐屯地の様子を確認する為に戻ってきたのであろう。コンテナハウスの前で、ルドルフォヴナやデュドネ、トマリさんと話し込んでいる。


 まぁ、襲撃の話は向こうに任せて、俺は料理に専念しよう。そう思って、俺は切り分けた一口大のもも肉をボウルに入れて、ニンニク、ショウガ、砂糖少々、酒に、醤油代わりの魚醤を入れて、かき混ぜる。

 

 俺が肉に味を染み込ませる為に揉んでいると、カズオが大きなボウルを抱えて馬車の中から出てくる。


「おっ、カズオも外で作業するのか?」


「へい、チャーハン用のご飯は炊いておきやしたし、ソファーの所のテーブルでは、今、シュリの姉さん、カローラ嬢、アルファーさんが餃子を包んでやすので、あっしは、外で麺を打とうかと」


「なるほど、テーブルが使えないんじゃ、麺を打てねぇわな」


 カズオはボウルの中から、ある程度練ってまとめた生地を取り出すと、まな板に打ち粉をふって麺を打ち始める。


「イチロー、皮むきが終わったぞ」


「爺さん、ありがとな、カズオ、後はどうすればいい?」


 皮を剥くまではカズオから手順を聞いているがそれ以降は知らないので、爺さんに例の述べ、すぐにカズオに次の手順を聞く。


「では、寸胴に鶏ガラとネギ、ショウガ、ニンニクを入れて、玉ねぎ、じゃがいも、鶏むね肉、鶏皮をこの網袋に入れて一緒に寸胴でにこんでもらえやすか?」


「えっ!? 鶏皮もか?」


 鶏皮は後で油で揚げて鶏皮せんべいにしようと考えていたので、目を丸くする。


「へい、それが味の秘訣でやすのでお願いしやす」


 俺はしぶしぶ言われた通りに、網袋に言われた材料を放り込み、寸胴に入れて、レーヴィが竈を作っている所に運んでいく。


 すると、最初はレーヴィ一人で竈を作っていたはずだが、いつしか10人近くの人数で作業をしており、その中にはロアンの姿もあって、少し驚く。


「ロアン、何やってんだよ…」


「いや、イチローが料理をつくると聞いてね、僕もご相伴に預かろうと思って手伝っているんだよ」


 なんだかんだ言って、ロアンの奴も、『美味しい!でも!…ゴクンゴクン』とカズオの料理の虜になっていたから、食と言う名の欲望を押さえきれなかったのだろう。


「じゃあ、ロアン、この寸胴を煮込んでおいてくれるか? それと煮込んでいる間、灰汁もとっといてくれ」


「分かった!! 灰汁を成敗するのは勇者の務めだからね!」


 ロアンは上手い事を言ったような顔で応える。灰汁と悪を掛けているのか… 勇者が料理でも戦わなくてはならないなんて、今初めて知ったわ… そんな訳ねぇけど…


 スープはロアンに任せて、俺は俺で唐揚げの仕込みを続ける。卵を幾つか割って溶き、その中に先程付け込んでいた鶏肉を入れる。これは溶き卵か肉をコーティングして、揚げている時に中の肉汁が外に流れ出ないようにする為だ。


 その次に用意するのが、唐揚げ粉だ。俺はカリっとサクサクした衣が好きなので、小麦から作った薄力粉ではなく、片栗粉を使うのが俺のジャスティスだ。そこに俺が厳選してこの異世界で集めたスパイスを加えていく。


 集めたスパイスは、現代日本と全く同じ者は揃えられなかったが、ニンニク、ショウガ、パプリカ、ナツメグ、セージ、オレガノ、バジル、マジョラム、白胡椒、黒コショウだ。それらをミルで細かく砕いて、細心の注意を払いながら、決められた分量を片栗粉に混ぜ込んでいく。


「イチロー! そろそろスープが良いころあいだと思うのだが!!」


 竈の方でロアンが声を上げる。


「丁度、麺を打ち終わったので、あっしが行ってきますよ、旦那ぁ!」


 そう言ってカズオが腕まくりをして、ミトンを手にはめてもう一つ寸胴を抱えて竈へと向かう。今日が初顔見せのカズオに、勇者たちがどよめきの声をあげる。


「よいしょっと」


 カズオは煮込んでいた寸胴の中身を新しい寸胴に濾しながら注いでいき、寸胴の中にいれていた網袋を持って帰ってくる。


「そいつをどうするんだ?」


「むね肉と鶏皮は精肉機でミンチにして、潰した玉ねぎとじゃがいもに混ぜ合わせてスープに戻しやす」


「なるほど! それであの天上天下一品の濃厚なスープが出来るって訳か!」


 カズオはむね肉、鶏皮、玉ねぎ、じゃがいもをボウルの中でペースト状までかき混ぜ、再びスープの寸胴に戻す。


「あるじ様!」


「キング・イチロー様」


 今度は、馬車の中から包み終わった餃子を持ってシュリとアルファーが現れる。


「おぉ、餃子が出来たか、二人ともご苦労さん」


「そちらの準備はもうできたのか?」


「旦那ぁ、こっちのスープも完成しやしたので、もういけやすぜ」


 カズオが竈の所から、こちらに声を掛けてくる。


「おぉ、そうか、それじゃそろそろ仕上げをしていくとするかっ!」


 俺も材料を持って竈の所へ向かう。


「あっしが、餃子の焼き加減をみやすので、旦那は唐揚げの方をお願いできやすか?」


「おう、分かった、もう油も準備しておいてくれたんだな」


 俺は衣の一つまみ油に落として温度を確かめる。衣は油の真ん中まで沈むとすぐに浮かび上がってきて、油面でパチパチと音を立てる。


「うん、いい温度だ、早速揚げていくか」


 俺は油の中に余分な粉を叩き落とした肉を放り込んでいく。



 じゅわわわわわぁぁ~



 揚げ物独特の食欲をそそるいい音が響き渡る。



 じゅおぉぉぉぉぉぉ~



 カズオの方からも餃子を蒸し焼きにする為の差し水が蒸発する音が響き分る。


「くぅ~!! たまんねぇ~なぁ~!!! この音!!」


「確かに音だけで涎が出てきやがるっ!!」


 竈を作っていた連中が、俺達の料理をする音を聞いて今にも涎を垂らしそうな顔で、鍋やフライパンを覗き込んでくる。すると、音だけでなく、ラーメンのスープや、餃子・唐揚げの香りが辺りに立ちこみ始める。


「おら! お前ら! もうすぐに出来るから、自分の分の椅子とテーブルを運んで来いよ!」


「運んできている間に無くなったりしないだろうなっ!」


「なくならねぇよ!」


 俺がそう怒鳴ると、連中は物凄い勢いで自分たちの場所に、椅子とテーブルを取りに行く。

   


 ガザッ



 まだ、近くから足音がするので、さっさと椅子とテーブルを運ぶように怒鳴ろうとそちらに向き直る。


「だから、さっさと…って、マサムネ… そんな顔をしてどうしたんだよ?」


 そこには呆然と立ち尽くすマサムネの姿があった。


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