第五部最終回 第302話 防衛戦後の後始末


「ふわぁぁぁぁぁ~~~~~」


 ベッドから起き上がった俺は、まだ疲労感の残る身体を大きく伸ばしながら、盛大な欠伸をする。


 昨日、いや今朝と言っていいだろう、魔獣の掃討戦が終わり、勝利宣言をした後、緊張感が解けて一気に疲れが来たのだ。まぁ、魔獣が城に向かわないように、ずっと戦い続けて体力的にも精神的にかなり消耗していたので仕方が無い。


 ただ疲れていたのは俺だけではなく、一緒に戦っていたシュリやカローラにポチ、城壁で城を防衛していたアソシエ達や蟻メイドも疲労のピークに達していた。また、一般人である領民たちも、一晩中死ぬかもしれないという極度の緊張状態が続いたので、勝利宣言の勝鬨が終わった後は、正しく糸の切れた人形の様に、バタバタと倒れるものが続出した。


 なので、城内では、今1000人近くの領民も雑魚寝をしているはずである。


 俺はベッドから降りて遮光カーテンを開いて外を確認する。太陽の位置から察するに今は丁度お昼ぐらいであろう。身体は疲れていて睡眠を欲していても腹は別の生き物の様に食欲を感じて食べ物を欲している。


「飯でも食いに行くか…」


 俺は欠伸をしながら寝起きで覚束ない足取りで食堂へと向かい、その扉を開ける。


「うわぁ、何これ!?」


 扉を開けた瞬間、目に飛び込んできた光景に驚きの声を上げる。そこには数多くの蟻族が食事をしていたのだ。ただ食事をしているだけなら、そんなに驚きもしないが、皆一様に、ずるずるとラーメンを啜っている。


 寝ぼけ頭なので、一瞬、蟻族がなんでこんなにいるんだと思ったが、昨日の援軍に現れた事を思い出して数多くの蟻族がいる事に納得する。だが…何故ラーメンなのだ? アイツらってそんなにラーメンが気に入ったのか?


 まぁ、今は蟻族の好みの事よりも、自分の空腹をどうにかしなくてはならないので、トレイをとって料理の置いてあるカウンターを探すが、今日はどうやらビュッフェ形式ではなくカウンターで直接注文を取る形式の様だ。その証拠に蟻族の何名かがカウンターに並んでいる。なので、俺もその列の後ろに並ぶ。


「あるじ様も今起きた所か?」


 後ろから声が掛かるので振り返って見てみると、まだ眠たそうなシュリとカローラ、ポチの姿があった。


「あぁ、そうだ、お前たちもか?」


「そうじゃ、腹が減って目が覚めたのじゃ、それでカローラとポチも誘って来たのじゃ」


「わぅ!」


 シュリの言葉にポチは元気そうに答えるが、カローラはまだ寝ぼけている様だ。すると、前に並んでいた蟻メイドがカウンターに注文を始める。


「大盛ぶたダブル」


「ニンニクは?」


「ヤサイマシマシニンニクカラメアブラ」


「へい! 大盛ぶたダブル ヤサイマシマシニンニクカラメアブラ一丁!」


 カズオから山盛りのラーメンを受け取った蟻族は空いている座席に座って平然と山盛りラーメンを啜り始める。


「へい! 次! って、旦那じゃないですか! 昨日はお疲れ様でやす」


 俺に気が付いたカズオは忙しさに汗だくになりながら挨拶してくる。


「お、おぅ…おはようさん… これ…一体どうなってんだよ? なんで蟻族はラーメンばっかり食ってんだ?」


 俺は食堂を埋め尽くす、蟻族に目をやりながらカズオに尋ねる。


「へ、へい… 昨日、あんなことがありやしたから、城に居られる領民の事もあって、仕込みをする時間も人手もたりてないんでやすよ」


「えっ? そうなのか? ラーメン作る方が手間がかかりそうだけど?」


「いや、パンは発酵に時間がかかりやすから、麺なら味は落ちますがすぐに食べられ易し」


 生誕祭の時は予め準備していたから、1000人分の食事を用意できたが、今日の朝食や昼食分まで予定していなかったからな…


「なるほど、確かに発酵するのも役のも時間が掛かるな、麺は茹でればいいだけだし」


「それで、旦那も大盛ぶたダブル ヤサイマシマシニンニクカラメアブラでいきますか?」


 カズオがニヤリとしながら尋ねてくる。


「寝起きにそんなに食えるかよっ! 普通でいいわ普通で!」


「わらわはそれを貰おうかな? ポチもカローラもそれでいいじゃろ?」


「わぅ!」


「んあ~ うん…」


 寝ぼけているカローラは、意味も分からず生返事で答える。


「ラーメン一丁! 大盛ぶたダブル ヤサイマシマシニンニクカラメアブラ三丁! お待ち!」


 さっき、蟻族が頼むを見ていたが、シュリの頼んだラーメンは改めてみるとスゲー量だ。


「よく、そんなのを朝から食えるな…」


「昨日はかなりブレスを吐いたし、久しぶりにドラゴン状態で身体を動かしたからのぅ、食わんとまた痩せるわ」


 痩せたらまだ揉んでないのに乳が小さくなってしまう…そう言う事なら食ってもらわないと困るな。


 そんな訳で俺たちは空いているテーブルを探して皆でラーメンを食べ始める。


「おっ? 注文形式は三郎系だけど、スープは昨日天上天下一品か」


「えっ!? なに!? 目の前に凄い量のラーメンがあるんだけど!?」


 漸く目が覚めたカローラが目の前に置かれた山盛りのラーメンに驚きの声をあげる。


「冷めんうちに食った方が良いぞ、それに麺が伸びるからの」


 シュリにそう言われると、カローラは必死になってラーメンを食べ始める。


 そんな時に、食堂に猫獣人のミケとハバナが姿を現す。あいつらも飯を食いにきたみたいだか、ハバナの方はどこから拾って来たのか分からないが、三匹の猫を連れ歩いている。


「おぅ! ハバナ、その猫はどこから拾ってきたんだ? もしかして、いまこの城にいる領民の飼い猫か?」


「あっ! イチローにゃ! これは拾ってきた猫じゃないにゃ! にゃーが産んだ子供にゃ!」


「えっ!? ハバナが産んだ子供!? でも、まんま普通の猫じゃん!」


「あーイチローは知らないと思うけど… 私たち猫獣人の子供ってこんな感じですよ」


 一緒にいたミケが説明する。


「マジで!?」


「はい、成長するとともに人類の様な骨格に成長していくんです」


 その言葉に俺は再びハバナが連れている三匹の猫を見る。ハバナに似た黒、ちょっと白っぽくなったグレー、そして白と三匹いる。あの三匹は一応俺の子供なのか…


 その後、二人と三匹はラーメン二つを注文して、座席に座るがじっとラーメンを見つめるだけで一向に食べ始めない。


「どうした? 食わないのか?」


「にゃーは猫舌だから、冷めるのまってるにゃ」


「です」


 その言葉に俺もカウンターにいるカズオも苦笑いをする。


すると今度はふらりと作家のハルヒが姿を現す。


「おっ!? ハルヒさん、久しぶりじゃねぇか!! 今までどこ行ってたんだよ!!」


 俺の言葉に気が付いたハルヒは手を振って答える。


「あら、イチローさん、久しぶりね、いつカーバルから帰って来たの?」


「いや、いつって… 俺、四か月前に戻って来たんだが…」


「そうなの? 私、ずっと部屋に籠って新作を書き続けていたから気が付かなかったわ~」


「じゃあ、もしかしてずっと城の中にいたのか?」


「そうよ、私が執筆している時はずっと集中しているから、部屋の外には出ないのよ、骨メイドのミノリちゃんが食事や着替えを世話してくれるから」


 この異世界にネット環境が出来たら、俺もそんな生活をしてみたいな…


 とりあえず、食事を終えた俺は、城内の様子を確認する為に、辺りを歩いて回ってみる。


 昨日、生誕祭を行った城内の広場では、肉メイドによる領民への炊き出しが行われており、皆、美味そうにラーメンを食べている。ってかここでもラーメンか…


 そして、城外の様子を見る為に城門へと向かうと、立ったまま眠っているクリスの姿を発見する。昨日は城内に入った魔獣を仕留めて領民を守ったのでそのままにしておいてやるか…


 そして、問題の城外に出てみると、見渡す限りに魔獣の死体が転がっていた。


「ゲームの様に勝手に死体が消えたりしないか…」


 魔獣の襲撃に勝利したものの、この惨状に頭を悩ませる。そんな時に、城壁の角からマグナブリルが姿を現して俺の所へやってくる。


「イチロー殿、お目覚めになられましたか、昨日はお疲れ様でございます」


「マグナブリルも城外の様子を見て回っていたのか?」


「はい、いったいどれほどの死体があるのか確認しておりました…しかし、困りましたな…早く処理をしないと疫病の元になりますぞ」


「だよな…しかし、この数は…」


 俺とマグナブリルがそんな話をしていると、数名の領民が俺達の所へやってくる。


「あの~ 領主さまでしょうか?」


 領民は俺を伺うように恐れ恐れに尋ねてくる。


「あぁ、そうだが、何か問題でもあったのか?」


「いえいえ、問題などありません! それよりも昨日はお助けいただき有難うございますっ!」


 そう言って、領民たちは深々と俺に頭を下げる。


「いや、ゲスト…というか自分の領民の命を守る事は当然の事だ。それで俺に何か用か?」


「領主さまはこの魔獣の死体をどうするおつもりで?」


 なんだか変な事を尋ねてくる。


「いや、今どうするか悩んでいる所だ… 焼き払うか…埋めるしかないだろう…」


「それならば! 私たちの話を聞いて貰えますか!?」


 領民の話はこうだ。なんでも魔獣の毛皮は高価な商品となり、骨は焼いて砕いて肥料にして、肉もスモークすれば、保存食になるそうだ。なので、焼き払うか埋めるかするぐらいなら自分たちに処理させてほしいそうだ。


「なるほど、それは願ったり叶ったりだ! どんどんやってくれ!」


「ありがてぇ! じゃあ、仲間にも声を掛けてきます!」


 そう言うと城内の仲間の所へ戻っていく。


「そういえば、マグナブリル、昨日、襲撃の時に、城から放たれた魔力の波動で、魔獣が城から逃げて行ったを見たんだが、あれは誰がやったんだ?」


「あぁ、あの時の事ですか、あれはプリンクリン様ですな、なんでも等価交換魔法をつかったそうで、領民が感じた恐怖をそのまま魔獣に与えたそうです」


「なるほど、アレはそう言う訳だったのか」


 カローラの精神支配は聞かなかったが、等価交換魔法ならそれが可能なのか…相変わらず、訳の分からない魔法だ。


「あと、私からの報告も御座います」


「なんだ?」


「伝書カラスにてイアピース方面の様子も尋ねてみたのですが、あちらにはここの様な襲撃は無かったようですな」


「そうか、ならティーナも無事だな…よかった…」


 

 その後、領民によって魔獣の死体処理が始まった。だが全員が全員と言う訳でもなく、自分たちの集落が心配なものや、獣の死体処理に慣れていない者は、各々の帰るべき場所へと帰っていき、残った一割ほどの人間だけが処理を続ける。


「この死体は、毛皮にも肉にも傷が無く、全部つかえるな」


「こっちの死体は、握りつぶされたみたいだが、皮はとれる」


「こちらの死体はダメだ… 毛皮が焼かれてしまっているし、踏みつぶされたものは使い物にならねぇ」


 全部使える綺麗な死体は俺の弾丸や電撃で仕留めた物で、握りつぶされたのはカローラの物、最後のシュリが倒した物だ。


 そんな使えない死体や、援軍の蟻族によって肉片になった死体は、スタッフが美味しくいただきましたと言わんばかりにドローンたちの餌となった。


 こうして死体の処理を領民に任せた俺は、他に損害箇所が無いか調べて見ると、城外に建っていたビアンのガラス工房が半壊していた。


 工房の責任者であるビアンは半壊した工房を見て気を落とすことなく、逆に


「もっと効率の良い工房を立て直すから構わない」


 と言っていた。


 また、開墾した畑の方であるが、丁度じゃがいもも玉ねぎも収穫した後だったので農産物に関する被害はあまりなかった。しかし、踏み荒らされたので再び耕さないといけない。


 そして、一番被害を受けたのが、シュリの家庭菜園である。ある程度のよく使う野菜は、浴場と併設した温室にいこうしているが、外の家庭菜園の方は、完全にシュリの趣味の畑となっていたのである。


 踏み荒らされた家庭菜園を見て、シュリは大きく肩を落としていたので、回復魔法の使えるもので、野菜を回復させることは出来ないかと試したが、三割しか回復させることは出来なかった。


「まぁ…三割でも息を吹き返したものがおるだけましじゃろ…」


 シュリはそんな事を言っていたが、やはりショックは大きいようだった。俺はそんなシュリを慰めるために、シュリの家庭菜園の復興の手伝いをする。すると、シュリの家庭菜園が踏み荒らされた事を知った近くの集落の住民が、野菜の苗を持ち寄ってくれた。


「シュリちゃんが私たちを助けるために戦っていたのを見ていたから…こんなお礼しかできないけど…」


「ありがとうなのじゃ! ありがとうなのじゃ!!! 黄金の財宝を貰うよりも、わらわにとっては野菜の苗を貰える方がありがたいのじゃ!!」


 そして五日後、畑の復興は終わり、魔獣の死体の後片付けも殆ど終わった。領民たちは魔獣から剥いだ皮を、気を遣わなくていいのに半分俺に収めて、大量の皮を抱えてホクホク顔で自分たちの家に帰っていく。


 こうして、ようやく日常が取り戻せたと思ったある日、イアピースからの急報を知らせる使者が城に訪れる。


「大変です!!!」


 使者が開口一番大声を出す。


「どうした!! イアピースに何かあったのか!?」


 元イアピースの最初であるマグナブリルは死者の様子に緊迫した面持ちで尋ねる。


「いえ! イアピース本国やその王族に問題はありませんが…」


「では、どうしたというのだ?」


「隣国のカイラウルが、魔族の大規模な進攻を受け陥落しました!!!」


「カイラウルが!?」


 使者の言葉にマグナブリルではなく、俺は驚いて立ち上がる。カイラウルは俺が元居た勇者のロアンと冒険を始めた場所であり、追放された場所でもある。

 

 また、先日の魔獣襲撃の理由も合点がつく、敵はカイラウル方面からなだれ込んで来たのだ。


「それで!各国の対応はどうなっておる!!」


「はい!!! なので対魔族連合国の緊急非常事態宣言により、全てのイアピースに属する全ての勇者はカイラウル奪還に当たる様に指令が下りました!!!」


 それは俺に赤紙招集が突きつけられた瞬間でもあった。



※とりあえず、五部最終回です。

続きは暫くプロットを作ってから再開します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る