第308話 逃げたらから二つ

「ふぅ~ 食った食った、滅茶苦茶腹が減っていたからな、寝起きでも骨付きあばら肉がガンガン食えたわ」


「やはり肉は美味いなっ!!」


 空腹だった俺と同等の骨付きあばら肉を平らげたクリスは満足そうにパンパンになった腹を擦る。


「で、クリス…お前なんで、クローゼットの中に入っていたんだ? やはり、魔族討伐で手柄を立てようと思ったからか?」


「魔族討伐? なんのことだ?」


 クリスは聞いてない初耳だって感じの顔をする。


「ちょっと待て! なんで知らないんだよっ! 城挙げての壮行会をしていたのを知らないのか?」


「あぁ~ それで厨房に大量の肉があったのか」


 クリスのその発言で、俺は何やら嫌な予感を感じ始める。


「クリス…お前の言動から、魔族討伐に無理でも付いて行こうする感じではない事は、薄々分かってきたが… 何をしてクローゼットの中に隠れていたんだよ…」


 俺がクリスにそう尋ねると、クリスはいたずらした事がバレた時に子供の様に、きまずそうな顔をしてすぐに俺から目を逸らせる。


「おまっ! やっぱり何かしでかしてクローゼットの中に隠れていたんだなっ! 何をやらかしたんだよっ!」


「ちょっとトイレに…」


 クリスは自分が問い詰められそうなヤバい雰囲気を感じて、席を立ってトイレに逃げ出そうとするが、シュリがその手をガッチリつかんでクリスを捕まえる。


「クリスよどこへいくつもりじゃ… 話しはまだ終わっておらんぞ…」


「いや、私はトイレに行きたいんですよ、だから手を離してくださいっ!」


「トイレは逃げん、大丈夫だ」


 シュリの奴、珍しく驚かされたことを根に持ってるな… それにクリスが漏らしたら全然大丈夫じゃないんだが、まぁ、そこは俺の追求から逃げ出す口実なので問題ないだろう。


「それで、何をやらかして馬車のクローゼットの中に隠れていたんだよ?」


 俺は再度クリスを問い詰める。


「その… 小腹が空いて食堂に行ったら…大量の肉があったので、ちょっと味見を…」


「あっ! 壮行会用肉を摘み食いはクリスさんだったんでやすね!?」


 もじもじしながら白状するクリスの言葉に壮行会の仕込みをしていたカズオが反応して声をあげる。


「なんだ? カズオ、という事は、クリスの奴は壮行会の事は知らずに、壮行会用に肉を摘み食いしていたのか… それでどれぐらい食ったんだ?」


「へい… 10人分の骨付きあばら肉が消えて骨だけになっておりやした…」


 俺とカズオの会話を聞きながら、クリスがプルプルと震えだす。


「おまっ 骨付きあばら肉10人分って結構な量だぞ? それを小腹が減ったから妻い食いをしたのか?」


「…最近、ポチさんから分けてもらう事が出来なくなったので…つい…」


「わぅ?」


 自分の名前を出されたポチは事情が分からず首を傾げる。


「いやいやいや、つい小腹が減ったからって10人分を食うのはないだろっ!」


「そんなこと言ったってしょうがないじゃないかっ! 美味かったんだから食べる手がとまらなかったんだっ!!!」


 クリスは涙目になりながら開き直って口ごたえをしてくる。ってか、クリスお前までえなり化するのかよ…


「まぁまぁ、旦那、とりあえず壮行会に出す分はちゃんと残っていたんでいいじゃないですか」


 自分の作った骨付きあばら肉を美味いと褒められたカズオは俺を宥めてくる。


「まぁ、カズオがいうならそれでいいし、実際に壮行会で足りないという事はなかったからな… でも、クリス、カズオにバレてなかったのに、どうして馬車のクローゼットの中に隠れていたんだよ?」


 俺は再びクローゼットの中に隠れていた理由を尋ねる。


「…10人分を食い切った時にマグナブリル様に見つかったんだ…」


 クリスは気まずそうに伏目勝ちになりながら、真の理由を呟く。


「あぁ… それは俺でも逃げ出したくなるな…」


「だろ? イチロー殿!! 次の皿に手を伸ばそうとしたときに、たまたま飲み物を取りに来たマグナブリル様に見つかって、慌てて逃げ出したんんだっ!」


 俺の言葉にクリスは同じ境遇の共有する同士の様に、話しかけてくる。


「いや、ちょっと待てクリス… お前は俺を同士の様に話しかけてくるが、お前、次の皿に手を伸ばそうとしたときに見つかったっていったよな? もしかして見つからなかったのなら、もう一皿食うつもりだったのかよっ!!」


「はっ!!」


「おいこら! そんなしまったみたいな顔をするなっ! ってか、お前…逃げ出した分、罪が重くなるぞ… 今度マグナブリルに掴まったなら、摘み食いをした分と逃げ出した分とで倍叱られるぞ…」


 するとクリスの顔がどんどん蒼くなっていき、内股になってプルプルと震えだす。


「どうしよう…!! イチロー殿!!」


「どうしようって言われても…素直に謝るしかないだろ…」


「で、でも…あのマグナブリル様だぞ!? きっとまた、ネチネチと嫌味を言いながら説教するに決まっているっ!」


 クリスは冷や汗と脂汗を流しながら俺に縋りついてくる。


「なぁ、イチロー殿っ! マグナブリル様に謝る時に私と一緒についてきてくれないかっ!! このままだと、以前の倍の時間とネチネチさで説教されてしまうっ!」


「知らねーよっ! 俺はこれから魔族討伐の為にカイラウル方面に向かっている途中なんだよ! 引き戻ってお前に付き合って怒られる暇なんてねぇよっ!!」


「じゃあ、私はどうすればいいのだっ!!」


 クリスは泣きそうな顔をして声を上げてくる。

 

 しかし、前々から思っていたが、クリスの奴は後先を考えない行き当たりばったりなやつだな… まぁ、俺も女の事に関しては人を事を言えた口ではないが…


「どうするもこうするも、俺はこのまま戦地に向かわねばならないから、お前は馬車を降りて歩いて帰って、素直にマグナブリルに叱られるしかないだろ…」


「そ、そんなぁ~!!」


 やはりマグナブリルに一人で叱られるしかないと分かったクリスは悲壮な顔をする。


「イチロー様、イチロー様」


 そこへ話を聞いていたカローラが俺の袖を引っ張って声を掛けてくる。


「どうした、カローラ?」


「クリスを城まで歩いて帰らせるのも無理だと思いますよ」


「なんでだ? まだ魔獣の気配があるのか?」


 するとカローラは首を横に振る。


「実は城を出てからもう一日以上たっているんですよ。しかも、集合時間に間に合うように、昼夜を問わず、馬車を走らせてきましたから、城からもう相当な距離が離れています。クリスと言えども歩いて帰るのは無理だと思いますよ?」


 クリスの口角が僅かに上がる。


「えっ!? マジ!?」


 俺はカローラの話す真実に驚きの声をあげる。


「へい、カローラ嬢の仰る通りでやす… 旦那があの調子でずっと起きないでいるもんでやすから、その間、あっしがずっとシュリの姉さんの愚痴を聞かされていたんでやすよ…」


 そんな俺にカズオはチラリとシュリの顔色を伺いながら小声で話しかけてくる。


 なるほど、それで、俺が目覚めた時にあんなに空気が悪くて、カズオがおどおどとしていたのか…


 そんな時、クリスがポツリと呟く。


「行かせてくれ…」


「ん? お前、もしかして、歩いて城まで戻るつもりなのか?」


 通常でも馬車と人間の徒歩との速度差は3倍から4倍ほどあり、俺が使っている馬車のスケルトンホースは疲れを知らないので、航行速度で5倍から6倍の速度が出せる、それを一日休まず走り続けているので、人間の足で城まで帰るには凡そ2~3週間掛かる事になるだろう。


 その距離をクリスは帰ろうとしているのか?


「い、いや…違う…違うんだっ!!」


 クリスは青い顔をしてローターのようにブルブルと震えながら悲壮な顔をして声を上げる。


「トイレっ! トイレに行かせてくれっ! ほっ本当に漏れそうなんだぁ!!!」


 クリスは高速ピストンの様に両足をドドドと交互に足踏みしはじめる。


「…シュリ… マジで大変な事になって大丈夫じゃなくなるから、手を放してやれ…」


「まぁ、この辺りで許してやるか…」


 そう言ってシュリがクリスの手を放してやると、怒涛の勢いでトイレに駆け込み。そして、トイレの中から便意から解放された雄叫びの声をあげる。


「ふぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


「…もうアイツも連れていくしかないな…嫌だけど…」


 クリスの同行が決まったのであった。




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