第310話 久しぶりの人物

 俺は御者台に移動して、辺りを見て状況を確認すると、カイラウルに通じる国境はイアピース軍によって封鎖されており、そのイアピース側にはいくつかのテントが建てられて、カイラウルから逃げて来たらしき難民が疲れ果てた顔をしてへたり込んでいる。

 まぁ、現代でもそうだが、被災して命からがら逃げ伸びたとしても、身体一つで逃げてきた難民は将来の事を考えると、この先真っ暗になって何もする気力が起きないのも分かる。


「しかし、思ったより難民の数が少ないな…」


「キング・イチロー様、一般人ではあの魔獣の追撃を振り切る事は出来ないので、恐らく殆どの難民が犠牲になったものだと考えられます」


 隣のアルファーが俺の独り言にそう解説を入れる。


「確かに、一般人ではあの魔獣の群れから逃げる事は不可能だ様な… あっ、アルファー、馬車をあの旗の立っている所に向かわせてくれ、あれがイアピースの前線本部だと思う」


 俺は中央にある馬鹿でかい天幕を指差す。


「分かりました、キング・イチロー様」


 アルファーは手綱を引いて、馬車を俺が指差した方角へと走らせる。すると、本部を護衛する兵士が俺達の存在に気が付き、こちらに掛けてくる。


「三ツ星勇者のアシヤ・イチロー様でございますか!?」


 駆け寄ってきた兵士は御者台の俺を見上げて聞いてくる。


「あぁ、俺が招集されたアシヤ・イチローだ」


 すると兵士は本部側に振り返り、仲間に俺の到達を告げる。


「アシヤ・イチロー様が到着されたぞ!!」


 すると、本部を警護していた兵士の一団がわちゃわちゃと忙しく動き始め、一人は恐らく伝令の為か本部の天幕の中に入り、もう一人こちらの方に走ってくる。


「それで俺はこれからどうすればいい?」


 俺は兵士に尋ねた。


「私が本部までご案内致しますっ! 馬車はあちらの者が所定の場所まで誘導いたしますので」


 そう言って、本部から少し離れた馬車や馬が繋がれた場所を指さす。


「分かった」


 そう言って、俺は話しかけてきた兵士の側に御者台から飛び降りる。


「お連れの方は?これからすぐに説明会が開かれますので」


 本来なら同席させたほうがいいのであろうが、なんせ俺のパーティーメンバーはドラゴンのシュリ、ヴァンパイアのカローラ、オークのカズオ、フェンリルのポチ、蟻族のアルファーという、人外ばかりだから人前には出しづらい… ちなみに、クリスは何かやらかして恥をかきそうなので端から連れていくつもりはない。


「いや、俺一人だ」


「分かりました。では、こちらにどうぞ」


「アルファー! 俺は一人で話を聞いてくるから、お前たちは馬車の中で待っていてくれ!」


「分かりました。キング・イチロー様」


 俺はアルファーに待つように指示すると、案内役の兵士の後ろに続いて本部の天幕へと進んでいく。そして、天幕の入り口に辿り着くと、兵士は底で立ち止まり、中に入る様に促す。


「私は、ここまでです。イチロー様は中へお進みください」


 言われるまま中へに進もうとすると、身体に魔力的な違和感を感じる。この違和感は恐らく、この本部の天幕に掛けられた盗聴防止用の魔法結界によるものだろう。とすると、この中での会話は他言無用という事なのであろう。


 そんな事を考えて中に進むと、もう一つ外と中を区切る小部屋の様な空間があり、軍属の魔術師らしき人物が控えていた。


「アシヤ・イチロー様でございますね? ここから先に進むには、中で聞いた話を関係者以外には漏らさぬよう契約魔法をして頂きます」


 思った以上の警戒態勢だ。チラリと軍属の魔術師の姿を確認すると、イアピースの者とは異なる様だ。となると、この魔術師はイアピースの軍属ではなく、対魔族連合の所属ということか? 対魔族連合直属の魔術師が出てくるという事は思った以上に重大な事態になっているようだ。


「とりあえず、俺一人だけ来たんだが、仲間も契約魔法をした方がいいんだよな?」


「当然です。しかし、すぐに説明会が開かれますので、説明会終了後、イチロー様はここに残って頂いて、お仲間には後から契約して頂きます」


「わかった」

 

 気を使ったつもりだったが二度手間になってしまったようだ。とりあえず、俺はテーブルに置かれた魔法契約の内容を確認してから、魔術師に渡された針を使い、親指に差して、血を出し、魔法契約書に血判を押す。

 すると魔法契約書に記された魔法陣がヴンと赤く光り、一瞬身体が魔力的な拘束を受ける感覚を覚える。


「契約はなされました。それではアシヤ・イチロー様、奥へお進みください」


 魔術師は俺の魔法契約書を丸めて、装飾を施された小箱の中に納める。見た感じその小箱も魔術的な仕掛けが施されたものである事が分かる。かなり厳重な警備体制だ。相当マズい事になっているんだろう…


 俺がそんな事を考えながら、奥へ進むと説明会の会場の様に正面にボードとそれに対する座席が設置されており、そしての席に既に招集された数多くの勇者が説明会を聞くために座っている。


 パッと見た所、直接見知った顔もあるし、噂に聞いた話からどのパーティーなのか検討がつく連中もいる。その中の一人が俺の姿を見つけて手を上げてくる。


「おっ! 信綱爺さんじゃないか!」


「イチロー、遅かったな」


 ハニバルであった時以来の信綱爺さんの姿を見つける。どうやら信綱爺さんも今回の招集を受けてやってきたようだ。


「色々と積もる話もあるが、今回の指揮官殿が説明会を始めたがっておるので、世間話は後にしよう先ずは座れ」


 そう言って、信綱爺さんは前列の司令官の前の空いている席を指指す。


 あぁ、よくある遅れてきた人間の指定席って奴だな…


 俺は座席に座る勇者たちの間を、遅刻をしてきた学生の気分ですり抜け、最前列の司令官の前の席へと向かう。


「ちょっと、隣の席を失礼しますよ~」


 俺の隣に座る人物に一言告げてから座席に腰を降ろす。


「構わないよ、イチロー」


 隣の人物は、俺の名前を告げて答える。俺の名前を知っている事や、聞き覚えのある声に、俺は顔を上げて隣に座る人物を確認する。


「やぁ、久しぶりだね…イチロー」


「げっ! ちょっ! ロ、ロアンじゃねぇかっ!」


 俺の隣に座る人物は、俺を追放した勇者ロアンであった。


「コホン、では全員そろったようだな…それではカイラウル陥落の状況説明会を執り行う!!」


 俺の前にいた司令官が開催の声をあげる。


 …となりにロアンが座っている状況で、説明を聞かなくてはならんのか…


 俺はカイラウルの状況よりも、説明会終了後の自分の事が心配になった…






 

 

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