第305話 信頼できる心強い仲間

 俺は食堂の上座の席で立ちながら、食堂に集まる皆を見渡す。皆、神妙な面持ちで俺の言葉を待っている。明日の朝にこの城を出発してイアピースと戦地のカイラウルの国境の集合地点に向かうので、今日の夕食は出征の為の壮行会が開かれた。

 そして、その最初の挨拶に当事者であり、領主である俺がスピーチをするわけだ。


「え~ あ~ こほんっ」


 何か言おうと口を開いたが、良い言葉が浮かんでこずに、一先ず咳ばらいで誤魔化す。前回の領民に対するスピーチはギレソ風になんとかする事が出来たが、今回の出征前のスピーチはガソダムでの良いスピーチが思い出せずに悩む。


 チラリと皆の方を見ると、静かな緊張感が漂い、皆固唾を呑んで静寂を保っている。


「皆、今日は集まってもらってありがとう、明日は俺が戦地に旅立つ日だ。」


 皆の注目が更に俺に集まる。


「魔族と対する戦地に赴く事は、決して容易な事ではないように思えるが、冒険者稼業をしていた時はそれが日常であり、対魔族連合からの招集や、地位が領主になったからと言って、冒険者としての以前の日常戻るだけの事だ」


 皆を安心させる為にそう述べると、皆、緊張していた顔を少し緩ませる。だが、一緒に冒険をした事のあるアソシエ、ミリーズ、ネイシュの三人は未だ表情が硬いままだ。


 まぁ、皆を安心させる為にそう言ってはみたものの、対魔族連合から直接招集が掛かるような事は今までなかったので、今回の招集が非常事態である事を分かっているからであろう。同様にマグナブリルも表情が変わらないままだ。


「そもそも、魔族と戦う事は冒険者にとっての仕事であり、貴族になった今では、使命でもある。それは魔族に対して人類の正義を示し、平和を守る為に誰かがやらねばならい事だ」


 俺は会場の皆を見渡し、それぞれの顔を見ていく。


「魔族は一般の者からすれば、確かに脅威の存在だ。普通の人では勝つことは出来ない。だが安心して欲しい。俺は一人で魔族のいる戦地に赴く訳ではない。共に戦地に向かい戦ってくれる信頼できる心強い仲間がいる」


 すると、予め声を掛けていたメンバーが、座席から立ち上がっていく。


 アルファー、シュリ、カズオ、ポチ、そして…


 ガタン…


 マリスティーヌ…


「おい、ちょっと待て、マリスティーヌ… お前、なんでさも当然の様に立ち上がってんだよ…」


「えぇ~ イチローさん、連れて行ってくれないんですかぉ!?」


 マリスティーヌがだたっこの様に声を上げ始める。


「いや、近隣の町に買出しにいくんじゃねぇから、連れていける訳がねぇだろ。それにお前自身はこの領地の総司祭になったんだから、そっちに専念してくれ」


「専念してくれって言われても、まだ肝心の教会がないじゃないですか~ それに、魔族と言う存在をこの目で見てどの様な存在なのか確かめてみたいんですよっ!」


 なんだかマリスティーヌの好奇心に火が点いたようである。


「いや、教会は今、ロレンスが建てているだろうが、それに帰ってきたらちゃんと土産話をしてやるから、それで我慢しろ」


「仕方ありませんね… その代わりちゃんとこの前の魔獣の時の様に肉を持って帰ってきてくださいね」


 そう言いながら、マリスティーヌはしぶしぶ腰を降ろす。


 マリスティーヌの奴…前回の魔獣の襲撃の時に、大量に魔獣の肉が手に入ったんでそれで味を占めたんだな… そして、かつ丼を作り過ぎて、米が無くなったにも関わらず、ラーメンの上にトンカツを載せてカツラーメンとかも作り出していたからな… しかも腹立たしいのが、そのカツラーメンが結構美味かったのが、なんだか『悔しい…でも…モグモグン…』って負けた気分だった…


「で…」


 俺はマリスティーヌから別の人物に視線を移す。


「なんで、お前は座ったままなんだよ…カローラ…」


 出発メンバーに決まっているカローラが、バツが悪そうに、目を泳がせながら俺から目を逸らせて座ったままでいる。


「いや…そのぉ… お昼まではちゃんと同行しようと考えていたんですよ… でも、ちょっと用事が出来たので… その…今回はお断りしようかと…」


 カローラは両手の指でもじもじと手遊びをしながら答える。


「…とりあえず聞くが用事ってなんだよ…」


 俺はジト目でカローラを睨みながら尋ねる。


「一週間後にホワイトブラックの新弾が出るんですよっ! しかも翌日には『このワンダフルワールドに邪神ちゃんの修復を』の新刊が出るんですよっ! 魔族討伐に言っている暇なんてないですよっ!!」


 カローラは鼻息を荒くして、真剣な眼差しでそう述べる。


「カローラよ… カードも本も誰かに買っておいてもらって、出征から戻って来てから遊んだり読んだりすればいいじゃろ…」


 カローラの言動に呆れたシュリはやれやれといった顔で、オカンがぐずる子供を宥めるように言葉を掛ける。


「何言ってのよっ! シュリ!! 『このワン』と一緒に貴方が読みたがっていた『小さなシュリのものがたり』の新刊も出るのよっ!!」


「なん…じゃと…!?」


 呆れていたシュリはカローラの言葉に愕然とした表情に変えて、油の切れたロボットのように首をハルヒに向けると、ハルヒはカローラの言葉を肯定するように笑顔で頷く。


「どう? シュリも販売日当日に読みたいでしょ?」


 ドヤ顔でニヤリと笑うカローラの言葉に、シュリは強張った顔でゴクリと唾を呑み込む。


「た…確かに…読みたい…」


 シュリはそう呟くと、座席に腰を降ろしていく。


「おまっ! ちょっと待て!! この期に及んでなんでシュリまで座ろうとしてんだよっ!!」


「えっ!? ちょっとっ!! シュリの姉さんまで出征に参加しないんですかっ!? ではあっしも…」


 シュリの座る姿を見て、戦闘力のないカズオが臆病風に吹かれて座り始める。


「おいおいおい… ちょっと待ってくれよ…」


 出発する前に士気を高めようと開いているせっかくの壮行会なのに、これでは逆に士気がだださがりだ…


「ねぇ…イチロー…」


 そんな俺に、アソシエが不安そうな顔で声を掛けてくる。


「やっぱり、私たちがついて行きましょうか?」


「ネイシュ、イチローについていくよ?」


「そうね… この状態では、イチローとアルファーだけになっちゃうわね…」


「ダーリンっ! やはり、私の力が必要なのね!?」


 ガタッ!


「やはり、私が…」


「いや、アソシエもネイシュもミリーズもプリンクリンも産後だし、子供の事もあるからここで城を子供守っていてくれ! それと、マリスティーヌは座れ!!」


 俺を心配する四人と再び好奇心を湧き上がらせる一人を落ち着かせる。


「アルファー、エイミー」


 俺は四人と一人に声を掛けた後、アルファーとエイミーに声を掛ける。


「はい、キング・イチロー様」


「このエイミーに何か御用でしょうか?」


 エイミーはまだちょっと卑屈な感じはするが、アソシエ達は異なり普通に受け答えをする。


「エイミーが地下を掘ってこの城に来たのは、アルファー達が仲間の位置を共有しているからと言っていたよな?」


 魔獣襲撃の時に、ピンポイントで城に辿り着けたのは、エイミーが城にいる蟻族の位置を探知して辿り着いたと聞いていたので確認を取って見た。


「はい、そうでございます。キングイチロー様」


 エイミーは恭しく答える。


「だったら、俺がアルファーと一緒にカイラウルに行っても場所は特定できるんだよな?」


 そう言って、アルファーとエイミーを見る。


「はい、可能です。私がキング・イチロー様と同行していればエイミー様が私の位置を特定してくださいます」


「アルファーのいう通りでございます」


「なら、カローラとシュリの欲しがっている物を手に入れたら、済まないが駐屯地まで運んでもらえないか?」


 ジャングルプライムというか、ウーバーアントみたいな使い方だが、シュリ、カローラ、カズオを残してアルファーとポチの三人だけで魔族の戦地に赴く舐めプは出来ない。


「それぐらいの事なら、お安い御用でございますっ!」


「じゃあ、頼むわ…シュリ、カローラ、それでいいだろ? 後、シュリとカローラも同行するならカズオも同行でいいだろ?」


 シュリ達に向き直って尋ねる。


「わらわはそれでよい」


「私も持ってきてくれるならそれでいいでよ、というか、出来れば定期便にして欲しいですね」


「あっしも、シュリの姉さんとカローラ嬢がいらっしゃるなら大丈夫でやす」


 三人が納得してコクリと頷く。


「では、出征に同行するのは最初の予定通りにシュリ、カローラ、カズオ、ポチ、アルファー、そして俺の6人になる」


 そういって、気まずい状況を誤魔化しながら、皆に向き直ってスピーチを続けようとする。


「えっと…どこまで話したんだっけな…」


 話の途中でかなり横道に剃れてしまったので、どこまで話したのか忘れてしまう。


 そんな俺の姿を見かねて、マグナブリルがコホンと咳払いをして声を掛けてくる。


「イチロー殿、『共に戦地に向かい戦ってくれる信頼できる心強い仲間がいる』まで話されました」


「あっ 済まないなマグナブリル…」


 折角、マグナブリルがどこまで話したのか説明してくれたのだが…


 さっきのやり取りの後で、『共に戦地に向かい戦ってくれる信頼できる心強い仲間がいる』からどうやって続きをスピーチすればいいんだよ…


 食堂には微妙な空気が流れていた。


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