第333話 ガチ勢の技術力

 コンテナハウスの中は外から見ただけでは、ただの金属のコンテナを横に並べただけの状態に見えるが、実際の所は連結部分の壁が取り払われており、一つの大きな部屋となっており、中身はむき出しの金属の壁ではなく、城壁の内装が施されており、まるで現代の照明機器の様なシーリングライトや、現代的なソファースペースに、ダイニングキッチンまで用意されている。


 さらに奥も他のコンテナハウスと継がっており、様々な施設専門の部屋や、特別勇者それぞれの個室があるのであろう。幾つも扉が見える。


「イチロー君! 懐かしい光景に目を奪われるのは分かるけど、今は負傷者の治療が先よっ! ほら、ぼぅっとしないで!」


「お、おぅ、済まない分かった」


 トマリさんの言うように、懐かしさすら覚える光景に心奪われかけたが、確かに今は負傷者の治療が最優先である。

 

 そうして、奥の部屋に進んでいくと、医療設備の整った部屋に入る。異世界にこんなものまで作るなんて、本当に特別勇者たちはガチ勢なんだな…


「そこのベッドの上に負傷者を乗せてくれないか!」


 ぼっさんが色々な医療機器の準備をしながら、俺達に叫ぶ。


「パワーアシストがあるけど、やはり気を失った人間を持ち上げるのは手間ね…」


「そうだな…ケツが引っかかって」


 トマリさんが頭側を持ち、俺が足を持ってベッドの上に乗せようとするのだが、垂れさがったルドルフォヴナの尻がベッドに引っかかりそうなので、ぐいっと目線の高さまで持ち上げながら、なんとかルドルフォヴナをベッドの上に乗せる。


「おいしょっと!」


「すまない!ありがとう、後は私が負傷者を見よう!」


 ルドルフォヴナをベッドの上に乗せた所で、ぼっさんが手袋とマスクをつけて患者の様子を確認する。


「うっ!これは酷い… 腕の肉が溶けて、手が取れかけているじゃないか… これは強酸を浴びたのか?」


ぼっさんの言う通り、魔族の酸を防いだ太い両腕は両側共に八割ほど溶かされており、皮一枚とまではいわないが、僅かに残った肉で繋がっている程度で、見るからにもう今後は両腕を使う事は出来ないであろう。


「先ずは、残っている酸を中和させないと!」


 ぼっさんはそう言うと、触ったら取れてしまいそうな手を上げて、その下にトレイの様な受け皿を置いて、酸を中和するための薬品を患部にかけて残っている酸を洗い流す。


「それで…やっぱり、こいつの腕を切り落とすのか?」


 いつもは冒険で魔物相手に切った張ったをしている俺であるが、人の…それも短いとは言え顔見知りの人間の腕を切り落とすところは顔をそむけたくなってくる。謂わば、肉を食うけど、と殺は見たくないしたく無いって感じだ。


「いや、そんな事はしないしさせないよっ!」


 ぼっさんは力強くそう言うと、トマリさんに向き直り声を掛ける。


「培養再生のペーストのものを出してくれ、それで腕を再生させる!」


「その状態だと…キロ単位で必要だわね…」


 トマリさんはそう言うと冷蔵庫の様な薬品保管庫の中から、いくつかの瓶を取り出す。


「ここまでくると大がかりだから増粘剤も出してもらえるか?」


「えぇ、分かったわ、固定シートも必要よね?」


 トマリさんはそう言うと、熟練看護婦の様に手慣れた手つきで、様々な薬品や器具を準備して、ぼっさんに準備して渡す。


「じゃあ、始めるよ」


 ぼっさんはそう言うと、肉色っぽい硬めのペーストの入ったボウルからヘラを使い、ルドルフォヴナを解け落ちた腕にペーストを塗りつけていく。


 その間にトマリさんは不透明のサランラップのようなシートを取り出し、ぼっさんがヘラでペーストを塗っている腕の下に広げる。


 最初はその様子を怖いもの見たさで見ていた俺であるが、ぼっさんの作業を見ていると、その作業の意味するところが段々と分かってきて、驚愕する。


「ちょ、ちょっと待ってくれ… も、もしかして、それって腕を再生しようとしているのか?」


 俺の驚く言葉に、トマリさんとぼっさんは作業の手を止めず、トマリさんは目の視線だけ俺に向け、ぼっさんは俺に視線を向ける事すらなく作業しながら答える。


「あぁ、そうだよ、彼の腕を再生させる」


「いや、再生させるって… こんなの現代医術でも不可能だし、この世界でそんな事を出来るのは…」


 そこで俺はようやく、はっと気が付く。


 ノブツナ爺さんとも話していた、ここの奇妙な体勢… ぼっさんの警護を俺達に頼むぐらい重要人物であれば、こんな前線ではなく、後方に言させればいいじゃないかと言っていたが、ノブツナ爺さんがそうは出来ない理由があると言っていた。


 その理由がこれなんだ!


 失われた部位を再生させる聖女と等しい医療技術… トマリさんやマサムネたちに何かあった時にすぐさま治療が必要であるし、そして、何よりその技術は聖女の力の様な特別な存在だけが使えるものじゃない!!


 そんな重要な事に気が付き始めた俺に、トマリさんが顔を上げて話しかける。


「イチロー君、貴方も分かってきたようね… これは聖女の力のような奇跡の力ではないわ、私たちの元の世界の現代医療と、この異世界の魔法技術を組み合わせた、積み上げた知識と経験があれば誰にでも再現できる一般化された技術…」


「聖女だけではなく、訓練すれば誰にでも再現できる技術…」


 俺はトマリさんの顔から、再びぼっさんが作業する、ルドルフォヴナの患部を見る。その様子は、肉色の粘土かミンチを使って腕を復元している様にしか見えない。


「私たちはこの様な再生技術だけではなく、その他の様々な技術や知識を保有しているわ、それこそ、その技術の一つでこの世界の国家のパワーバランスを狂わせるほどのね…」


「…だから、危険であっても、非戦闘員のぼっさんを前線において、現地人だけの所に置いておくことが出来ない訳か…」


「あぁ、そうだよ、今行っている治療も、現代医療のIPS細胞を魔法で強化して、万能だけではなく万人に使えるものにしたものだよ、この技術一つとっても、この世界の何百年、下手すれば千年も先の技術かも知れない… そんな技術をおいそれと広める事は出来ないよ」


 俺の言葉にぼっさんが作業をしながら答える。確かに俺もIPS細胞については、ニュースで聞いた事がある。しかし、このような粘土遊びのような方法で、腕その物を復元できるような物ではない。今行われている技術は現代日本の技術を遥かに超えるものだ。当然、この異世界においても…


「お、俺…後で口封じとかされないよな…」


 俺は強張った顔で、作り笑いをしながら小さく呟いた。


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