第306話 知らない天井
「知らない天井だ…」
目を覚ました俺は、いつもの城にある天蓋付きベッドとは異なる、眼前に広がる天井にポツリと呟く。ってか、天井がめっちゃ近い。手を伸ばせば届く距離に天井がある。それに先程から小気味良いリズムの振動が身体に伝わっていることから、俺は馬車のロフトのベッドで寝ていたのであろう…
でも、いつの間に俺は馬車に乗って寝ていたのであろうか… 記憶がないな… 最後の記憶と言えば…
そんな時に腹の虫が盛大に鳴り、自分の体が酷い飢えと渇きを訴えているのに気が付く。しかも、服装が前後ろ逆向きに来たシャツとパンツ一丁である。
…一体、俺に何があったんだよ… まぁ、そんなことよりお腹がすいたよ
いつもの馬車にいるなら何か食べ物はあるだろうと、はしごを伝って下に降りようとするとロフトの下のテーブルでいんげんの筋取りをしているシュリと目が合う。
「…ようやく、目を覚まされたか…」
シュリは俺をジト目でぎろりと睨んでポツリと呟く。
なんでシュリが俺を睨むのか分からないが、シュリもいるし、炊事場の所では黙々と料理の下ごしらえをするカズオもいるしで、恐らくここはいつもの馬車で、今は駐屯地に向かって進んでいる所に間違いが無いだろう。
状況を理解した俺は、とりあえず飢えを渇きを癒す為に飲み食いしようとシュリの前のテーブルに座る。すると、降りる時には陰になって見えなかったが、カローラとポチも座っており、二人とも寝息を立てて眠っていた。
「カローラとポチは寝ているのか、おい!カズオ!」
俺はカローラとポチから視線を移してカズオに声を掛ける。
「へっ…へいっ!」
俺の方を見ていなかったカズオは俺に声を掛けられた事で、ビクリと肩を震わせ顔を強張らせる。
なんだ? カズオの奴…態度が変だぞ?
「今、猛烈に腹が減って、喉が渇いているんだ、とりあえず何か食い物と飲み物をもらえないか?」
「へっ、へい…わ、分かりやした…旦那…」
カズオは俺に向き直ると強張った顔で愛想笑いを浮べながら、しどろもどろで答える。
カタリ…
「カズオよ…」
すると、今までムスっとした顔で、いんげんの筋取りをしていたシュリが低い声でつぶやく。
「ひぃっ! シュ、シュリの姉さんっ! なんでやすっ!?」
シュリの言葉にカズオは、再びビクリと肩を震わせ、引きつった顔で冷や汗をかきながら答える。
「わらわが良いというまで、あるじ様の飯は出さなくて良い…」
シュリは筋取りをしていたザルと横に避ける。
「なんでだよっ! シュリ! 俺は滅茶苦茶腹が減ってんだぞ! 食わせてくれよっ!」
俺の食事を妨害するシュリに俺は非難の声を上げる。
「座れ…」
「あ?」
意味が分からず、聞き間違いかと思った。
「座れと言っておるのじゃ…」
「いや、もう座っているが?」
やはり、聞き間違いではなく、シュリは既にソファーに腰を降ろしている俺に座れと言っている様だ。そんなシュリに俺は首を傾げて答えると、今まで俺の顔を見ていなかったシュリはキッと顔を上げて、片方の手で床を指差す。
「床に座れといっておるのじゃ! あるじ様!!」
「いや、なんで俺が床に座らなきゃいけないんだよ…そんなことよりお腹がすいたよ…」
「旦那っ! ここは大人しくシュリに姉さんに従った方がいいでやすよっ!」
愚痴る様に呟く俺に、カズオが、父親に怒られる時に子供に助言をする母親の様に囁いてくる。しかもエプロン姿な所が更に母親感を演出している。
「えぇぇ… カズオがそこまで言うなら仕方がねぇな…」
さっさと飯にありつきたい俺は、理由は分からないがご立腹のシュリの怒りを鎮めるために、言われた通りに、ソファーから降りて床の上にあぐらをかく。
「あぐらをかくでないっ! 座れといったら正座であろうがっ!」
あぐらをかいた俺に、シュリは正座をしろと声を荒げる。
「えぇぇ~ そこまで強要するのかよ… なんでそんなに怒ってんだよ…」
なんでそこまでしなくてはならないのか、訳が分からなかったが、空腹で歯向かう気力のない俺は、しぶしぶ正座で座り直して、シュリに向き直る。
すると、シュリはソファーから降りて、スカートの所をパパっと払って、腕組みをしながら、俺に仁王立ちで向き直る。
「スゥゥゥー…」
そして、息を吸い込んだかと思うと、大声を上げ始める。
「あるじ様っ!!! わらわは前にも言ったであろうがっ!!!」
「大声を出すなよ、カローラとポチが起きるだろ? それに一体、何の事だよ…」
するとシュリはバンッ!とテーブルを叩く。
「あるじ様! 一晩中というか、明け方まで、あんあん、あんあんと発情期の猫の様に盛り寄って… また、ダークエルフたちの時の様に、骨メイド…いや、今は肉メイドか… 肉メイド達があるじ様たちの嬌声を聞かせないように一晩中、合唱を始めるわで、わらわだけではなく、城の物全員、寝付けなかったんじゃぞ!!!」
「あっ…」
俺は漸く何があったのかを思い出して声を漏らす。
人には酒に酔うと記憶を失うタイプと失わないタイプがある。俺は後者の方だが、暫くしないと思い出せないタイプである。
「致し溜めか致し納めかしらんが、11Pを超える35Pとか45Pとか言い出しおって、盛大に乱交を始めよってっ!! 限度を弁えんかっ! 限度を!!!」
そして、シュリの説明で俺は全てを思い出した…
昨日の壮行会のスピーチの時に、カローラやシュリ、カズオの件があって、スピーチを再開する気分に慣れなかった俺は、盛大に酒をあおって、その酒に酔った勢いで、駐屯地に詰める事になるからその分の致し溜めをする為に乱交を始めたのであった。
「いや… 酒って怖いよな…」
俺は真顔で言い訳をする。
「酒のせいにするでないっ! 始めた時はまだ素面だったじゃろうがっ!」
俺の拙い言い訳は速攻でシュリにバレて怒られる。
「ぐぬぬ…でも… そんなこと言ったってしょうがないじゃないかっ!」
俺は怒られるばかりでは嫌なので、えなりっぽく言い返す。
「お前たちがスピーチの途中で、俺を裏切るようなあんな事を仕出かすから、スピーチが続けられなくてやけっぱちになったんだよっ!!」
「確かに…わらわたちに原因があったのは認める…」
シュリは静かな口調で答える。
おっ? これは無罪を勝ち取れるか!?
「だが、スピーチが続けられないのと、乱交を始めるのは別問題じゃ!!」
無罪を勝ち取れなかった…
「そもそも、あるじ様に致す事を我慢させるのは、カローラにカードを止めさせると同じぐらいキツイ事ぐらいは分かる。だから、出立前の致し溜めも片目どころか両目を瞑って黙っておこうと思っておった…」
「じゃあ、ついでに口も噤んでくれない?」
俺はチラリと上目遣いにシュリに頼む。
「バカモン!!! 出来るかっ!!! 問題なのはこれからじゃ!!!」
俺の言葉がシュリの怒りにガソリンを注いでしまって、シュリの怒りを爆発させる。
「明け方まで盛っておったせいで、出立の時間になってもあるじ様は出て来ないので、部屋を覗いてみると、皆致し疲れて、死屍累々状態で皆倒れており、しかも部屋全体がべちょべちょじゃ…」
俺は昨日の事を思い出して、気まずさから顔を項垂れる。
「とりあえず、集合時間があるので、あるじ様が起きるまで待つことはできず、動けるもので、あるじ様を洗って服を着せて、馬車に放り込んだわけじゃ… お陰でこれから領主であり、城主でもあるあるじ様が出征するというのに、ほとんど見送りなしでの出発じゃったわ… マグナブリル爺の顔が引きつっておったぞ」
あっ… これは帰ってからクリスの様に説教されるパターンだ…
「す…すみません… 反省しております…」
俺は三つ指をついてシュリに頭を下げたのであった。
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