第322話 ニート生活

 さて、特別勇者のヤマダと一悶着あったが、その後、俺達の駐屯地での生活が始まった。あの後、マサムネ、トマリ、ヤマダの三人は任務の為に駐屯地の外で出て行ったが、入れ替わりの様にマサムネが説明していた、もう一人の特別勇者であるアイダ・カズトという人物が戻ってくる。やせ型の長身の男であるが、髪が長く、簾の様な前髪の間から、ギョロリとした目が覗いていた。そして、この駐屯地についた俺達に対して、一言だけ挨拶をする。


「ア、アイダ…カズトだ…」


 それだけ言うと、アイダは逃げるような仕草でコンテナハウスの中に入っていき、姿を現さなくなった。


 その様子に他の勇者たちはアイダの事を気難しい人間だと思っていたようだが、ロアンがなにやらシンパシーの様なものを感じていたので、恐らくはボッチ体質で人見知りするタイプの人間なのであろう。


 なので、アイダの登場もここでの生活の変化を及ぼすようなものではなく、退屈な駐屯地生活が続く訳である。何故、退屈かというと、護衛や警戒の任務があるといっても、俺達のような一般勇者が外を巡回すれば、敵に察知される可能性があるので、拠点内で警戒していればいいとのことで、同様な理由から任務の無い時間でも、拠点の外に出るなと言われているので、この拠点内でこれからずっと生活しなければならない事になる。


 インドア派やいわゆるニート系や陰キャの人間であれば、そんな誓約も苦にならないだろうが、冒険者をやるような人間はアウトドア派や陽キャ系の人間が多いので、この拠点内だけでの生活は、退屈の極みのようだ。


 さらに追い打ちをかけるのは、ここでの食生活である。対魔族連合から支給された兵糧を勝手に食っていろと言われたのだが、その兵糧と言うのが、ハニバルでくったミケの大好物のカリカリと、塩漬け肉だけなのである。殆どの人間が、そのカリカリを水やお湯でふやかしお粥にしてから、味を足す為に塩漬け肉をお粥の中に入れて食べているが、舌の肥えた俺からするとこんなものを一日三食ずっと食うのは苦痛である。


 こんなものを食わなくても、馬車の中や収納魔法の中には城から運んできた食材があるので、自分たちだけ美味い物を食う事は可能であるが、リーダーであるロアンからあまり目立つ行動をするなと言われているので、仕方なくカリカリお粥を食べる事にしている。


 また、俺の仲間内では別の問題も発生している。それは、シュリやポチが外に出たがっているのである。元々二人ともアウトドア派な存在なので、馬車での軟禁生活が耐えられなくなってきている。


「なぁ~ あるじ様よ~ 外に出たらダメなのか~」


 久々におねだりモードのシュリが強請ってくる。


「わぅ、いちろーちゃま、ポチもお外とに出たい…」


 ポチも耳と尻尾を元気なく垂らして俺におねだりしてくる。


「すまねぇな~ 二人とも… 他の勇者連中に喧嘩っぱやいラッシュレクレスリーや、人外に恨みをもっている復讐同盟って連中がいるから、そいつらがいる手前、お前ら二人を外に出してやれないんだよ」


「えぇ~ という事は、ここにいる間はわらわたちは外に出る事が出来ないのか?」


 シュリがムスッとした顔で不満を漏らす。


「私は、馬車の中でもゲームや本があるから、問題ないのですけどね」


 そんなシュリに引き籠り生活有段者のカローラがドヤ顔をする。


「カローラ、お前、そんな事を言っていると皆からあっち側の人間だと思われるぞ…」


 そう言って、俺は戸棚の方に視線を向ける。


「うっ…いや、私はただのインドア派で、クリスと同じ戸棚派と思られるのは流石に嫌ですね…」


 戸棚派とか新しい派閥を作んなよ…


 話をした通り、クリスはマグナブリルのいない、戸棚の中で平穏な日々を送っている。謂わば戸棚の中はクリスの聖域であり天国であり楽園なのだ。まぁ、傍から見たら戸棚の中に潜む地縛霊にしか見えないが… しかも最近はカズオからのおしゃれ講義を受けて、オカマバー系おしゃれをした女騎士系地縛霊へとパワーアップしている。


「兎に角だ。今はアルファーが他の連中にお茶を入れて回って懐柔している所だから、暫く待ってくれ、他の連中がアルファーに篭絡されたらお前たちが外に出ても大丈夫だと思うから」


 そんな事情もあって、今はアルファーはせっせと甲斐甲斐しく、他の連中にお茶を継いで回っている。アルファーの存在も最初は、こんな戦場にメイドを連れてきやがって…と妬まれていたが、いざ、自分たちも良い女であるアルファーにお茶を継いでもらうと悪い気分ではないらしく、今では連中にアルファーちゃんやアルファーさんと呼ばれてアイドル的な存在になりつつある。…もしかして金とれるんじゃね?


 こんな状況下で、真面目に熱心に任務をこなそうとしている人物がいる。それは我らのリーダーであるロアンである。


 警戒任務の時間の時は、キリっとした顔をして、広くもないこの駐屯地の敷地内を、ストレスで織の中をぐるぐると歩き回る動物のように、巡回しており、休み時間の時には、渡された資料を読み返したり、剣の素振りをしたりと非常に熱心である。


 最初の一回は俺もノブツナ爺さんもロアンと行動を共にしたが、二回目からは馬車の隣のテーブル席で本を読んだりゲームをしたりするようになった。


 もちろん、ロアンからちゃんと任務をこなす様に抗議をされたが、他の連中もちゃんと任務をこなしていない事や、最初のヤマダとの一件を引き合いに出すと大人しく引き下がった。すまんな、ロアン…


 こうして、日長一日、本を読んだりゲームをしたり食っちゃ寝しているわけであるが、もう一人ここにいるはずの特別勇者のボタのおっさんの姿はほとんど見ないことに気が付く。姿を見るのは一日三度の飯時ぐらいで、その時も、外で食うのではなく、必要な分のカリカリと塩漬け肉を器に入れるとコンテナハウスの中に戻っていき、話しかける暇もない。


 そんなにコンテナハウス内での作業が忙しいのであろうか? それとも、極力俺達との接触を避けるように言われているのであろうか? どちらなのであろう…


 そんな日々を二日ほど過ごして、マサムネたちが全く戻ってこないので、もしかして、外でやられたんじゃないかと心配し始めた頃、ようやくヤマダ一人が姿を現して帰って来たのであった。





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