第325話 懐柔終了

「30!!」


「7番30枚出ました!」


 司会の俺は番号を確認して金額を会場の皆に聞こえるように声を上げる。


「俺は35!!」


「9番35!!」


「40!! 40だ!!」


「はい! 2番40枚出ました!!」


 今、何をやっているのかと言うと、先日のレーヴィに告げた通り、アルファーとの握手券をオークションしている所である。もう一つのオークション物件である1分間おしゃべり券については金貨15枚で落札されたので、次の握手券は最初から金貨1枚から始めたのであるが、既に金貨40枚に達している。

 やはり、握手だけど言えども、憧れのアルファーに直接触れられるチャンスだけあって皆、盛り上がりを見せている。


「畜生!! 60だ!!」


「おっと!! 5番60枚が出ました!! これ以上は出ないのか?」


 俺はそう言って会場を見渡す、かなり高額になってきたので、熱狂から冷めて理性を取り戻し始めている連中もいる様だ。ここはカツを入れていかんとダメだな…


「60!! ここで終わっていいのか!? 60!! 俺達の駐屯任務がいつまで続くか分からないが、今、ここで好感度を稼いでおかないと、今後、アルファーと接する機会は永久に失われてしまうぞ!!!」


「くっ!!」


 すぐに飛びつくと思ったが、流石は一級の勇者たちだ。簡単な手段では乗ってこないな…これから毎日オークションをしている予定なので、一度にそんなに金はかけられないと分かっている様だ。ならば…


「いいのか? はじめてだぞ!? はじめてのアルファーの…握手を他人にうばわれてもいいのか? はじめての相手は好感度爆上がりだぞ!?」


 ただの握手であるが、俺は初夜を匂わすような言い回しで、会場の皆を煽っていく。その言葉にユニコーン属性のある連中は、人生で一度の正念場のような顔つきで、所持金を調べ始める。


「100だ!!」


 皆が必死に所持金を数える中、一人の男がスッと手を挙げて金貨100枚を提示する。


「くっ!! レーヴィっ!!! 貴様!! 昨日、金を借りて回っていたのはこの為だったのかっ!!!」


 先程、金貨60枚を提示した復讐同盟のリーダー魔族キラーのデュドネが恨めしそうな目でレーヴィを睨みつける。


「済まない… 俺はどうしても…アルファーさんのハートを掴みたいんだ…」


 おいおいおい、パーティー名を復讐同盟と名乗っておきながら、そのメンバー間で魔族のアルファーの好感度を争い始めたぞ…


「やれやれ…高々、メイド姿の女とおしゃべりすることや、握手するだけで騒ぎやがって…」


 そんな復讐同盟の争いを他人事のように冷ややかな目で見る連中もいる。アルファーの事は気に入ったが、オークションでおしゃべり券や握手券を争うほどまでにはない連中である。まぁ、女の好みは人それぞれだから、アルファーだけでここにいる連中をサビキの様に釣り上げるのは無理だな。


「さて、1番金貨100枚出ました!! 他にないか! 他にないか!!」


 俺は改めて会場を見回す。


「クッ… 今はこれ以上はとても無理だ…」


 先程、金貨60枚を提示して、仲間のレーヴィから金貨100枚を提示されて捲き返された復讐同盟のリーダー、魔族キラーのデュドネは、金貨の入った皮袋を握り締めながら、地面を叩きつける。


「それでは1番レーヴィさん金貨100枚で、アルファーとの初めての握手券をゲットいたしました!! おめでとうございます!!!」


 俺の祝福の言葉に、レーヴィは握手券を勝ち取った感動を身体全体を使いコロンビアガッツポーズをして現す。


「畜生!! レーヴィの奴…俺を裏切りやがって…」


 一応、落札したレーヴィに拍手を送るが、デュドネのように会場の皆の反応は落札を祝う者などおらず、悔しそうにする者ばかりだ。


「それでは、早速、オークションの落札対象であるアルファーに登場してもらいます!」


 俺の言葉に合わせてメイド服姿のアルファーが会場に登場して、レーヴィが落札した時とは逆に、会場から盛大な歓喜の声が湧き上がる。


「アルファーさん…」


「アルファーさぁぁぁん! 俺だぁぁぁ!!」


「アルファーかわいいよアルファー」


「アルファ!アルファ! おーれーの! アルファ!」


 そんな会場の声援にアルファーは手を振り、アルカイックスマイルで応えていく。現代日本でもこの異世界でもアイドルに対する声援は似たようなものなんだな…


「それでは、落札者のレーヴィにアルファーとの握手をして頂きますっ!」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 レーヴィはそう声をあげると憧れのアルファーを前に緊張している為か、手にかいたベトベトの汗を着ている服で必死に拭う。なんだかめっちゃ汗臭そう~


 そして、掌に汗が残っていない事を確認すると、小刻みに震えながらアルファーに向き直って、会場まで響きそうなぐらいに大きく唾をゴクリと呑み込む。


「ちなみに、握ったままだと困りますので、握手は最大1分間とさせて頂きます」


 こうでも言っておかないと、今のレーヴィならずっと握っていそうだからな…


「…じゃあ、アルファーさん…」


「はい、何でしょうか?レーヴィ様」


 心構えをして目前のアルファーに声を掛けたレーヴィであったが、予想外にもその憧れのアルファーから名前を読んで貰った事で、ドキリと胸を弾ませる。


「で、で、で、では… あ、あ、あ、あく…コホン…」


 また、ラップどもりが始まったので、コホンと一度咳ばらいをして息を整える。


「あ、握手をしてもらますかっ!!」


 そう言って、告白する時の様に、アルファーに手を差し出しながら、瞳を固く閉じて頭を下げる。しかも、その頭の下げた時に、頭にかいた汗が地面にぽたぽたと落ちる。…ちょっと、俺なら、金を貰っても握手をしたく無い状況である。


「えぇ、よろしいですよ」


 しかし、アルファーは俺が指示している事や、普通の女の子の様に、汗かきの様な不清潔と思われる状態に忌避感を持ってないので、レーヴィの差し出された手を眉をピクリとも動かさずに、握手する。


「おぉぉぉ!!!」


 その状況に羨ましそうに見ていた会場の連中がどよめきの声を上げる。


「あんな、気持ち悪い男の手を…」


「眉一つ動かさずに握った!?」


「女神だ…女神さまは本当にいたんだ!!」


 アルファーはただ差し出された手を握っているだけだが、会場の皆には女神の奇跡的な瞬間の様に見えている様だ。しかも、当の本人であるレーヴィはそんな女神のアルファーに手を握られていて、アレが出た時の様なヤバいぐらいの恍惚な表情をする。


「10…9…8…7…6…5…4…3…2…1…0!! それではお時間です! 手を離してください」


 俺の言葉にアルファーはレーヴィからスッと手を放す。


「はっ!!」


 掌から、アルファーの手の柔らかさと温もりが消えた事で、恍惚状態だったレーヴィは目が覚めたように意識を取り戻す。


「ふぅ…」


 そして、手に残るアルファーの感触に、手を開いたり閉じたりした後に、そのまま出した後のようにふぅと溜息をつく。…まじで出してないだろうな…


「それでは、レーヴィさん、明日も落札頑張って下さいね」


 そんなレーヴィにアルファーは俺の教えた通りのセリフをアルカイックスマイルでレーヴィに告げる。


「はい! 必ずや落札してみます!!」


 こう言わせておけば、一回の握手で満足せず、次回もオークションを頑張ってくれるだろう。また、今日落札し損ねた連中も、レーヴィの幸せそうな姿を明日は自分がと闘志を燃やす。


 そして、満足したレーヴィはパーティーの所に戻るのかと思えば、アルファーと握手した手を大事そうに抱えながら、一直線に『一人になりたい貴方へ(完全防音設備設置済み!)』の所へ向かう… おい…こんな事まで、現代日本と同じなのかよ… 明日からは、握手する前には手を洗ってもらう事を必須にしないとダメだな…


 兎にも角にも、この状況を見るからに、俺の仲間たちが元魔族とか人外とか言われる心配は無さそうだ…


 そう思うと、俺は馬車に戻り、中にいるシュリやカローラ、ポチに声を掛ける。


「おい、みんな、もう外に出ても大丈夫そうだぞ」


「やっとか… カビが生えてしまいそうじゃったわ」


「わぅ! お外! ポチ、お外大好き!」


「まぁ、私も、たまには身体を伸ばしましょうか…」


 暇を持て余していたシュリ、ポチ、カローラの三人がぞろぞろと馬車の外に出てくる。


 

 ガタガタガタッ!!!



 すると、辺りから椅子から立ち上がる音が響く。


「おい! イチロー!!!」


「ん?なんだ?」


 俺はいきなり名前を呼ばれたので振り返る。


「その娘たちのおしゃべり券と握手券のオークションはあるのか!?」


 アルファーのオークションに参加しなかった連中の声が響いた…













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