第327話 譲れないこだわり

「珍しいなぁ~ なんでぼっさんがこんな所にいるんだよ?」


 ヤマダは馴れ馴れしく、ボタのおっさん…ぼっさんの肩に手を回す。


「あぁ… ヤマダ君か… いや、君の話を聞いてね、僕も興味を持ったから、ちょっと本を見せてもらおうかと…」


 親子ほどの年の離れたヤマダに馴れ馴れしい態度を取られているぼっさんであるが、別に怒る事や、不良におびえる陰キャのように怖気づく事無く、普通の対応で答える。


「ところでぼっさん、何の本見せて貰うんだよ… やっぱり、あれ? エロ本みせてもらうのか?」


「そうだね… 君がとても良いと言っていたから、僕も好奇心を押さえられなくなったから、そうするつもりだよ」


 うん…やはりエロスは偉大だ… エロの為なら、陰キャである事や、コミュ障、強面に対する恐怖を乗り越えられるのだ。

 ぶっちゃけな話、様々な物語で出てくる主人公とヒロインとの物語で愛とかなんとか言っているが、結局の話、エッチしたいだけだろ… お目当てのヒロインとエッチしたいから、どのような困難があっても主人公は強大な敵と戦い、ヒロインを救いんだ済んだと思う。

 もし仮にヒロインを救い出しても、その後でエッチさせてくれなかったら、俺だったら確実に切れるわ…


 と言う訳で、ぼっさんは早速ノブツナ爺さんと交渉して、ねんがんのエロ本を見せてもらう事となった。


「いやはや、これは驚いたな… これって、一冊一冊書き写した物ではなく、完全に印刷物だね… しかもカラーだし… この異世界の技術力を舐めていたよ…」


「なっ? 俺の言ってた通り、エロいだろ?」


 実際、ぼっさんが、コンテナハウスの中で何をしているのか分からないが、技術屋らしい発言が出てくる。そんなぼっさんの後ろから覗き込む形でヤマダが声を上げる。


「恐らくは、俺やボタさんと同じ転生者がこの世界で再現した技術だと思う。このエロ本や小説だけでなく、普通のコミックみたいなのもあったからな」


「へぇ~ そうなんだ…」


 ぼっさんはそう答えながら、チラリと裏表紙を見て出版社を調べた後、表紙の絵柄をマジマジと見る。


「流石に、写真印刷は無理だから、漫画のエロ本でつくっているのかな、でも昔と違って絵柄もかなり凝ってるな…」


「いや、これは写真の代用品ではなく、元々アダルトコミックとして独立したジャンルだよ、もしかして、ボタさんのいた時代ってあんまり、エロコミックってなかったの?」


 エロコミックをヌード写真集か何かの代用品だと思っているぼっさんに尋ねる。


「いや、あるにはあったけど、ニッチでまだまだ市民権を得ていなかった感じだね、特に私の若い時には、ビニ本や裏本なんかが主流だった時代だよ」


「ビニ本や裏本って、何だよ? ぼっさん」


 この中で実年齢が一番若そうなヤマダが首を傾げて尋ねる。


「あぁ、ヤマダくんはネット世代だから知らないだろうだけど、昔はビデオや本でエッチな写真集を買ってみるのが当たり前だったんだよ」


「へぇ~ そうなんだ…」


「特に、当時人気絶頂アイドルだったシブサワ・リエがヌード写真集を出した時は驚いたなぁ~」


 ぼっさんは、エロ本のページを捲りながらしみじみとした声をあげる。


「俺は女優としてしか知らないけど、ボタさんの世代はそうだったんだ」


「あぁ、他にも僕が好きだったのはフトカワ・フミエとか、ゴトウ・マキエとかシュゴ・アイちゃんとか、後アダチ・ユリちゃんも可愛くて好きだったなぁ~」


 俺の親父が好きだと言っていたタレントと一緒だな、って事は、2000年前後だな…ぼっさんはそれぐらいにこっちに来たのか?


「あぁ、それは俺の親父も言ってたな、ヌード写真集を出したり、エロ映画出演した時の画像をネットで探してくれって言われたの覚えてるわ」


「えぇぇ!!! それって本当なんですか!!! かっ彼女たちの、ちっ 乳首を見る事が出来るんですかっ!!!」


 先程まで草食動物のように大人しかったぼっさんが、まるで肉食動物に変化したように血走った目を見開いて、前のめりに俺に詰め寄ってくる。


「あ、あぁ…ゴトウやシュゴは、チラ見えしている感じだったけど、フトカワはヌード写真集だからモロ見えだし、アダチに関しては汁が飛ばないだけでほぼAV状態だったからな」


 俺は親父に言われてネット検索していた時の事を思い出しながら、ぼっさんに内容を説明する。


「ゴマキやアイボン…フミエちゃんの乳首や、あの幼くて可愛かったユリちゃんの濡れ場が出ているなんて… 私はなんでこの世界に来てしまったんだ… 帰りたい… 日本に帰りたいよ…」

 

 ぼっさんは瞳を潤ませ、身体を小刻みに震わせながら嗚咽のような声を漏らす。そんなエロ本の事で郷愁の思いに涙するぼっさんの姿を見て、俺もヤマダも流石に見てみぬ振りは出来ないので、腫れ物に触る様な感じで気遣いをする。


「ま、まぁ… ボタさんは元の世界に戻る為の研究もしているんだろ? だったら、戻れた時に思う存分見ればいいじゃないか…」


「そうそう、それに乳首が見たいなら、このエロ本や、この任務が終わっときにエッチなお店でもいけばいいじゃん」


 ヤマダがそう気遣いの言葉をぼっさんに掛けるのだが、その言葉がぼっさんの逆鱗にふれて、ぼっさんが立ち上がって、ヤマダに怒声を放つ。


「乳首なら誰でもいい訳じゃないんだよっ! 誰でもいいのなら、自分の乳首を見て満足しているわっ!!! ゴマキやアイボン、フミエやユリちゃんの乳首だから意味があるんだろうがっ!! お前に乳首の何が分かるって言うんだっ!!!!!!」


「えっ!?」


 丁度、その時、散歩から帰ってきたシュリとポチがその現場の騒動を目撃して、強張った表情で立ち止まる。


「あ」


 その状況に、怒声を発したぼっさんは我に返る。


「えっと…」


 その気まずい状況に俺はなんと声を掛ければ良いのか分からず、頭を掻き毟る。


「えぇっと… わらわたちはもう一度、散歩をしてきた方が良さそうじゃな…」


「そうしてもらえるか…シュリ…」


「…では、行ってくる…」


 そう告げて、再び散歩に向かうシュリたちの背中を、俺達は気まずい雰囲気の中、無言で見送る。そして、シュリの姿が声の届かない所まで行くと、ぼっさんが頭を下げながら、ぽつりと呟く。


「す、すみません、ちょっと興奮してしまいました…」


「いや、ボタさんの気持ちは分るよ… 俺も乳だったら何でもいい訳じゃない、 やはり、水をはじくような張りがあって釣り鐘型がいいもんな、だから、ぼっさんの乳首にこだわる気持ちは十分わかる。だから、今回の事はボタさんは悪くない。ヤマダが悪い」


「えっ!? なんで俺!?」


 ヤマダが突然、責任の矛先が向いてきて目を丸くして驚く。


「なんでって、エロスとはな、もっと慎重にそして繊細に真剣に向き合うもんなんだよ。それをお前が不誠実な発言をするからこんな事が起きたんだろうが、謝れよヤマダ」


「えぇぇぇ… 俺が悪いのかよ…ごめんなさい…」


 ヤマダは姿も態度もチャラ男っぽいが、俺が冗談で行った事を、こういう素直に謝るところは可愛げのある良い奴だ。その反応を見るからに、見た目は高校生っぽいが、実際の所は中坊かもしかすると小学校高学年なのか?


「いや、私こそ、済まない… 郷愁の念に気持ちが昂ぶってしまって…」


 この一件以降、ぼっさんが俺の所に良く姿を現す様になった。



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