第307話 思い知らされる

「というわけじゃ、分かったか? あるじ様よ」


「はい…分かりました…シュリ様…」


 土下座謝罪をしてから、暫くシュリに叱られたが、シュリはそんなにネチネチいう方でもないし、逆に反抗すれば話が長引いて、空腹に耐えられないので、俺は粛々とシュリの説教を受け続けた。


 くそ… 俺に小さな女の子から、説教されて喜ぶ癖がついたらどうすんだよ…


 そんな事も考えたが、三分ほどでシュリの説教は終わって、俺は正座から解放される。


「あるじ様も十分反省した事じゃし、そろそろ飯にするか」


 シュリはそう言うと筋取りの終わったいんげんのザルをカズオの所へ持っていく。


「おいしょっと、ようやく飯にありつけるか… 滅茶苦茶腹が減って、マジ死にそうだよ」


 そう言って立ち上がり、ソファーに座ろうとすると、いんげんをカズオに渡したシュリが言葉を掛けてくる。


「あるじ様よ、腹がすいておるのは分かるが、服ぐらいちゃんと着たらどうじゃ? 馬車に運ぶときは、仕方なく皆で着せたが、今なら自分で着れるじゃろ」


 シュリに言われて再び自分の姿を確認する。シュリに言われた通り、シャツとパンツしか身に着けていない。しかもシャツは前後ろ逆である。


「俺のズボン、どこにあるんだ?」


「クローゼットの中じゃ、仕方が無いのぅ、わらわが出してやるから、あるじ様はシャツを着直すがよい」


 シュリに言われた通りに、俺はズボンを履く前にとりあえず、前後ろ逆のシャツを脱いでちゃんとした方向でシャツを被る。



「ひぃゃぁぁぁっ!!!!」



 突然のシュリの悲鳴に、俺は被っていたシャツから頭を出して状況を確認する。


「どうした? シュリ、そんな悲鳴を出して?」


「い、いや、クローゼットの中に…」


 そう言って、床に尻もちをついたシュリがクローゼットの中を指差す。


「えっ? クローゼットの中に何か… あっ…」


 そう言いかけている途中で、クローゼットの中に見つけたのは、以前の様に体育座りをして居眠りをするクリスの姿であった。


「…なんでクリスがこんな所で居眠りしてんだよ…」


「知らん! だから、わらわも驚いたんじゃ!!」


 シュリがプリプリしながら声をあげる。


「だよな… 知ってたら驚かないか… じゃあ直接本人に尋ねてみるしかないな… もしかして、魔族打倒という物凄い志を持って隠れて付いてきたかも知れんからな…」


 俺はクローゼットの前に屈みこむと、中にいるクリスを起こす為にその頬をぺちぺちと叩いてみる。


「うふふ…むにゃむにゃ…」


「起きんな…」


 軽くぺちぺち叩いてみても、楽しい夢を見ている様で起きる気配がない。


「あるじ様、拳でいけ拳で」


「おまっ、いくらなんでも拳はいかんだろ…」


 クリスに驚かされたシュリが過激な方法を提案してくる。だが実際にクリスを起こすにはもっと強い刺激が必要だ。


「カズオ、ホットソース渡してくれ」


「えっ? ホットソースでやすか?」


 俺の言葉にカズオは怪訝な顔をしながらホットソースを手渡してくれる。


「いつぞやの様に哺乳瓶に入れてクリスに飲ませるのか?」


「あぁ…そんな事もあったな… 面白そうではあるが、ホットソースが勿体ないので、今回は口の中にパパっと振りかけるだけだ」


 俺はクリスの顎を掴んで引き下げて、開いた口の中にパパっとホットソースを振りかける。


「んっ…んん!? …んんん… …辛っ! 辛い!!」


 最初は口の中に振りかけられたホットソースを味わっていたようだが、その強い刺激の辛さにクリスの意識は急速に覚醒し始める。


「おい! クリス! 起きろ! 聞こえているか!? クリス!」


 俺の声にクリスは口で息をする犬の様にへっへっへっと口を開きながら、薄っすらと目を開けて目覚め始める。


「ようやく目覚めたようだなクリス」


 辛さで少し涙目になったクリスはボンヤリとしながら、俺の姿を上から下まで確認して、カッ!と目を見開く。



「ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」



 楳図かずお先生の漫画のような顔をしながら、操作ミスで突然大音量を響かせるスピーカーの様な大きな悲鳴をあげるので、俺も先程のシュリの様に驚いて床に尻もちをついてしまう。


「びっくりするじゃねぇかっ!! クリス!!」


「びっくりするのはこちらだっ!! イチロー殿!!」


 そして、クリスは自分で両肩を抱き、俺から身を庇うような仕草で声を上げる。


「イチロー殿! そなたはティーナ姫やその他の妻子がありながら、そんな姿で私に迫ろうとは… 一体、何を考えているのだっ!!」


「そんな姿って…お前がクローゼットの中で寝ているからズボンが取り出せないんだよっ!」


 そもそも、俺はいい女だったら、王族だってかまわないで食っちまう人間だが、(人間的に)かわいそうなのは抜けないというか、臭い女は流石のマイSONも反応しないので、クリスはアウトオブ眼中だ。


「あるじ様、殴って大人しくさせるか?」


 なんかシュリの奴、意外と根に持っているな… 今回の俺もシュリを怒らせたのは二回目だけど、シュリもクリスに驚かされるのは二回目だな… 一回は我慢して二回目で切れるタイプか?


「いやいい、シュリ、拳を降ろせ… ほら、クリスさっさとクローゼットの中から出て来い、俺はズボンを履いて早く飯が食いたいんだ」



 ぎゅるるるるるぅぅぅぅぅぅ



 俺が言葉を掛けたとたん。クローゼットの中から腹の虫が鳴く音が鳴り響く。


「くっ!!!」


 クリスは辱めを受け恥辱にまみれる女騎士の様な赤面した顔をして、俺達から顔をそむける。


「いやいやいや、クリス、お前、辱めを受ける被害者の様な素振りをしているが、俺達は何もしていなくて、ただ単にお前がクソデカ腹の虫を鳴らしただけだぞ?」


「クソデカ腹の虫なんて言うなっ!!! これでも私は年頃の乙女なんだぞっ!!!」


 クリスは涙目になって言い返してくる。


「はいはい、乙女乙女、ワロスワロス、で、どうでもいいからさっさとクローゼットからどいてくれ、俺はお前と違って羞恥心があるからパンツだけの状況に耐えられないんだ」


「くそぉぉぉぉ! 言いたい放題に言いやがって…」


 俺が煽りの言葉を浴びせると、クリスは顔全体を真っ赤に赤面してクローゼットの中から這い出てくる。


「まぁ、クリスさん、そんな言葉はしたないですわよっ! 乙女はそんな言葉を使いませんわよ、ねぇ、カズオさん」


「えっ? あっしに振るんですかい?」


 俺は漫画で覚えたお嬢様風の喋り方でカズオに振る。


「…なんで乙女の話でそこのオークが出てくるんだっ!」


 クリスは立ち上がりながらカズオを指差す。やはりオークと女騎士は犬猿の仲のようだ。


「それは、クリス、お主より、カズオの方がよっぽど女子力が高いからじゃ」


 俺から弄られることに慣れているクリスであるが、同じ女であるシュリからカズオの方を持ち上げられる言葉を投げかけられて、信じられないといった顔をする。


「シュリ殿!! それは誠なのか!?」


「あぁ、カズオの方がお主よりも身なりに気を使っておるし、そなたと違って獣臭い臭いは漂わせておらん、逆に薄っすらと良い匂いをさせておるぞ?」


 シュリの言葉を信じられないクリスはカズオの方にギョロリと向き直り、その手を取って確かめる。


 カズオの手はちゃんと爪をただ切っただけではなく、爪やすりで手入れされており、尚且つ、水仕事が多いというのに、その手の肌は他のオークと比べてだけではなく、人間の女性と比べても遜色のないほどきめ細やかな肌をしており、そしてシュリの言ったように、ほんのり爽やかな石鹸の香りが漂ってくる。


 そして、そんな手入れの行き届いたカズオの手を見た後にクリスは自身の手を見ていると、狩りをする為爪の所々に土が入っており、尚且つ肌はあれてゴツゴツとしている。


 一目見てして、どちらの方が女らしい手をしているかは一目瞭然である。


 その信じられない状況に、クリスはプルプルと肩を震わせる。


「おい、クリス、カズオは料理を仕上げないといけないんだ。いつまでも肩をプルプルと震わせながら握っているんじゃない。俺はさっさと飯が食いたいんだ」


 クリスがカズオに関わっている間に、ズボンを履き終わった俺はクリスにカズオを解放するように声を掛ける。


「う、嘘だろ… この私が、オークに女子力で負けるだと…?」


 クリスはそのまま料理が出来上がるまで、呆然と立ち尽くしていた。


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