第334話 禁則事項です

「ふぅ…これで一先ずの処置は終了だ」


 ルドルフォヴナへの処置が終わったぼっさんは額の汗を拭いながら、ほっと安堵の声を上げる。


「ボタさん、お疲れ様です」


 トマリさんが使い終わった機材をぼっさんから預かりながら笑顔で声を掛ける。


 処置の終わったルドルフォヴナを見てみると、最初は白目をむいて痙攣していた顔も、穏やかな熟睡をしているような顔つきになり、両腕の大半を酸で溶かされた両手も、最初は血の気が抜けて真っ白になっていたが、今は血の巡りが戻って来たのか、普通の肌色に戻ってきている。

 どういう理屈かは分からないが、もうすでに、血管ができているのか血の巡りか戻っている様だ。益々、聖女の再生力並みの医療技術だ。


「マジで聖女並みの再生医療が出来るんだな… もしかして死者の復活まで出来るんじゃないの?」


 驚きのあまり、思いついた事をぽつりと呟いてしまう。


「いや、流石に死者の蘇生は無理だね、他にも頭部を破損した場合も、常人として元の状態に戻すのも不可能だよ、我々は神ではないのだからね」


 対奴を勤め上げたぼっさんは俺の呟きを耳にして、謙虚にそう答える。


「なるほど、流石にガチ勢のぼっさん達でも頭を吹き飛ばされたの直したり、死者を蘇らすのは不可能って事か… でも、それ以外なら出来るってこと?」


 俺が少し試す様にそう尋ねると、ぼっさんは答えようと口を開くが、その間にトマリさんが割って入って、言葉を遮る。


「どうでしょうね? 出来るかもしれないし、出来ないかもしれない… 出来たとしてもどんなことが出来のかは今は言えないわね…」


 そのトマリさんの言動に、ぼっさんは迂闊に喋りかけていた自分を反省するように項垂れる。


 なるほど、こういう事があるから、ぼっさんはコンテナハウスに引き籠り勝ちだったし、マサムネたちと離れた場所に置いておくことが出来ないのか… 先程の様に、うっかり重要な情報を漏らしてしまいそうだからな…


「さぁさぁ、用事は終わったから、外に出てもらえるかしら、彼の事はこちらで看病しておくから」


 早速、トマリさんが俺を追い出しに掛かる。


「へいへい、分ったよ、後、最後にコイツがいつここから退院できるかぐらいは、教えてもらっても大丈夫だろ?」


「そうね、大体2~3日あれば退院できると思うわ、元の戦えるようになるのは、本人のリハビリが必要だけど」


 聞き分けのいい俺に、トマリさんは先程の警戒した表情から、微笑に表情を切替て答える。


「分かった、アイツのリーダーにそう伝えておくよ、かなり心配していたからな」


 俺はそう答えると、申し訳なさそうにするぼっさんに手を振られながら、コンテナハウスの外に繋がる扉に向かう。


 扉を開けて外に出ると、復讐同盟のリーダー、デュドネを中心に、そのメンバーや、狂犬ハワード、うちのシュリ達が心配そうな顔をして待ち受けており、俺がその連中に驚いている間に、閉じた扉からカチャリと鍵が降りる音が響く。ほんとに追い出すみたいな感じだな… これはぼっさんの仕業ではなく恐らくトマリさんの仕業であろう…


「そうれで、アイツ! ルドルフォヴナはどうなったんんだっ!」


 そんな俺に復讐同盟のリーダー、デュドネが悲壮な顔をしながら、胸倉をつかんできそうな勢いで詰め寄ってくる。


「アイツがあの時、一撃を喰らわさなかったら、酸でやられていたのは俺かも知れない… だから、アイツの事が心配なんだっ!」


 一緒に戦っていた狂犬ハワードも、チームは異なるが、ルドルフォヴナの事を非常に心配している。


「あの男はわらわの事を応援してくれたし、一緒にハルヒ殿の新刊を読んで、感想を話し合おうと約束したんじゃ! 大丈夫なのか!?」


 シュリも俺の袖を引いて、悲壮な顔をして俺にルドルフォヴナの容態を尋ねてくる。


 先程までのデュドネやハワードの言葉は、いかにも戦士を心配する言葉であるが、シュリの心配する言葉は、まるで女生徒が同級生の女友達を心配するような内容だな… でも、アイツ、見た目は熊の様な大男なんだけど… どこまで乙女チックなんだよ… カズオにしろ、ルドルフォヴナにしろ、体の大きい奴は乙女チックになるのか?


「おいおい、みんな、俺にそんなに詰め寄るなよ、ちょっと落ち着いてくれっ、今から話すからっつ」


 バーゲンセールの時に店頭に詰め寄る主婦の様に俺に群がる、皆に少し離れるように言いながら、皆を落ち着かせる。


「とりあえず、ルドルフォヴナは死んじゃいねぇ、今は容態が安定して眠っている」


 俺がそう答えると、ハワードもシュリもつかえが取れたように胸を撫で降ろすが、同じパティーメンバーのデュドネだけは、まだ食い下がってルドルフォヴナの詳細を尋ねてくる。


「アイツ、腕にかなりの重傷を負っていたが、腕はどうなったんだ!? アイツ、まとまった金が入って、冒険者を引退する時が来たら、実家に帰って、パン屋さんをやりたいって言ってたんだよ… それが両腕が使えなくなっちまったら… あいつの夢が…」


 あの熊のような大男、将来の夢がパン屋さんなんて…まぁ、どんな夢を持とうが個人での勝手だが、熊のパン屋さんって…俺が知っている漫画と違って全く可愛げが無いな…


「あぁ、それなら大丈夫そうだ、ちゃんと両腕も、両手もついているよ、以前の様に戦えるようになるには、再度鍛錬が必要だとは言われていたが…」


「それは本当なのかっ!! 俺が見た限り、アイツの腕は骨が見えるほど溶かされていたんだぞ!! 気休めをいってるんじゃないだろうな!!」


 そう言ってデュドネは更に俺に詰め寄ってくる。


 …マズいな… やはりデュドネはルドルフォヴナの両腕が普通では治療不可能なぐらいに負傷していたのを見ていたのか… 通常の回復魔法でも、綺麗に切り落とされた手足なら再び繋ぎ止める事も可能だ。皮膚が捲れたとかの場合でもその程度なら、難しいが再生が可能だ。


 だがしかし、ルドルフォヴナのように、欠損するレベルの不肖は普通の回復魔法では治療することはできない。それが出来るのはこの世界でただ一人、聖女だけなのだ。


 だから、デュドネはあの傷が再生できたなんて言葉を信じられないのだろう。参ったな…どう答えるべきか… トマリさんのあの様子では、特別勇者たちがその様な技術を持っていることを口外して欲しくない様子だったし… ここは何か誤魔化さないとダメだな…


「えぇっと…それについてはな…」


 俺はワザとらしく辺りをキョロキョロと見回した後、こっそりと内緒話をするように、皆に話しかける。


「実はな…、 対魔族連合から特別勇者だけに支給される、聖女級の治療効果のある薬品をルドルフォヴナに使用したんだよ…」


「マジかっ!! そんなものが存在するのか!?」


 俺の話を聞いてデュドネとハワードが目を丸くする。


「あぁ、でもそれは、本来特別勇者だけにしか使用できないものだ… それを特別にルドルフォヴナに使ってくれたんだ…だから、この事が他に知れると、トマリさんやぼっさんの立場がマズイ事になる…」


「そんな…自分の立場を危うくしてまでルドルフォヴナを救ってくれたのか…」


 俺の嘘話に感動して、デュドネは涙ぐむ。


「そうだ、だから、この事は一切口外しないように頼むぞ… マサムネやヤマダ…あと一人名前は何といったか忘れたけど…」


「アイダじゃな」


「あぁ、アイダだ。わかったな?」


 皆は俺の言葉に決意を秘めた瞳で無言で頷いた。

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