第335話 回復祝い

「皆さん、私の事で大変ご迷惑をお掛け致しました」


 熊の様な大男のルドルフォヴナが小さく縮こまって、コンテナハウスの入口で待ち構えていた皆に頭をひょこりと下げる。


「よかった! よかったなぁ!! ルドルフォヴナ!!」


 そんな小さく縮こまったルドルフォヴナを復讐同盟のリーダー、魔族キラーのデュドネが肩を抱きしめて、ルドルフォヴナの退院を喜ぶ。


「よかったな、ルドっ! 俺もお前の事を心配してたんだぜっ!」


 照れ隠しに鼻の頭を掻きながら狂犬ハワードもルドルフォヴナに声を掛ける。


「そう言えば、千切れかけていた腕の大怪我ッんぐっ!」


 シュリがルドルフォヴナの腕の大怪我の話をしようとしたとき、コンテナハウスの玄関扉の隙間からトマリさんの目が光っているのが見えたので、俺は慌ててシュリの後ろからその口を塞いで、強張り気味の顔で作り笑いを浮かべてトマリさんに送る。


「ニシシ…」


「………」


 俺の作り笑いを見たトマリさんは、フフっと笑みを浮かべてパタリと扉を閉める。そのトマリさんの姿が消えてから、俺は胸を撫で降ろし、ほっと溜息をつく。そのほっと気が抜けた時にシュリは、口を押える力の弱まった俺の手を振り解き、再びルドルフォヴナに話しかける。


「腕は大丈夫なのか?」


「はい、シュリちゃん、この通りです」


 そう言って、シュリや俺達の目の前で、袖を捲って見せて、何も変哲の無い両腕を見せる。


「以前の大槌を棒切れのように振り回して戦うのは、すぐに出来ませんが、それでもこうして両手が普通に使える事が何よりも嬉しい… 故郷に帰ってパン屋さんを始める夢を捨てなく済む…」


 ルドルフォヴナは両手を開いたり閉じたりする様子をほっこりとした顔で見る。


「よかったのぅ、よかったのぅ~ 故郷で黄色ハンカチを掲げて待っている幼馴染との約束に応える事ができるのう」


 なんか、ハルヒさんの本を読んでお互いに感想を言い合うとか、故郷で黄色のハンカチを掲げて待っている幼馴染の所へ戻ってパン屋さんをするとか、シュリの奴、いつの間に、ルドルフォヴナとそんなに仲良くなったんだ? ってか、なんだか何処かで聞いた事のある映画みたいな話だな…


「ホント良かった… 出来れば、美味い食べ物を用意してお祝いしてやりたいところなんだが… ここではな…」


 デュドネも二人の話を聞いて涙ぐみながらそう漏らす。確かにここの食事は、あのカリカリと塩漬け肉しか無いからな…



 う~ん… 今まで、自制していたが、もうカズオ飯を解禁してもいいんじゃないだろうか…


 そう考えた俺は、ルドルフォヴナの回復を喜ぶ皆に声を掛ける。


「なぁ、ルドルフォヴナの退院祝いと言うか回復祝いの美味い飯は俺が用意しようか?」


「えっ!? イチロー、お前、本だけじゃなく、そんなものまで用意できるのか? お前の馬車の中どうなってんだよっ!?」


 俺の言葉にハワードが目を丸くする。


「俺のパーティーメンバーのルドルフォヴナの為に、飯を用意してくれるのか… イチローお前はいい奴だな! 気に入ったぞ!!」


 デュドネは瞳に感涙の涙を浮べながら、俺の手を握り締めてくる。


 いや、実の所、俺自身がここの美味くもない飯に辟易して我慢の限界だったから、何か美味い飯をつくる口実を探していて、ルドルフォヴナの事を利用しただけなのだが、こう感動されるとなんか後ろめたさというか、罪悪感が湧いてくるな…


「あ、そうか… そう言ってみらえるとな、なんだかこそばゆいな… とりあえず、準備するから期待しておいてくれよ」


 俺は罪悪感から逃れるように、その場から立ち去り、馬車に向かい、中に入ってカズオに声を掛ける。


「カズオ、ちょっといいか?」


 俺が馬車の入口から顔をのぞかせて、中を見ると、外に出れずに暇を持て余していたカズオがカードゲームで遊ぶカローラの前のソファーに座って読書をしていた。


「リンちゃん… 可哀相… ミクにケンシロウを操られてしまって… でも、きっとジャギおじさんが、ケンシロウを元にもどしてくれるわ!」


 カズオは例のオカマバーのオネエの様な姿で、ハラハラドキドキしながらカローラの本を少女の様に読んでいる。


 リンちゃんってあれか… 歌うロイドの方のリンと世紀末連中が恋愛を繰り広げるハルヒさんの『初恋、はじめました』か… まんま、ルドルフォヴナと同じ状態になってんじゃねぇか…


 カローラもカローラでそんなカズオを前に黙々とデッキ構築をしてられるな…


「おい、カズオ!」


「あっ! はいっ! だ、旦那っ! どうされやした!?」


 ホントはどうしたのかと聞きたいのはこちらの方であるが、そこはぐっと堪えて目的をカズオに告げる。


「えっと、読書中済まないな、カズオ、もう馬車の中に籠るのはいいから、ちょっと、お前の料理を皆に振舞ってもらえないか?」


「えっ!? あっし、もう外に出ていいんでやすかい? それに皆に料理を振舞うとは?」


「あぁ、先日の魔族の襲撃で負傷した者がいたんだが、そいつの傷が治ってな、そのお祝いという名目で、これからは今までの様にお前に料理を作ってもらおうと思ってな、妬まれたりしないように、とりあえず、皆にも振舞っておこうと思ってな」


 ここには身内の人間しかいないので、本来の理由を付け加えて説明する。


「あぁ、確かにここの飯はあまり美味くないでやすし、それに毎日三食ですから飽きやすね」


「だろ? 俺もそろそろ我慢の限界だったんだよ、だから、すぐに何か美味い物でも作ってもらえないか?」


 俺がそう言うと、カズオは本を置いて少し考え込む。


「いきなりなんで、仕込みに時間が掛かるパンを主食とした料理はかなり待たせることになりやすね… すぐにという事でしたら、かつ丼かラーメンになりやすね」


 かつ丼は俺までマリスティーヌの教えを広めるみたいで何だかやだな…


「かつ丼はマリスティーヌみたいでいやだから、今回はとりあえず、前に作ってもらった天上天下一品のラーメンにしてもらえないか?」


「わかりやしたっ! よろこんでっ!」


 暇を持て余していたカズオは久々に料理の腕を震えるという事で、元気な威勢の良い声で俺の要望に応えたのであった。


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