第321話 マサムネとヤマダ

「なぁ、マサムネ」


 特別勇者のチャラ男が、黙々と自分の使う銃器のメンテナンスを行うリーダーのマサムネに声を掛ける。


「なんだ? ヤマダ」


 マサムネは声を掛けられても手を止めることなく、メンテナンスを続けながら、チャラ男の山田に答える。


「だから、ヤマダって言うなよ、俺、その名前嫌いなんだよ… 普通過ぎてさ… 下の名前もなんだか平凡だし」


 ヤマダは口を尖らせて、不満を漏らす。


「でも、お前が気分でコロコロと名前を変えて、その都度、その名前で呼ぶのは面倒だし、咄嗟の時に危ないだろ? それで、俺に何の様なんだ?」


 マサムネは複雑な機構の銃器を、手慣れた手つきで分解し、一つ一つの部品に異常がないか丁寧に確認していく。まるで、その部品一つ一つの異常が自分の生命に関わる様な慎重さで、何度も繰り返す日常の様にである。


「やられたヒロユキの代わりをあの中の連中から補充するかもって、マジなのかよ?」


 ヤマダは椅子の上にあぐらをかき、子供の様にギッコンバッコンと前後に揺れながら不服そうにマサムネに尋ねる。


「ヒロユキがやられた分を補充しなければ、魔族を封じ込めておくことは出来ないし、俺達の本来の目的を果す為の時間的余裕も取れないだろ、だから欠員の補充は重要だ」


 マサムネは全ての部品の点検を終え、再び部品を銃器に組み立てていく。


「かと言ってさ、その一番の候補者があのアシヤ・イチローって奴だろ? いくら俺達と同じ日本人転生者で時代も近いからといってさ、トマリ姉さんに瞬殺されているような奴じゃ、仲間にしてもすぐに殺されて役に立たねぇんじゃないの?」


「誰だって、初見でショットガンに反応出来る奴なんていないだろ、それにトマリのアレは、ヤマダ、お前だって真っ赤にされていたじゃないか」


 マサムネの言葉にヤマダは顔を赤くしながら焦りだす。


「あ、アレはトマリ姉さんがまさか着替えをしているとは知らずに、ドアを開けて… 俺も吃驚して固まっている時だったから仕方なかったんだよっ!」


「でも、何発もうちこまれていたな」


  マサムネは少し口角を上げながら答える。


「もう! その事は終わった事だし、不可抗力って奴だからいいだろ! それよか、問題のアイツを見てみろよっ! アイツら俺達の渡してやった資料を読まずに、なんか別な本を熱中して読んでんぞっ! しかも、ここは戦場だというのに、あんな美人…のメイドにお茶を煎れさせて… やる気ねぇんじゃねぇの!?」


「…まぁ、メイドが出てきたときは、流石に俺も驚いたが、そんなに悪くない連中だと思うぞ?」


 マサムネはそう言って、組みあがった銃のコックを引いてカチャリと音を立てて、仕上がり具合を確かめる。


「…マサムネがそこまで言うのなら、俺が試してやんよ…」


 ヤマダがニヤリと口角を歪める。


「ヤマダ、どうするつもりだ?」


 銃が組みあがったマサムネは漸く、ヤマダをチラリと見る。


「コイツを投げてみて反応できるかどうか試してやるか…」


 ヤマダはそう言うと腰から二本のナイフを取り出し、まるでお手玉の様に放り投げてくるくると弄び始める。


「…まぁ、試してみると言い…でも、やり過ぎるなよ?…それと…」


 マサムネは言葉の途中で何か思い至ったようで押し黙る。


「なんだよ?」


「いや、後で何が起きても自分で責任を取れよ、俺からはそれだけだ」


 マサムネの何か含みのある様な言い方に、ヤマダは違和感のようなものを感じたが、それ以上は特に考えず、了承を得たものと思い、ぺろりと舌なめずりをした後、くるくると弄んでいたナイフを、読書に熱中するアシヤ・イチローと剣聖信綱にシュシュっと投げる。



 あいつら、ここは戦場なのに、余裕ブッコキやがって…



 山田はそう考え、ナイフが二人の頭上を霞めて、二人が驚くさまが見れるものと考えていた。


 

  パッシッ!パッシッ!



 だが、二本のナイフは二人の頭上を掠めることなく、二人は本を読む姿勢のままで片手でナイフを受け止める。しかも剣聖信綱に至ってはこちらから見て後ろを向いたままの状態である。


「へぇ?」


 その状況にヤマダは思わずへっぽこな声を漏らす。


「おめぇ! いい所なんだから邪魔すんなよっ!!」


「そうじゃ! わしもこれから致す所を読んでいるというのに水を差しおって!!」


 そんなヤマダに二人は仕事中に子供に邪魔をされた時の様に怒りの声を上げる。


「い、いや…お前ら二人が、渡した資料を読まずに…別の事に熱中していたから…その注意しようとして…」


 二人の気迫に押されて、注意する立場であるヤマダはへたれた口調で答える。


「資料ならもう読んだわ! 小童め! それに注意をするなら口ですればいいじゃろうがっ! こんなものを投げよって阿保垂れめ!! 大事な本に傷でもついたらどうするつもりじゃ!!」


「そうだっ! 希少な本なんだぞ!! お前、傷ついたら、本を売っているジュノーまで買いに行ってくれるのかよ!」


 よほど、大切な本であったのか二人は口角泡を飛ばしながら猛烈な勢いで反論してくる。


「で、でも…仕事中に本を読むとか…注意力散漫だし…それにこんな戦場にメイドを連れて来て、お茶をするような非常識な事をしているから…」


「まだ仕事が始まってねぇだろうがっ!! それに注意しているからナイフをちゃんと受け止めたんだろっ! 後、アルファーはメイドじゃなくて俺のパーティーメンバーだ!! メンバーがメイドの格好をしていたら悪いのか!? あっ? 悪いのかって聞いてんだよっ! 資料にはお茶するなとも、メンバーにメイドの恰好をさせるなとも書いてねぇだろっ!!」


「そうじゃそうじゃ!! おなごの麗しい姿でお茶を煎れて貰う方がいいじゃろうが!! なんじゃ? お主は裸の男にお茶をいれてもらいたいのか?」


 一言いえば、倍以上言葉が返ってくる状況に流石のヤマダも心が折れてくる。


「…ごめんなさい…悪くないです… 裸の男よりもメイドの服の女の子に入れてもらうお茶の方がいいです…」


 とりあえず、二人の追求から逃れたいヤマダは、何も考えずその場の勢いで頭を下げる。すると青筋を立てて怒っていた二人は、怒りを鎮めて、浮かせていた腰を椅子に降ろす。


「分かったのならいいよ、許してやんよ」


「以後は気を付けるのじゃぞ」


「あっ…はい…」


 豹変する二人に呆気に取られてヤマダは素直に頭を下げる。


「お前にも後でメイド姿のアルファーにお茶をいれさせてやんよ」


「そうじゃな、わしもお主のわしのエロ本を見せてやろう」


 素直に謝るヤマダに二人は優しく声を掛けてくるが、信綱の言葉の中にありえない名詞が含まれている事に気が付く。


「ん? ちょっと待て! なに? 今、エロ本っていったか? もしかして、二人ともあんなに熱中してエロ本読んでいたのか!?」


 山田は混乱しながら再び二人に声を上げる。


「お前には俺達二人が熱心に聖書でも読むような人間に見えたのか?」


「お主はエロ本を読みたくないのか?」


 ここで言い返せば再び二人の苛烈な口撃が返ってくるのもあったが、駐屯地勤めで、ずっと女日照りであったヤマダはゴクリと唾を呑み込む。


「…読みたい…です…」


 山田がぽつりと答えると、その様子を側で見ていたマサムネが突然、声を上げて笑い出す。


「あははははっ!! こいつはおかしいっ! あははははっ!!」

 

 マサムネは腹を抱えて大いに笑う。そこへ驚いたような顔をしたトマリが姿を現す。


「そろそろ、巡回にいく時間だけど… マサムネが声を上げて笑う姿なんて、久々というか初めて見るわね… 一体、何があったのかしら?」


「トマリかっ? ちょっと聞いてくれよ…ヤマダが…あははははっ!!」


「マサムネ!! 止めてくれよ!! トマリの姉さんに言わないでくれよっ!!」


 笑い続けるマサムネに必死になって事情を説明しようとするのを止めるヤマダ。


「分かった… トマリには内緒にしておいてやるよ…しかし、あははははっ!!」


 マサムネの笑い声が駐屯地に響いた。








  

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