第326話 散歩とレアキャラ

「ただいま~ あるじ様」


「わぅ!」


「おぅ、散歩はもういいのか? 早かったな」


 漸く、外に出られた事で、散歩をすると言っていたシュリ達が、10分もしないうちに馬車の所へと戻ってくる。


「あぁ、この駐屯地の外には出てはいけないという事なので、あまり歩き回れんかったわ」


「それだと、ポチは満足できないんじゃないのか?」


 ポチはフェンリルだが、恐らく犬と同じようなものなので、今までの分、散歩を従っていると思っていたが、10分の散歩で満足できたのであろうか?


「わぅ! イチローちゃま! ポチ、いっぱい飴玉もらったよっ!」


 そう言って、ポチは掌一杯の飴玉を俺に見せてくる。


「なんでか分らんが、歩いているだけで、ここの連中が飴玉をくれるので、それで満足したようじゃな… まぁ、わらわも飴玉を渡されたが…」


「そうか…よかったな…」


 しかし、飴玉を常備しているなんて、じいちゃんばあちゃんか、誘拐目的の不審者ぐらいしか思い浮かばんが… 連中は… 後者じゃない事を祈る…別の理由であってくれ…


「しかし、ここの連中は奇妙な奴らばかりじゃのぅ…」


 シュリが少し怪訝な顔をしながらそう漏らす。


「どうした? なにかあったのか?」


「いや、あるじ様の所のメンバーは挨拶も出来んのかと思われたら嫌なので、挨拶をして回っておったのじゃが… あやつら、人の顔を見んで、胸ばかり見て会話してくるの出のぅ… 勇者にはそう言う習慣があるのか?」


 …やっぱ、後者だったわ… シュリ達は俺の目のつかない所でウロウロさせない方が良いな… シュリ達は誘拐される様なたまではないが、こんな狭い駐屯地でドラゴン化やフェンリル化して戦闘されたらたまらん。


「まぁ…なんだ…そういう奴にはあまり近づかないようにしろよ? こっちにおいでって言われてもついていっちゃダメだぞ」


「そう言われると、ほぼ全員なんじゃが…」


 マジかよ…まぁ…女日照りが続いているから仕方ねぇな…


「とりあえず、やらしい目をする奴には気をつけろよ」


「それをいうならあるじ様が、一番そうなのじゃが…」


「俺以外でだっ!!」


 顔を顰めて俺を指差すシュリに大声で答えると、そんな俺とシュリのやり取りを見て、ノブツナ爺さんやロアンがクスクスと笑いだす。


「くっそ、笑われてしまったじゃねぇか… それで二人で散歩してたのか? カローラはどうしたんだよ」


「あぁ、カローラなら、背伸びした後、また馬車の中に戻っていったぞ、なんでも軟禁状態は心情的に嫌なだけで、一度解放感を味わえば、馬車の中で良いとか言っておったわ」


「ここじゃ、買い物も出来ないから、外に興味は無いって事か… ブレねぇニート気質だな…」


 久々に何でもない様な会話をシュリとしていると、見慣れない男がこちらにやってくるのが見える。というか、気分的にはレアモンスターを見たというかツチノコを見た気分になる。その人物とは、あまり姿を見せない特別勇者のボタと呼ばれるおっさんだ。


 ボタのおっさんは普段は一日三回、特別勇者のコンテナハウスから、食料の置いてある食力置き場の間を行き来する1回1分、一日3分しか目にする事は出来ないレアキャラだ。その食事を取りに行く時でも、出来るだけ人に目を合わせようとせず、まるで息を止めて水に入って水中の物を拾うかのように、そそくさと済ませている。

 その有様はまるで、学校の底辺カーストの陰キャが、不良たちに目を合わせないように、トイレで用を済ませてすぐに出ていく様子に似ている。まぁ、俺達は勇者と言えども、一般人から見れば、不良やヤクザのように見える冒険者と同じだから、怖がって関わりたくないのも分かるが、あまりにもビビり過ぎだ。


 そんなボタのおっさんが、今、俺の目の前にいる。しかも、不良に自分の席に座られて、座れなくてそれでも怖くて声を掛けられなくて、オドオドとしているような感じだ。


 俺はボタのおっさんを怖がらせるつもりはないし、席を奪っているわけではないので、なんで俺の目の前に、オドオドしながら立っているのか理由が分からない。


「えっとボタさんですよね? 俺に何か?」


 俺はボタのおっさんを怖がらせないように、出来るだけ、不良っぽい感じではなく、一般人の装って受け答えを行う。


「あ、あ、あのぅ~ ここで本の貸し出しをしていると伺ったのですが…」


 なるほど、特別勇者と言えども、元をただせばただの人間。暇を持て余して噂を聞きつけ、娯楽を求めて俺の所に勇気を出して来た訳か。


「えぇ、御座いますよ、どの様な本がお好みですか?」


 俺が営業スマイルで尋ねると、ボタのおっさんはダラダラと流れる汗をハンカチで拭いながら、チラリと俺の近くに座るシュリやポチを見る。


 あっ… 


 俺はその仕草で一瞬でボタのおっさんが何を求めているのかが分かり、シュリとポチに向き直る。


「シュリ、もう一回、ポチを連れて駐屯地内を散歩してきなさい」


「ん? なんじゃ? 急にそのような喋り方をして?」


 シュリは膝に座らせたポチを撫でながらキョトンとした顔をして俺を見る。


「喋り方はどうでもいい、もう一周回ってきたら、もっと飴ちゃんをもらえたり、それ以外の物を貰えるかもしれないぞ? それにポチももっと散歩したいだろ?」


「わぅ! さんぽ! もう一回いってもいいの?」


「あぁ、行ってきていいぞ」


 嬉しそうにするポチに俺がそう答えると、ポチがそう言うのでシュリは椅子から立ち上がる。


「ポチがそういうのなら、もう一度回ってくるかのぅ」


「おぅ、ゆっくりと回ってこい」


 そう言うと、二人は再び俺の所から離れて駐屯地の中を散歩をしはじめた。その二人の姿を見届けると、汗を拭っていたボタのおっさんが緊張が解けたようにはぁと溜息をつく。この反応から察するに俺の推察は間違ってはいないようだ。


「再びお尋ね致しますが… どのような本をお探しですかな?」


 俺は悪事を企てる悪徳商人の様な顔つきでニヤリと尋ねる。


「えっと…ここに…そのエロ…」


「あっ! ぼっさん!!!」


 ボタのおっさんが探している本を言いかけた所で、後ろから声が掛かる。ボタのおっさんがビクリと肩を震わせて後ろを振りかって見てみると、そこにはローテーションで帰って来たヤマダの姿があった。

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