第315話 発作再発

 イアピースの集合地点を出発してから丸一日、俺は御者台に座って馬の手綱を握っていた。というか、集合地点に到着してから御者の役目は出来るだけ俺が引き受けるようにしている。


 それと言うのは、今回の任務は俺達だけが指示されたものではなく。他のパーティーと合同で課せられたものであるからだ。なので、他のパーティーがいる手前、人外のメンバーには御者を任せにくい状況なのである。


 ロアンやノブツナ爺さんだけであれば、ある程度の理解を示してくれるが、あまり交流のないパーティーに関しては、俺が人外の連中を仲間にしている事を良く思ってくれないであろう。

 特に、ラッシュレクレスリーと言う名のパーティーの連中は、脳筋の連中ばかりで喧嘩っ早いので有名だ。次に復讐同盟と言う名の連中は、パーティーメンバー全員が魔族に恨みを持つものばかりで構成されたパーティーなので、俺の仲間が元魔族側の存在であると知られたら、ただでは済まないであろう。


 そんな訳で俺がメインで御者を務めている訳であるが、俺もずっと御者を続けるのはしんどいので、俺の他に、たまに野生化しかかるクリスや、目を隠せばただのメイドにしか見えないアルファーに代わってもらって三交代制で馬車を走らせている。


 カズオは一目見て人外のオークだと分かるので、御者の仕事だけではなく、出来るだけ人目につかないようにしている。だが、カズオはその事を変に理解したのか、また変な発作を再発して、変装すれば大丈夫だと考え始めて、以前の悪夢を再び呼び起こす様に女装に勤しんでいる…


 昨日も日が暮れたので、進行を止めて馬車の中に入ると、以前の様に肌をおしろいで染めて、カーバルの爺さん達に買ってもらった衣装を仕立て直して身にまとい、同じくどこで手に入れたのか分からないがウイッグを被って髪飾りまでつけていた。


 そこに今回の道中、食事を用意すると告げていたノブツナ爺さんとロアンがやってきて、そのカズオの姿を見て唖然としていた。

 特にロアンに至っては、『勇者と知ってオークの作った料理を持て成されるのは思う所があるが… 女装癖の者に持て成されるのは人としての尊厳を考えさせられるな…』と漏らしていた。

 でも、そのカズオの料理にはロアンもノブツナ爺さんも満足していたようで、特にロアンに至っては、悔しい…でも、ガツガツ食べちゃう状態であった。


 さて、問題がカズオだけなら、そのカズオの姿を出来るだけ視界に入れないようにすればいいことなのだが、別の問題も浮上している。それは、クリスの奴がカズオに化粧やおしゃれの仕方をならっているのだ… 

 元女騎士としてオークのカズオに教えを乞うこと自体どうかと思うが、それが化粧やおしゃれとなるともはや理解に苦しむ状況だ。

 どうして、こんな事になっているのかと言うと、シュリにカズオの方が身なりに気を使っていると言われたことが切っ掛けのようだ…普通、そうはならんやろ…


 クリスも女だから、今更遅いと思うが、身なりに気を遣うのは分かる。そして、料理が得意なカズオに料理を教えてもらうってことなら理解もできる。だが、どこをどうしたらカズオに化粧やおしゃれを教えてもらう事になるのか…コレガワカラナイ…


 アルファーにしろ、ちっちゃいがシュリにしろカローラにしろ、街を歩けば男が必ず振り返る美人や可愛い存在である。その三人を差し於いてカズオを手本にするところが、やはりクリスのクリスたる所以なのであろう…


 こんな状態だが、実の所、カズオが化粧を下手でない所が腹立たしい所だ。実際、カズオの場合は土台が絶望的に悪いだけで、化粧の技術は悪くないので、仕上がりは、オカマバーの姉さんとして通用するぐらいに仕上げてくる。

 その点で言えば、クリスの判断はあながち間違いではないのかも知れないが、カズオの元々の土台から化粧やおしゃれをする方向性が限られてくるのも確かだ。

 その方向性とは先程も述べた通り、オカマバーの姉さんである… そして、クリスも順調にオカマバーの一員としての化粧やおしゃれを身につけ始めている… 


 クリス…一体、お前はどこへ向かおうとしているんだよ… もう、俺にはお前は理解不能の存在だ…


 

 そんな事に頭を悩ませながら手綱を操っていると、自分の馬に跨ったノブツナ爺さんが馬をよせてくる。


「どうしたのじゃ、イチローよ、そんな浮かない顔をして、拠点での役回りの事を考えておったのか?」


 どうやらノブツナ爺さんは頭を悩ませている俺の姿を心配して声を掛けてくれたようである。


「いや、その点に関しては行ってみない事には分からないので悩んでないけど、馬車の中で変な事を始めている奴がいるんでな… それで悩んでいるんだよ」


「あぁ、彼奴らの事か… まぁ…わしの生きておった時代にも女装をする奴はおったからのぅ… しかしながら、女装をするのは敵陣に忍び込むためのもので、女装そのものを楽しんでおったのは、織田家の秀吉ぐらいしかしらんのう…」


 カズオの事で悩んでいた俺であるが、ノブツナ爺さんの言葉に興味を惹かれる。


「えっ? なにそれ? もっと詳しく知りたい!」


「いや、わしも他の転生者から、わしの死後の後世を聞いただけじゃから直接見た訳ではないぞ? それに秀吉は自分がおなごになる為に女装していたのではなく、逆に女心を学んでおなごからもてる為に女装していたそうじゃ」


「俺も女にはもてたいけど、女装までするのはやだな…」


「わしもそうじゃな、おなごは好きじゃが女装まではしたくないのう… じゃが、わしのいなくなった後世ではもっと混沌した状態になっていたようじゃ、なんでも松平が開いた世では歌舞伎というものがあって、そこで女装した少年が身売りしていたと聞く…」


「えっ!? マジで?」


 『男の娘』の発祥はつい最近の事だと思っていたけど、江戸時代から『男の娘』文化があったとは、日本始まり過ぎだろ…いや、終わってんのか? まぁ、外国人が日本人は未来に生きているって言葉をたまに言うそうだけど、その気持ちが漸くわかったわ…



 そんな事をノブツナ爺さんと話していると、先頭を進んでいる一団が何もない山間の途中で立ち止まる。


「ん? なんだ? 何で止まってんだ? 敵でも出たのか?」


「…いや、恐らくここが目的地ではないか?」


 先程まで女の話をしていたノブツナ爺さんが真顔になって呟くように答える。その言葉を証明するように対魔族連合の案内役が、辺りをキョロキョロと見回している。


 そして、何かを見つけたのか、道を逸れて、道の脇へと進んでいく。


「どうやら間違いないようだな…」


 俺は手綱を打って案内人の後に続いて道の脇へと進んでいった。



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