第329話 急報
「…イチロー様…怒ってます?」
「別に…怒ってねぇよ…でも、なんかモヤつくな…」
先程、自分の発言により、イチロー被害者の会が結成されたことにより、気まずさを覚えたカローラが馬車の入口から、俺の顔色を伺うように尋ねてくるので俺は、その様に答える。
確かにカローラの余計は発言が切っ掛けであるが、そもそもの原因は俺自身にある事も自覚しているし、別に二人から賠償を請求されたり、詰め寄られたりしている訳でもないので、実質の被害は無い。ただ、俺自身の心情的にモヤモヤしているだけだ。
俺がそう答えると、カローラは安心した顔をして、馬車の入口からぴょんと降りて姿を現し、俺の迎えの席に安心した顔で腰を降ろす。
「いや~ イチロー様にそう言って頂いて、ほっとしました。実は私もあの二人に少しシンパシーを感じていたもので…」
「…ちょっと待て… カローラ、お前も俺に人生を狂わせられたとでも言いたいのかよ?」
俺はカローラの言葉に、ギロリとにらむ。
「いえいえいえ、私の場合は、良い意味でって事ですよ?」
カローラは言い訳がましい作り笑いをしながら答える。
「なんじゃ? 二人も何を話しているのじゃ?」
そんな所へ、習慣になった散歩から帰って来たシュリとポチが姿を現し、話をしていた俺達に声を掛けてくる。
「何でもねぇよ…」
「いや、イチロー様に関わった者は、人生が変わるって話をしてたのよ」
俺は何でもないと答えるが、カローラは言い訳の様にシュリに答える。
「あぁ、先程、ロアンとクリスが話していた事はその事か…そういうことなら、わらわやポチ、カズオも一緒じゃな」
「クリスとロアンの奴ら、意気投合いたと思ったら、そんな話をしながら駐屯地内を練り歩いているのかよ… ってか、お前らまでイチロー被害者の会に入ろうとか言い出すんじゃねぇだろうな?」
ちょっと、いじけた感じで言葉を口にするが、実は内心ではちょっとビビり気味だ。いつも一緒にいるこいつらまで被害者とか言い始めたら、ちょっと心が折れそうだ。
「いや、そんなことはないぞ、なんだかんだ言っても、あるじ様と一緒におれば色々あって暇はせんし、美味い物も食える。逆に今更、野に返されても食生活に困るのう」
「私も、イチロー様の配下になった事で、昔の様にこそこそと人類から欲しい物を略奪しなくても、大手を振って買い物ができますからね。それにゲームをしてくれる相手も増えました」
「ポチはイチローちゃまと一緒で毎日がたのしいわぅ!」
少々副次的な事が多いが、シュリ、カローラ、ポチの三人の好意的な言葉で俺は胸を撫で降ろす。そして、フフと笑いながら、三人の頭をワシワシと撫でてやる。
「お前ら三人可愛い事、言ってくれるじゃねぇか」
「あっしも、旦那と一緒に旅するようになって、部隊長の責務という肩の荷がおりやしたので、自分らしく気楽に生きられるようになりやした」
馬車の中で話を聞いていたカズオが馬車の入口からひょこっと顔を出す。
「おぉ…そうか…それは良かった」
三人の言葉に応じて頭を撫でている所だったので、カズオも頭を差し出して来たらどうしようかと思っていたが、一言いいたかっただけで、すぐに馬車の中に姿を戻したので安心する。
「イチロー様ぁ~ そんな、イチロー様に私、ちょっとお願いがあるんですが…」
カローラは上目遣いのあざとい仕草で俺にお願い事を頼んでくる。一度、落としてからの持ち上げて、俺が気分を良くしたところでお願い事か… カローラの奴、俺の操縦方法を学んできやがったな…
「…で、何をお願いしたいんだ?」
カローラに嵌められた感はあったが、気分が良くなったことも事実なので、一応、どんなお願いなのか訊ねてみる。
「馬車の外に出る事も許されましたし、次は出発前に準備していた家財道具を出して設置していきたいんですが… 特にベッドが恋しくて…」
「あぁ~ 出発前にごねていたアレか~」
出発前にベッドやソファーなどの家具を収納魔法で納めた事である。
「それなら、わらわも風呂を出して欲しいな、今はお湯で身体を拭っておるが、ポチは毛が多くて手拭いでは拭いきれん、風呂に入れて身体を洗ってやりたいのぅ」
「確かに、俺もそろそろ風呂が恋しくなってきた所だった」
今までは、一応上司の特別勇者の存在や、同業者の勇者の目もあったので、シュリ達自体を外に出すことを遠慮してきたが、特別勇者や同業者の勇者達との良好な交友関係を気づけてきているし、シュリ達も勇者たちに気に入られている様なので、そろそろ家具を設置していっても大丈夫だろう。
それどころか、シュリ達の入った後の風呂を勇者たちに解放すれば、金がとれるかもしれんな…いい商売になりそうだ…
「よし! いいだろう!! 天幕を建ててその中にベッドを設置してもいいぞ、風呂も同様に設置するかっ!」
「なんだか、良からぬ悪だくみを考えている顔をしておるが、風呂に入れるのなら文句はいうまい」
シュリの奴は相変わらず感が良いな…俺の悪だくみを感じ取りやがった。
「まぁ、いいじゃないか、では善は急げっていうから、早速設置していくか」
そう言って、俺が座席から立ち上がると、高くなった視線に、コンテナハウスから飛び出してくるぼっさんの姿が目に映る。
ぼっさんは、慌てた姿で飛び出して、何かを探す様に辺りをキョロキョロと見回し、その途中で俺と目が合うと、一目散でこちらに向かってきた。
「ん?なんだ?」
「た、大変だぁぁぁ!!!!」
ぼっさんは慌てふためきながら声を上げ、バタバタと足音を立てて、俺の元に辿り着く。
「ぼっさん、どうしたんだよ、そんな必死になって、何があったんだ?」
ダラダラと大汗をかきながら、テーブルに突っ伏して、ゼイゼイと荒い息をするぼっさんに尋ねる。
「と… 突破された…」
「突破されたって何の話だよ?」
コンテナハウスからここまで走っただけで乱す息で、絞る様に『突破された』とだけ言うぼっさんに詳細を尋ねる。
「マサムネ君たちの… ぜ、前線の一部を… 敵の魔族が…と、突破したらしいんだっ!」
「マサムネたちがやられたのか!? どうしてそれが分ったんだ!?」
ぼっさんからもたらされる情報に俺も困惑しながら、更に詳細を尋ねる。
「コ、コンテナハウスには…通信設備があるんだっ! それで、マサムネ君から… 数匹の魔族を逃したって…連絡があって… しかも…こちらに逃走してきているらしいっ!!」
ここのニート生活でだらけていた俺達にその言葉は冷や水を掛けられたような状態となった。
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