第319話 ぼっち勇者

 マサムネの説明が終わった後、説明の時に話していたこの駐屯地に於ける取り決めを定めた資料が配布されたので、俺はその資料に目を通していく。その資料によると、とりあえず、俺達の派遣勇者で三つのチームを作ってローテーションを作る様だ。チームをつくると言っても特別に向こうからの指示がある訳ではなく、勝手にチームを編成しても良いみたいだが、各班でリーダーを決めて勇者チームとの連絡係になるようだ。


 なるほど、勝手にチーム編成をしてリーダーを決めるとまた揉めそうだから、自分たちで納得できるチームとリーダーを決めろという事か。しかし、マサムネは軍人っぽいのにその辺りは結構適当な判断をするものだ。もしかして、俺達の事をあまり期待していないのだろうか?


 まぁ、マサムネが俺達の事をどう思っているのかは兎も角、俺たち自身は対魔族連合からの指示を受け、そして報奨金まで貰う立場の人間だから、期待されていなくても適当な事はできない。


 他の連中はどうするんだろうと、資料から目線を上げて周りを見てみると、ラッシュレクレスリーと復讐同盟の連中は他の勇者メンバーを引き入れて既にチームを作っている様だ。そして、視線を動かしていくと、同じくチーム編成の所まで資料を読み終えたノブツナ爺さんと目が合う。


「ノブツナ爺さん、気の知れた仲だから、一緒にチームを組むか?」


「そうじゃな、わしとそなたは同じ日本人同士じゃし、気心もしれよう」


 ノブツナ爺さんとは女の好みも同じだし、特に問題も無いだろう。そして、続けて周りを見渡していくと、険しい顔をするロアンの姿が目に留まる。


 …どこにでもいるんだよな… 特に小学校のイベントの時に、先生が『では、二人組を作って下さい!』と行った時に、誰にもペアになってもらえず、ぼっちになる存在が…


 今のロアンがその状態である。恐らくはロアン自身が言っていた悪い噂の為に誰も一緒のパーティーになるように声を掛けてくれないのだろう…


 そんなロアンを憐憫の目で眺めていると、ロアンが俺の視線に気が付いてこちらに向き直る。


 

 ロアンが仲間になりたそうにこちらを見ている。仲間にしますか?



 そんなメッセージが流れそうな状態である。ここは…



 →いいえ



 を選んだら面白そうではあるが、マジでロアンが涙目になりそうなので、止めておくことにする。


「ロアン、久々に一緒のチームを組むか?」


 俺がロアンに声を掛けると、ロアンは一瞬パァっと嬉しそうな顔をするが、すぐに少し赤面して気まずそうに視線を逸らす。


「イ、イチローがそう言ってくれるなら…チームを組んでも…いいぞ」


 いや、男にツンデレっぽい仕草をされても困るんだが…まぁ、自分が追放した相手からチームに誘われるのは気まずいわな…


「じゃあ、チームを組むか、なんなら、ロアンにリーダーもお願いしたのだがいいか?」


 俺は面倒ごとが苦手なので、この際リーダーの面倒ごともロアンに引き受けてもらうとそう提案する。


「ぼ、僕がリーダー? ノブツナ様はそれでも良いのですか?」


 リーダーを推薦されたロアンは俺の提案に目を丸くして、ノブツナ爺さんに尋ねる。


「わしは元々剣を振るうしか脳の無い男じゃし、イチローが推薦するのならかまわぬ」


 ノブツナ爺さんももともと一人で動く事が多い人物だから、人を纏める事はロアンに任せる。


「分かりました! このロアン・クラース! 皆のリーダーを勤めさせて頂きますっ! では早速、チームの編成とリーダーの決定を特別勇者のマサムネさんに報告してきますね!」


 ロアンは久々にチームを組み、しかもリーダーに選任されたことが嬉しかったのであろう… ボールを喜んで拾いに行く子犬の様に、マサムネの所に駆け出して行った。


「彼奴は人が良いが、子犬の様な男じゃな…」


 やっぱり、ノブツナ爺さんも俺と似たような事を思っていたようだ。


「確かにいい奴なんだが… 俺のせいで色々ケチがついて不幸体質になったような気がするな… ところで、爺さん、野営の準備はどうするんだ?」


 ノブツナ爺さんはここに来る道中に見ていて思ったことなんだが、あまり荷物を持っておらず、見る限り天幕などの道具を持ってないように見えた。


「わしは道中で休むときは、襲撃の時に周りが見えんと困るから、いつもその辺りでごろ寝じゃったからのう、下に引く布と枕代わりにする本ぐらいしか持っておらぬわ」


「えぇ!? いつもそんなんで旅をつづけていたのか!?」


「まぁ、天幕の中じゃと視界は遮られるし、逃げ出す時も失うものはないのでのう」


「でも、ここでいつまで護衛の任務をしないと分からないから、それじゃきついだろ… ちょっと、待っててくれ」


 そこで俺は収納魔法から、イケオジエルフで大工のロレンスに作ってもらった組み立て式のキャンプ道具を取り出す。


「おぬしも色々と芸が多彩じゃのう…」


「あっ、爺さん、俺がこんなことを使えるのは他に内緒な? 一応、機密事項だから」


 口の硬そうなノブツナ爺さんなら、収納魔法の事を言いふらしたりはしないだろう。


「分かった他言無用じゃな、どれどれ、わしも手伝おう、これは野外で使う木工細工の家具じゃな、便利な物もあるものじゃ」


 そう言ってノブツナ爺さんは俺が取り出した組み立て式テーブルを設置していく。俺の方は背もたれを倒せば簡易ベッドになる長椅子を組み立てる。


「ノブツナ爺さん、寝る時はこの長椅子の背もたれを倒して、ベッドにして使ってくれ」


「ほう、これは良い寝床になるな、イチロー、そなたは随分と贅沢で快適な旅をしておるのじゃな」


 ノブツナ爺さんはベッドに座ったり寝転んだりして感触を確かめる。


「こっちの世界は狭い日本と違って、長距離の移動になるからな、快適さは必要だよ」


「確かにそうじゃな、日本であれば、一日歩けば宿場町か寺か神社があるので、雨風を凌ぐことが出来たが、ここではそうそうないからのぅ、わしも最初の頃は苦労したぞ」


「そうだな、俺も最初の頃は苦労したな…でも、この馬車を手に入れてからはかなり快適な旅になったけど」


 そんな話をしているうちに、馬車のとなりにテーブルや椅子の設置が終わる。改めてみると、キャンピングカーの隣にキャンプセットを設置している様な状態である。


「よし、設置が終わったし、お茶でもしながら先程の資料の続きを読むとするか…おーい、誰かお茶を煎れてくれないか?」


 俺は馬車の入口に顔を突っ込んで、中に声を掛ける。


「はい、分かりました。キング・イチロー様」


 アルファーがすぐに答えてお茶を運んでくる。どうやら、予め準備をしていたようだ。


「はい、キング・イチロー様。そちらのノブツナ様もどうぞ」


「うむ、そなたか、以前と比べて良い顔をするようになったのぅ」


 ノブツナ爺さんはアルファーの顔を見てそう答える。


「これも私を殺さずに捕えて下さったノブツナ様のお陰です」


 アルファーは最近できるようになった微笑を浮かべてノブツナ爺さんに答える。


「おーい! イチロー! ノブツナ様! 報告を終えて来たぞ! …って…イチロー…君は何をしているんだ…」


 報告を終えて戻ってきたロアンが俺とノブツナ爺さんの姿を見て、顔を強張らせる。


「ん? お茶をしているんだが、ロアンも飲むか?」


「…お茶をするのはいいが、メイドまで使ってお茶をするのは… もう少し人目を気にしてくれないか…イチロー…」


 ロアンの言葉に他の勇者連中を見てみると唖然とした顔でこちらを見ており、特別勇者のマサムネも苦笑いを浮かべていた。



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