第311話 中にロアンがいましたよ

 目の前で対魔族連合の指揮官が何やら説明をしているが、俺は隣に座るロアンの存在で一杯いっぱいで何を話しているか全く頭に入ってこない。


 普通に俺が追放されただけなら、気まずく思うのはロアンの方だけで、俺はその後、自力で勇者の称号を得たのだから気に病む必要は全くない。

 だがしかし、プリンクリンの一件で一時的に大切でかけがえのない存在であるマイSONを失って、シュリによって連れて来られたミリーズにマイSONの復帰祝いをしてもらって、その後、負けじとやってきたアソシエとネイシュともマイSON復帰祝いをして、再び三人を孕ませてしまった…

 そして、俺がイアピース近辺を魔族を一掃して安寧をもたらしたのもあって、ロアンのパーティーであったアソシエ達三人は冒険者を引退することになり、ロアンのパーティーは崩壊してロアン一人になった…


 これはどう考えても俺が悪いだろ…しかも質が悪いのが、メンバー引き抜きなどの行為ならマナー違反というか御法度行為であるが、他のパーティーメンバーを孕ませて引退させるなど、聞いた事のない俺が初めての行為だし、一応妊娠はめでたい状況なので、マナー違反とか云々の避難しにくい行為である。

 

 謂わば強いて上げれば、御法度でもマナー違反でもないが、極めて悪質な嫌がらせ行為と言っても良いだろう…


 つまり、完全に俺が加害者であり、ロアンが被害者なのだ。


 ロアン… 俺が言うのもなんだが、お前は泣いても良いし、ぎゃふんと言っても良い…


 アソシエ達が俺の城に来た時は、常々そう考えていたが、いざ顔を合わせて、しかも隣に座るとなると話は別である。説明会が終わった後、ロアンにどんな顔をして何を話せばいいんだよ…


 言っちゃなんだが、加害者である俺ですら、ロアンの状況は気の毒に思えて、とてもざまぁなんて言える心境ではない。


 なんだか段々、クリスがマグナブリルから逃げ出した気持ちが分かってきた… 出来れば俺の逃げ出したいところではあるが、変に気を使ってシュリ達を馬車の中に残してきたもんで、俺はこの場に留まって、アイツらが契約魔法をするまで待ってなくてはならないんだよな…


 ロアンの方は俺の事をどう思っているのだろ…やはり、メンバーを孕ませてパーティーを崩壊させた事を恨んでいるんだろうか…もしかして、説明会が終わったらすぐに、『イチロー! 決闘しろ!!』なんて言うんじゃなかろうか…

 いや、ロアンは極めて理性的な人間だ。俺を追放する時でも、感情的ではなく理性的に判断した。そのお陰で、俺は粗相をした追放者ではなく、やむにやまれむ理由によってロアンのパーティーを脱退した事になっていた。


 そのお陰で俺は、手柄を認められて勇者として自立出来たんだよな… だから、ロアンに恩義はあっても恨みは一切ない。でも俺の行いはそのロアンの恩義に、結果的に仇で返すような事をしてしまったんだよな… 普通なら出会った瞬間に刺されてもおかしくない状況だ。


 …しかし…人の良いロアンならワンチャン、許してくれるかも知れない… 


 俺とアソシエ達はただ愛を育んで、その結果愛の行為の結晶が出来ただけだ! 人間は愛があるから人間なんだ! 俺とアソシエ達は愛を育み、愛の行為をして、愛の結晶が産まれた。だから、ロアンも軽く流してくれるはずだ!


 でも…でも、ちょっと心配だから、ロアンの様子を見てみるか…


 俺はオドオドしながらチラリと隣に座るロアンの姿を見てみる。



 ギリリッ!



 チラリとロアンの姿を見てみると、眉を顰め、歯を食いしばって、一緒にいた頃には見た事のない滅茶苦茶険しい顔をしている。


 

 ヤバイッ! マジでガチギレしている!!



 そんなロアンから俺はすぐさま視線を逸らせるが、背中に冷や汗が流れるのを感じる。


 ロアンのこの様子なら、説明会が終わった瞬間、刺されて悲しみの向こう側に送られてしまいそうだ… マズイ! マズイぞ!!  


 どうする!? 説明会が終わったら、速攻でこの天幕から逃げ出すか? 


 いや、変な行動をすれば、ここに他の勇者が俺を押さえてその間に後ろから悲しみの向こうアタックを掛けられるかも知れない…


 では、ノブツナ爺さんに助けを乞うか? うーん、一番後ろにいるノブツナ爺さんでは間に合わない可能性が高いし、よく考えると、俺が来るまでにロアンから事情を聴いていてロアンの味方をするかも知れない…


 そこで俺は頭脳をフル回転して、様々な脱出方法を検討して、それに付随する問題点を洗い出して解決方法を考える。


 考えろ! 考えるんだイチロー!! 100…いや1000、10000の可能性の未来から、ただ一つ生き延びる事の出来るベータ世界線の扉を開く鍵を見つけ出すんだ!!


 俺の頭脳はオーバークロックするCPUの様にブーストして、幾つのスレッドを構築して様々な可能性を検討していく。


 ダメだ! この方法では生き残れない! 今のプロジェクトを破棄して新しい、プロジェクトをスレッドに走らせる!! メモリーは大丈夫だ!! 必要な環境情報パラメーターは全てキャッシュメモリーの中に収まる!!


 よし! 頭脳をさらに量子化して全ての事象を並列化して無限にある未来の中から、悲しみの向こう側に辿り着く未来を探し出す!!



「……ロー…」



 光だ! 光が見えて来たぞ!! あれば悲しみの向こうに辿り着く一筋の光に違いない!!



「…チロー…」



 くっそ! 邪魔するな!ちくわ大明神! 俺はあの光の中に飛び込むんだ!



「イチロー!!」


「はっ!!」



 大声で名前を呼ばれたことに寄り、俺は未来検索から意識を取り戻して、顔をあげる。すると、説明をしていたはずの指揮官の姿はなく、また先程まで、この部屋にあった多くの人気が消えており、気が付けば、俺と数人しかこの部屋に残っていない…


 ってか、俺の目の前には俺を見下ろすロアンの姿があった。



「ひぃ! 悲しみの向こうに送らないで!!」


「何の事だ? それより、説明会は終わったのになんで、ずっと座っていたんだ?」


 そう言ってロアンは怪訝な顔をして片眉をあげる。


「…いや…その…未来の可能性について検討していたんだ…」


 どうやら、俺は知らぬ間に悲しみの向こうを乗り越えベータ世界線へと辿り着いていたようだった。



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