第324話 悪事を働く
ヤマダのエロ本の一件から、更に数日が経ち、駐屯地での退屈な生活だけではなく、共にその退屈な生活を共にする他の勇者たちにも馴染んできた。
その切っ掛けになったのは、甲斐甲斐しく皆にお茶を継いで回るアルファーの存在も大きいが、皆、暇を持て余して娯楽に飢えてきた事もある。
具体的にいう事、エロ本の一件で、俺達の所に本がある事が他の勇者たちに知れ渡り、本を借りに来る者や、俺とノブツナ爺さん、そして時々、ロアンが加わって行うカードゲームを観戦し、今では参戦までするようになったからである。
今回の本に関しては、アルファーの件で金を取り損ねた事を反省と、元々の本の持ち主がカローラである事もあって、金を取って貸し出す様にしている。しかし、金を取ると言っても、観光地の食べ物の様な値段設定ではなく、有名勇者から見ると良心的な価格設定にしている。つまり一般人には高いがそこそこ思っているここの勇者達なら安く見える金額だ。
そもそも、この世界では本が高額な事と、借りる人物が成金なので成立している商売である。
そして、丁度、本を借りに来る勇者がやってくる。ラッシュレクレスリーのリーダー、狂犬のハワードだ。
「ちょっと…本を頼みたいのだが…」
あの狂犬と言われたハワードが借りてきた猫のような仕草で声を掛けてくる。
「本か、どんなのをご所望だ?」
とは言っても元々はカローラの蔵書である。魚介さん一家が爛れた性関係を繰り広げるものだったり、狸型ロボットの登場人物たちがドロドロの恋愛事情を繰り広げたり、世紀末ヒャッハー連中が淡い恋の物語をしたりと、特殊なものが多い。
しかしながら、娯楽に乏しい現状では、皆、文句を言わずに刺激と言う名の心の渇きを癒す為に読みふけっている。
そんな中、驚いたのが復讐同盟に所属している山脈のルドルフォヴナと呼ばれる熊の様な大男が、シュリが主人公の『小さなシュリのものがたり』を顔をくしゃくしゃにして涙をポロポロと零しながら、『シュリちゃん!頑張って!応援してるっ!』って声を上げながら読んでいた事である。
…あいつ、外見と違ってけっこう乙女チックなところがあるんだな… 馬車の中に当事者のシュリ本人がいる事を知ったらどんな反応をするんだろ?
さてさて、狂犬ハワードはどんな本を所望してくるのか楽しみである。
すると、狂犬ハワードは辺りの様子を不審者の様にキョロキョロと見回しながら、小声で言葉を発する。
「…び、美の女神の…悦楽の時間を…」
これは俺の所の客ではなく、ノブツナ爺さんの所の客であることを示す隠語である。…つまり、エロ本が読みたいという意味だ。
俺は狂犬ハワードの意図を理解すると、ノブツナ爺さんにアイコンタクトを送る。するとノブツナ爺さんはコクリと頷き、別のテーブル席に映る。
「では、詳しい商談はあちらの席で…」
「お、おぅ…」
ハワードは警察を警戒する不審者の様な仕草で、ノブツナ爺さんの席へと移動していく。…しかし、自分たちでやっていて言うのもなんだが、ヤバい物を取引している現場の様な感じだな… まぁ、一応それぞれが名の売れた勇者メンバーなので、世間体を気にしているのであろう…
俺は客がノブツナ爺さんの所に行ったので、何気なくこの駐屯地の中を見回す。あまり代わり映えしない景色であるが、一つだけ異様な雰囲気を放つものが設置されている。それは小さなテントに『一人になりたい貴方へ(完全防音設備設置済み!)』と看板を取り付けられたものである。ここに来ている魔術師の一人が設置したものである。
俺もノブツナ爺さんがエロ本を皆に公開すると言った時から、需要があることは分かっていたが、ロアンに絶対に反対されると思ったので諦めた設備だ。この後、狂犬ハワードもあそこに行くんだろうな… ってか、あそこに言った時点で世間体もくそもねえと思うが…
まぁ、その設備も、エロ本の公開も常時行っているものではなく、特別勇者の紅一点、トマリさんがいない時だけの開催である。トマリがこの駐屯地に戻ってくるローテーションは、ヤマダの協力もあり、皆に知られていてそれに合わせて、設置したり片づけたりしている。皆、一応そこらへんの最低限のデリカシーは持ち合わせている様だ。
ただ、皆のトマリさんに対するよそよそしいというか、不自然な態度にトマリさん自身も皆に、何やら違和感を感じて首を傾げている。だからと言って、トマリさんが皆の間で人気が無い訳ではなく、逆にノブツナ爺さんの蔵書にトマリさんに似たエロ本は無いかと複数の問い合わせが来ている。…みんな、KENZENな男の子なんだよな…
「ふぅ…」
そんな事を考えていた俺のはす向かいに、美の女神の悦楽の時間を過ごした狂犬ハワードが腰を降ろして目を閉じる。
「おぅ、ハワード、美の女神の悦楽の時間は終わったのか?」
「イチローちょっと、今は話しかけてないでくれ… 今、余韻に耽っている所なんだ…」
「いやいや、そう言う事は、あっちの『一人になりたい貴方へ(完全防音設備設置済み!)』でやってくれよ」
そう言って俺は例の場所に視線を促す。
「いや、あそこは時間制限があるから、ちゃんと脳内でストーリーを俺好みに再構築してから挑みたいんだ」
「あぁ…そうかよ…」
事情は分かるが、俺のスペースで恍惚な顔をして佇むのはやめて欲しい…
そこに、復讐同盟の抜き身の刃と呼ばれるレーヴィが鼻息を荒くして俺の所を駆け寄ってくる。
「なぁっ! イチロー!!」
「なんだ?レーヴィ、またエロ本か? それなら今ハワードが終わった所だから、ノブツナ爺さんに頼んでくれ」
ちなみに、このレーヴィはノブツナ爺さんの常連客で、もう既に爺さんの蔵書の殆どを閲覧済みである。
「いや、今回は、イチロー…お前に用事があるんだ…」
「俺に?」
なんだろ? 普通にカローラの蔵書の本を読みたくなったのであろうか?
「…イチロー… お、お前んとこのさぁ… あ、あの…」
まるで、中坊が初めて告白する時のようなたどたどしいどもり口調で話しかけてくる。
「あ、あ、あ、あの… ア、ア、ア、アル、アル…」
もはや、どもりなのかそれとも新手のラップなのか分からない感じになってきて、俺はテーブルを叩いてリズムを取りたくなる。
「…コホン… アル…ファー…さんって… 彼氏いんの?」
レーヴィ…お前もか… と言うのは、こんなことを聞かれるのは初めてではない、レーヴィで3人目だ。
女が多い俺のパーティーが他の勇者連中に嫉妬されない為に、メイド姿のアルファーにお茶を継がせて回っていたが、アルファーが最近覚えた、アルカイックスマイルでの奉仕が、仕事が忙しくて女の事の出ないがないとか、自分が放つオーラが強キャラ感感が強すぎて女の子が近づいて来れないと言い訳している勇者連中のハートをがっちり鷲掴みしたらしく、アルファーのガチ恋勢になった連中が、アルファーの恋愛状況を訊ねにくるのである。
アイツらの目にはアルファーにとっての俺と言う存在がどの様に映っているのか疑問ではあるが、まぁ、最初に俺の女とか、主人と下僕の関係とか、致し関係の事は言わずに、ただのパーティーメンバーであると告げているので、一応連中なりの筋を通して聞きに来ているのだろう…
「ん~ アルファーの彼氏? アイツの彼氏の事なんか、なんで俺に聞きにくんの?」
俺はズバリ、止めを刺すような俺の女宣言はせずに、はぐらかすような返し方をする。
「いや、アルファーさんってさ… 美人だし…グラマーだし…おまけに笑顔が可愛くて、気立てもいいしな… やっぱり、その当たり気になる…」
レーヴィ… お前がべた褒めするアルファーは、お前たち復讐同盟が復讐の対象とする、魔族の一員の蟻族なんだが… お前はアルファーの黒目しかない瞳を見ても何とも思わんのか?
ってが、アルファーの甲斐甲斐しい懐柔工作が功を奏してきたのか、それとも、元々、可愛いい女の子であれば復讐対象にはならないのかは分らんが、そろそろ、カローラやシュリ、ポチを人前に出しても良さそうな感じだな。ついでに戸棚の中でカビやらキノコやらが生えそうなクリスも外に出して天日干ししないとダメだな… カズオはどうすっか…
とりあえず、軟禁問題を解決できそうになった俺は気を良くし始めて、ニヤリと笑う。
「ん~ そう言う事ってさぁ… 俺が口にする事では無く、本来は、本人の口から聞く事だと思うんだよ… それを言ってもらえないのって、アルファーのお前に対する好感度がまだまだ低いって事なんじゃないの?」
「なっ、なるほど…そう言う事か…」
俺の言葉に悔しそうに項垂れるレーヴィ。冒険や戦いに関しては一級の勇者であるが、恋愛に関してはまだまだ駆け出しだな…
「そんなレーヴィに朗報がある」
「なんだ!?」
俺の言葉にレーヴィは神でもすがるような目を向けてくる。
「実はな…数量限定で、アルファーとの1分間お喋りチケットや、握手券を販売しようと考えているんだ…」
俺はレーヴィだけに教えるように、耳音に顔を近づけて小声で話す。
「マジか!!」
レーヴィは更に薬をきめたような血走ったギョロリとした目で俺を見る。
「あぁマジだ、お茶を継いでもらっているだけでは、好感度は上がらないが、お喋りや握手をすればアルファーの好感度を稼げるかもしれないぞ…」
まぁ、アルファーはお茶を継いで回っているだけで、お前らの好感度を稼いでいるけどな…
「なるほど!! 好感度を稼げれば、俺もアルファーさんを彼女に出来る事も、ワンチャンあるわけだな!!」
ワンチャンなんてねぇよ、元々俺の女だし…それに陰ではアルファーがお前らでは俺の様なキングとしての生物的な強さを感じないといっているからな… でもとりあえず、俺は笑顔でうんうんと頷く。
「とりあえず、明日の朝にでもオークションをするつもりだから、金の準備をしておいてくれ」
「分かった! 金の都合をつけてくる!!」
そう言うとレーヴィは息まいて自分のチームの場所へと戻っていく。
「イチローよ」
そこへ、営業の終わったノブツナ爺さんが俺の向かいの席に腰を降ろす。
「そちも悪よのぅ…」
ハワードから大金をせしめたノブツナ爺さんが金をジャラリと音を立ててニヤリと笑う。
「いえいえ、剣聖様ほどでは御座いません」
俺もニヤリと笑って答える。
「わははははははっ!」
冒険者たちから荒稼ぎする俺達は高笑いをあげた。
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