第332話 次元の違い

「えっ!? 奴は死んだのか!?」


「マジで? しかも一撃?」


 自分たちの攻撃が一切通じなかった魔族が、詳細不明の一回の攻撃で、倒れて死んでいる状況に目を皿の様に丸くして驚愕する。


「マサムネ? 私…トマリだけど… えぇ… 無事に間に合って目標を処分したわ…残敵は無し…」


 驚愕する勇者たちをよそに、魔族を瞬殺したトマリは、頭に付けたインカムで恐らくマサムネと連絡を取り、こちらの情報を淡々と伝える。


 そんなトマリの淡々とした態度にハワードは視線を魔族の死体とトマリの間で行き来させる。


「これ…あんたがやったのかよ・・?」


 ハワードは信じられない状況に、たどたどしい口調でトマリに尋ねる。


「えぇ、そうよ、これが私たちが戦っている相手… 貴方たちを前線に出さない理由を分かってもらえたかしら?」


 トマリさんは自慢するわけでもなく、ハワードにマウントを取る訳でもなく、ただ単に淡々と答える。そのトマリさんの言葉に、模擬戦と、実際に魔族との戦闘で格の違いを見せつけられた狂犬ハワードは飼い犬の様に大人しく頷き、そして項垂れる。


「あぁ… 嫌すぎる程、十分に分ったよ… 俺達の全力が全く通用しないのに、アンタの一撃だけで倒されるなんて、次元が違い過ぎる…」


 そのハワードの言葉に、戦闘前にぼっさんの力説していた言葉を改めて思い返す。ぼっさんの言葉は過不足なしのものであった。


「ところで、貴方たちに被害は無かったの? 誰も死んではいない?」


 ハワードの言葉を受けたトマリさんは、先程の魔族を倒した手柄などは綺麗さっぱり忘れて、真剣に怪我人や死者がいないか心配する顔をして尋ねる。


「いる! 俺の所のルドルフォヴナが魔族の酸を受けて重傷なんだっ!」


 ルドルフォヴナに庇ってもらった復讐同盟のデュドネが、トマリさんに詰め寄る様に進み出て声を上げる。


「重傷!? ってことはまだ息があるのね!! その人はどこにいるの!?」


「こっちだ!! 来てくれっ! 魔族の酸を受けて骨が見えるほど肉を溶かされているんだっ!」


 デュドネは泣き出しそうな顔をしながらトマリさんの手を引き、ルドルフォヴナの所へ案内する。


 コンテナハウスの警護をしながら戦いの様子を見ていて、ルドルフォヴナが冒険者としては致命傷の重傷を負った事を知っている俺は、自分自身がそのルドルフォヴナに何もしてやれない事を分かっているので、野次馬をしに行こうとは思わず、コンテナハウスの側で様子を伺っていた。


「あるじ様っ!!」


 そんな所へ、コンテナハウスの反対側を警護していたシュリが慌てた顔をして俺の元へと駆け寄ってくる。


「どうした!? シュリ!! そちら側にも怪我人が出ていたのか!?」


 俺は慌てたシュリを見て、流れ弾ではなく流れ酸でも誰か浴びたのかと思い、焦りながら返す。


「いや、わらわたちもロアンも大丈夫じゃ! それよりも、あの大男のルドルフォヴナが重傷を負ったと聞いたが本当か!?」


「あぁ… それは本当だが どうしてシュリがそんなにあのルドルフォヴナの心配をするんだ?」


「あの者は、わらわの事を応援してくれたので、心配なんじゃ!! あるじ様っ! わらわたちも様子を見に行くぞっ!」


 なんの応援かは分からないが、必死な顔でシュリがそう懇願してくるので、俺はシュリを引き連れてルドルフォヴナが倒れている場所へ駆けつける。


「おい! ルドルフォヴナ! ルドルフォヴナっ!!」


 復讐同盟のリーダー、デュドネは両腕が溶かされて、白目をむいて痙攣するルドルフォヴナに必死に呼びかけている。


「ルドルフォヴナよっ! しっかりせい!! わらわの事を応援しておったのじゃろ!? 見届けるのであったのじゃろ!? こんな場所で死ぬではないっ!!」


 シュリも蒼白な顔をして昏睡するルドルフォヴナに必死に呼びかける。


「これはマズい状態だわね… このままでは死んでしまうわっ!! 治療しないと!」


 ルドルフォヴナの非常に危険な状態に、トマリさんも険しい顔をして声を上げ、ルドルフォヴナの頭側に回り込み、後ろから両脇を掴んでルドルフォヴナを持ち上げようとする。


「ちょっと、イチロー君、貴方も彼を運ぶのを手伝って」


 一人ではルドルフォヴナを安全に運ぶのは困難だと思ったトマリさんは、ルドルフォヴナの周りに集まる人だかりの中から、俺の姿を見つけて声を掛けてくる。


「お、俺か? お、おぅ、分かったっ!」


「俺も手伝う!!」


「いや、彼だけでいい!! 貴方は待っていて!!」


 トマリさんは俺だけに運搬の手伝いをお願いし、ルドルフォヴナの運搬を申し出るデュドネの言葉を断る。


「これから彼をコンテナハウスに運ぶわよ」


「分かった」


 なるほど、コンテナハウスの中に入れるから、転生者である俺以外の人間を入れたくないのか…


「わらわもついて行ってはダメか?」


「…ダメよ、貴方も待ってて」


 シュリのお願いも即座に断る。やはり、コンテナハウス内は現代知識を使った物が多数あるのだろう。それを現地の存在に知られないようにしているのだ。


「シュリ、お祈りでもしてて待ってろ、トマリさんが必ずこの男を助けてくれるから」


「わかったのじゃ…」


 シュリは俺の言葉も加わったので、素直に同行を諦めて頷く。そして、俺とトマリさんは熊の様なルドルフォヴナを酸に触れないように持ちながらコンテナハウスの入口まで進む。


「ボタさん!! 開けて! 私よトマリよ!! 重傷者が出たの!! すぐさま治療しないといけないの!!」


 トマリさんが中にいるぼっさんに届くように大声を上げると、中からバタバタとせわしい足音が響きすぐにぼっさんの声が返ってくる。


「トマリさん!? 重傷者が出たって!? 分かった!! すぐバリアを解いて扉を開けるよ!!」


 中のぼっさんがそう答えると、コンテナハウスを覆っていた力場が消えて、その扉が開かれる。


「さぁ! 入ってくれ!」


 まず、トマリさんが後ろ向きに入口に入っていき、俺がその後をルドルフォヴナの足を抱えながら進んでいく。コンテナハウスの中は扉を開いた時にすぐに中が見えないように、入ってすぐ小部屋になっていて、奥にさらに扉がある。


「待っててくれ、すぐに奥も開けるから!」


 ぼっさんが急いでいるのも関わらず、先に表の扉を閉めてから奥の扉を開ける。



 カチャ…



「おいおいおい…」


 そこには、現在日本と全く変わりない施設が整っていた…

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