第323話 可愛げのあるクソガキ
「あっ!」
一人帰って来たヤマダは俺とノブツナ爺さんの姿を見つけると一直線にこちらに駆け寄ってくる。
「なぁっ! この前のエロ本! エロ本見せてくれよっ!」
開口一番これである。
「いきなりエロ本かよっ、ってか、なんでお前一人だけなんだ?マサムネたちはどうしたんだよ」
エロ本、エロ本とせがんでくるヤマダに、俺は少し引きながら尋ねる。
「そんなのローテーションに決まってんだろ? 順番で休みを入れてんだよ、そうでないとやっていけないだろ? それよか早くエロ本見せてくれよっ!」
「順番に休んでいるのは分かったけど、なんでそんなにガッツくんだよ… まるで中坊が高校生みたいなガッツき方だな」
すると俺の言葉にヤマダがピクリと反応する。
「ん? もしかして、お前、転生前はガチの高校生だったのか? なるほど…それで中二病患者が好きそうな豚の塩漬けを現すドイツ語の名前を使っていたのか…」
「くっそ! やっぱりお前もアイスヴァインが豚の塩漬けって事、知っていたのかよっ!!」
エロ本を読ませてくれと言う時には、全く赤面していなかったヤマダであるが、アイスヴァインのドイツ語の意味が豚の塩漬けだと言われたことに関しては真っ赤に赤面しながら言ってくる。
「あぁ… アイスヴァインって響きがいいから、ネトゲやる連中はよく使っている印象があるな… しかも、物騒な『漆黒の』とか『殺戮の』とかの枕詞をつけて、その後に『天使』とか『堕天使』をつけて名前であるアイスヴァインとかのドイツ語の名前をつけて、その前後を短剣符の『†』で囲っているとか…」
「ちょっと! お前! 絶対、転生前に俺とネトゲーであっているだろ!!! そうじゃなければ、そんな的確に俺のネトゲーでの名前が分かるはずがないっ!!」
ヤマダは赤面しながらプルプルと身体を震わせる。
「…もしかして、お前もまんま中二テンプレの名前を使っていたのか…なんて名前使っていたんだよ?」
「…殺戮の堕天使…アイスヴァイン…だ…」
「ダガー付きか?」
「そうだよ…」
あぁ、こいつは中二病症候群のC5-レベルで発症していたのか… と言っても俺もC4レベルぐらいに発症していた時期があるから人の事は言えないが… ちなみに俺は『最強天使シュヴァンガーシャフト』だった… 響きは良かったけど、意味は…思い出したくないな…
「まぁ… 時間と共に症状が納まってくるから… 安心しろ…」
俺はポンとヤマダの肩を叩く。
「なんで、そんな可哀相な者を見る目をするんだよ… まぁ、いいや、それよりも早くエロ本見せてくれよっ!」
「ホント、お前ガッツくなぁ~ ノブツナ爺さん、頼めるか?」
ヤマダがあまりにも急いてくるので、ノブツナ爺さんに尋ねる。
「仕方がないのぅ… 見せてやるか… しかし、部屋に持ち帰らず、ここで見るのじゃぞ」
「えっ!?」
貸して貰えて部屋でじっくりと見れると思っていたヤマダは目を丸くする。
「何がえっじゃ、当り前じゃろ! わしの貴重な本が、お前のアレで汚されてはたまらん!」
「えぇぇ~ そんな殺生な~」
「何を言う、お主はエロに対しての真剣さが足りんのじゃ! ページの一枚一枚、コマの一つ一つ、網膜に焼き付け、脳裏に刻み込むのじゃ! さすれば、おのずと行間を読むようにコマ間が読めるようになり、更なるエロの道が開かれるのじゃ!!」
「いや…そこまでは…ってか爺さんこえーよ…」
口角泡を飛ばしながら力説するノブツナ爺さんに、ヤマダがドン引きする。
「ってか、ヤマダ」
そんなヤマダに俺はある疑問が浮かび上がって声を掛ける。
「何だよ…それにさっきから気安くヤマダ、ヤマダって呼びやがって…」
「ヤマダをヤマダと呼んで何が悪い、お前の下の名前も知らないし、殺戮の堕天使アイスヴァインって呼んだ方がいいのか? ダガー付きで…」
「くっ!!」
俺の返しにヤマダは悔しそうに目を逸らす。
「そういえば、前にヤマダがマサムネと話していた時に、下の名前は平凡だから嫌だと言っていたけど…」
そこで俺はヤマダのフルネームがピンと閃く。
「お前! もしかして、ドカベンか!?」
「くっそ!!! なんでお前は俺の隠しておきたい事をガンガン言い当てるんだよっ!!」
俺の言葉にヤマダは大いに驚いて声を上げる。
「なるほどぉ~ 名字がヤマダだから、もしかしてと思ったが、ヤマダ・タロウだったとは… いいじゃないか… 野球が強そうな名前で…」
俺はニヤニヤしながらヤマダに告げる。
「良い訳ないだろっ! みんなと遊ぶときに好きでもない野球のキャッチャーをやらさせられるんだぞっ! しかも、ミスする度に、『おい、取れないボールはないんじゃないのか?』ってなじられて…」
「なるほど… それが嫌で外でみんなと遊ばずに、ネトゲするようになったのか…」
「くっ! そこまで分かるのかよっ!! お前、マジで転生前の俺の知人じゃねぇだろうな?」
「んなわけあるか、お前が分かり易過ぎるだけだ」
ヤマダはチャラ男だが、めちゃくちゃ弄りがいのある楽しい男だな… ちなみに、ドカベンは一時期ネタ動画になっていたので、気になって読んでみたが中々愉快な野球漫画だ。
「で、話は戻るが… ヤマダ、お前は特別勇者なんだろ? 対魔族連合に補給物資としてエロ本を要求すれば送って来てもらえるじゃないのか?」
「あぁ、その事か…それが出来ねぇ理由があるんだよ…」
ヤマダは気まずそうな顔をしながら答える。
「出来ない理由ってなんだよ?」
「…物資の受け取り確認の担当を…トマリ姉さんがやってんだよ… だから、そんなの要求すれば、一発でトマリ姉さんにバレんじゃん…」
「ぷっ」
赤面しながらそう語るヤマダに俺はぷっ吹き出し、ノブツナ爺さんも笑いを誤魔化す為に咳払いをする。
「な、何がおかしいんだよ…」
「いや、お前は可愛い奴だなって思って、だろ? ノブツナ爺さん」
「あぁ、そうじゃな、可愛げのある小童じゃ、どれ、そなたの欲していたエロ本を出してやろう」
ノブツナ爺さんも口角を上げながら、ヤマダの見たがっていたエロ本をテーブルの上に取り出す。
「おぉぉぉ!! エロ本だぁ!!! 爺さん!マジ!ありがとうぉぉぉ!!! 俺、この本の為に、トマリ姉さんに無理いってローテーション代わってもらったんだよなぁ~」
ヤマダは満面の笑みでノブツナ爺さんに礼を述べる。
「ならば、そのトマリ姉さんとやらが返ってくる前に、網膜に焼き付けるのじゃぞ」
退屈な駐屯地生活において、暇つぶしになる弄りがいのある人物を見つけた瞬間であった。
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