第301話 持っている男
※近況にカローラの新しいタイトル絵を付けました。ご覧いただければ幸いです。
「ヤベッ!! 出てくる!! 先手必勝だ!!!」
俺は即座に腕を伸ばし、弾丸を撃ち出そうとする。だが、現れた頭を確認して、撃ち出そうとしていた弾丸を咄嗟に止める。
「ちょ、おま… なんで蟻メイドがこんな所にいるんだよ…」
地面から顔を出したのは、魔獣でもなく、他の魔族でもなく、俺のよく知る蟻メイドの頭だった。
「あっ、キング・イチロー様!」
蟻メイドは俺の声に気が付き、頭だけ出した状態で、声を上げる。
「なんで、お前がこんな所にいるんだよ!? もしかして、城内から逃げ出す為に、抜け穴でも掘っていたのか?」
「蟻メイド? 城内から逃げ出す? 何の事かは分かりませんが、私はハニバルの責務を終えて、キング・イチロー様の元へ馳せ参じる為にやってきた、個体名シグマの蟻族です」
そう言って、首だけの状態から抜け出して、身体全体をあらわにすると、城にいるようなメイド服姿ではなく、俺がハニバルで最初に遭遇した時の、昆虫の様な鎧を纏った姿を見せる。
「えっ!? えっ!? もしかして、ハニバルからここまで地中を掘ってやって来たのか!? それと来たのはお前だけか!?」
「はい、キング・イチロー様に海産物を捧げたくて、海のあるハニバルと直通の通路を作りながらやってまいりました。それとここに来たのは私だけではありません」
シグマと名乗った蟻族がそう声を上げると、辺りの地面でもぞもぞと動いていた場所から、シグマと同じ蟻族の成体が次々と姿を現す。
「うぉっ!? マジで全員か? しかし、よくここまで地中を掘って来れたな…」
「えぇ、ここへの通路を作る途中、巨大なワームと遭遇しましたので、倒してドローンを量産しましたから… ところでキング・イチロー様…」
辺りの様子をチラリと見たシグマは、俺に向き直る。
「辺りの状況を見るからに、今は非常事態と認識しました。キング・イチロー様、御許可を…」
御許可をと聞いてきたのは、俺に魔獣たちを殲滅するための戦闘の許可を求めてきているのだ。蟻族にしては粋な聞き方だ。
俺の答えはもちろん!!!
「許可する!!! やってこい!!!!」
「了解です! キング・イチロー様!!!」
シグマは一瞬、口角を僅かに上げて微笑んだかと思うと、まるで打ち上げ花火の様に飛翔して空に舞い上がる。他の蟻族成体のジェネラル達も次々と飛翔していき、その後の地中から、わらわらと無数のドローンたちが這い出してきて、ジェネラル達の後に続く。
「うわぁっ! 何だこの数は!? 味方と分かっていてもこの数は気持ちわい…」
無数に這い出て、ジェネラル達の後に続いていくドローンは、空を黒い霞の様に覆い尽くしていく。一件、濃い煙か黒い雲の様に見えるがそれらと違うところは、有機的にぐにょぐにょと動くところである。
そして、どうやら最初の獲物を見定めたらしく、黒い雲となったジェネラルとドローンたちは魔獣の群れに急降下していく。
「なっ! なんじゃ!? これは!!」
黒い雲の塊となった蟻達は、魔獣に張り付かれていたシュリをシュリごと覆いつくして、駆け抜けていく。すると、黒い雲が駆け抜けた後には、無事なシュリの姿があり、魔獣たちは、肉片となって、赤い霧か雨のようにぼたぼたと地面に降り注いでいく。
次に黒い雲が向かうのはカローラの所である。
「ひぃぃ!! 何あれ!! 私と同じヴァンパイアでもいるの!?」
シュリと同じように魔獣に纏わりつかれていたカローラは新たに黒い雲が現れ、情けない悲鳴をあげる。そんなカローラを黒い雲は魔獣ごと包み込んで駆け抜けていくと、先程と動揺に、纏わりついていた魔獣たちは赤い肉片となってカローラの周りに降り注ぐ。
「えっ? 何だったの… あれ?」
「わぅ?」
何が起きたのか良く分からない一人と一匹はポカーンとしながら、とりあえず自分たちが無事だったことに胸を撫で降ろす。
そういう三人を見ていた俺も、みんな無事な事に胸を撫で降ろすが、城の中に魔獣が入り込んだことを思い出し、再び城に向けて飛翔する。
「おい! さっき魔獣が入り込んだが無事か!?」
俺は城壁の上に降り立つなり、側にいた蟻メイドに尋ねる。
「キング・イチロー様っ! はい! 無事です!」
そう言って、城内の魔獣の死体に目を向ける。
「城に入った魔獣は、ディート様が魔法で拘束して、そこをクリス様とフィッツ様が止めを刺されました」
俺も蟻メイドに視線を促されて魔獣の死体に目を向けると、クリスが自慢気に魔獣の死体に足を掛けて勝鬨を上げていた。
「クリスの奴、調子いいなぁ…でも、一応一般人を守ったから良しとするか…」
俺がそんな感想を述べている所へ、シュリやカローラ達もやってくる。
「シュリ、カローラ、二人ともどうしたんだ?」
「いや、蟻が敵を倒していってくれるので、手持無沙汰になってしもうたのじゃ」
「もう全部あの蟻達だけでいいんじゃないかな?って思いまして…」
二人とポチも、なんだかんだ言って、多少の生傷もあるし、疲れも見える。
「そうだな…元々、戦いは数だよっていうからな、集団相手には集団に当たらせた方がいいだろ」
とりあえず、疲れた皆を労う為に、ここから先は蟻達に任せる事を了承する。
「しかし、あるじ様よ、こんな隠し玉を持っておったのなら、初めから話してくれれば良いのに…」
「隠し玉って、今戦っている蟻達のことかよ? あれは隠し玉なんかじゃねぇよ」
シュリにそう答えると、下の城内から、俺の姿を見つけたマグナブリルが城壁へと上がってくる。
「イチロー殿、ご無事でしたか!!」
「そちらも無事だったようだなマグナブリル」
「しかし、イチロー殿、この様な伏兵を忍ばせているとは…」
場外で戦う、蟻の群れを見ながら、先程のシュリの様な言葉を掛けてくる。
「さっき、シュリにも謂れたんだが、俺が仕込んでいた訳じゃねぇよ、たまたま偶然だ」
「偶然ですと?」
マグナブリルは目を丸くして俺を見る。
「あぁ、たまたま、ハニバルで懲役が終わって帰って来たタイミングがあっただけだ。俺も奴らが今日帰ってくるなんて知らなかったんだよ。でも、まぁ、そのお陰で俺達は命を救われた訳だが…」
「本当に偶然という事なのですか? これが?」
マグナブリルは再び、魔獣を掃討する蟻族の群れを見てから、ハハハと声を上げて笑いだす。この爺さんが声を上げて笑う所なんて初めて見た…
「いやはや、イチロー殿は本当に持っておられますな! こんな絶妙なタイミングで援軍、しかも思いもよらぬ援軍が来るとは! 私は今まで様々な人間を見てまいりましたが、ここまで持っている人物は初めてですぞ!!」
「おっ、おぅ… そうか?」
「そうですとも!!」
俺は笑い声をあげるマグナブリルに引き気味に答えるが、マグナブリルはそんな俺の事は気にせず、笑い声を上げながら答える。
まぁ、マグナブリルの言うように俺が運を持っている事は持っているんだろうな… 今、蟻族の連中が、魔獣を掃討しているが、俺が対峙した時は地下だったからよかったものの、俺達も外でジェネラルの一団と戦っていたら、あんな風になっていた訳だ。その点に関しても俺はラッキーだったと言わざるを得ない。
かと言って、今後も運頼みで生きていくかと言われると、それはダメだと思う。そんなやり方をしていてはいつかは破綻する日が来る。もっとちゃんと考えて行動せんとダメだな。
俺がそんな事を考えて掃討戦を眺めていると、アソシエ達や、マリスティーヌにディートもこちらにやってくる。
「イチロー! あれってイチローの味方なんですよね!?」
「あぁ、そうだ、ハニバルに残していた蟻族の連中が合流したんだ」
アソシエの言葉に答える。
「噂には聞いていましたが、ここまでとは… そこらの小国の軍隊よりも強力なんじゃないですか?」
ディートも少し興奮気味にそう声を上げる。
確かに飛べるから移動速度も早いし、元々穴倉生活をしていたから、土木工事もお手のもんだ。謂わば、ローマ帝国のレギオーとモンゴル帝国の蒙古騎兵を足して2を掛けたような存在だよな。
そして、俺達が見守る中、魔獣の掃討戦は明け方ごろに終了して、蟻達の群れがこちらの城に戻ってくる。
「キング・イチロー様…御久しゅうございます…」
他の蟻族とは違って、極めて人間の姿に近い、金髪金眼の小柄な少女が、蟻達の中から俺の前に進み出て、恭しい仕草で俺に恭順の意を示しながら、カーテシーを行う。
元蟻族の女王のエイミーだ。今まで、ハニバルを進攻して損害を与えた代償として、ハニバルの復興に従事していたはずなのだが、予定より早くにその復興を終わらせたようだ。
「エイミー、久しぶりだな。お前たちが駆けつけてくれたお陰で助かったよ、ありがとう」
「いえ、王に仕える事、王の為に存在することが我らの喜びでございます」
そう言って、エイミーはカーテシーからの土下座状態に入る。…これはマイSONがやり過ぎた影響だろうな… ここまで卑屈にならなくていいのに…
「いやいや、土下座までしなくていい…それに…」
俺は先程から気になっていたエイミーの腹部を改めて見る。ポッコリとしている。
「お腹に子供がいるんだろ? 中の子に触るかもしれんから、土下座はやめろ」
「ハッ! 申し訳ございません! キング・イチロー様!! 王の御子を身籠りながら、不始末をしていまいましたっ! この詫びは私の命で!!」
「だから、そう言うのを止めろって!! 普通にしてろっ!」
やはり、どうもマイSONの調教がトラウマになって卑屈に考えすぎるようになっているな… 暫くはメンタルヘルスさせなきゃだめだな…
「イチロー殿」
再びマグナブリルが声を掛けてくる。
「なんだ?」
「まだ事情を把握していない領民たちが不安を抱いたまま、こちらを見ております。魔獣の掃討終了を告げて勝鬨を上げては如何ですかな?」
「そうだな…一晩中、魔獣の襲撃で死ぬかもしれないという恐怖に脅え続けたんだ、肉体的も精神的にもギリギリだろうな、早く安心させてやらないと」
俺は城壁の上から城内の領民隊に向き直り、声を上げるために大きく息を吸い込む。
「領民諸君よ!!!」
俺は大きな声で領民たちに呼びかける。すると領民たちの視線が一斉に俺に向けられる。
「諸君も知っている様に、我が領に数千…いや数万の魔獣の群れが突如現れた!!!」
領民たちは固唾を呑んで俺の姿を見る。
「だが安心して欲しい!!! 私や私の仲間、私の軍によって、たった今、魔獣の群れは一掃されたのだ!!!」
俺の言葉に領民たちは華が開くように生の喜びを顔に現していく。
「これも私を信じて、混乱せず、領民としての節度を守ってくれた皆のお陰だ!!!」
俺は両腕を広げて訴えかける。
マジで領民がパニックを起こして、城から飛び出たりしていたら収拾が付かなかっただろうな…
「さぁ!! 今こそ、この生の喜びと我らの勝利に勝鬨をあげるのだ!!!」
俺は領民たちに腕を伸ばした後、腕を引き戻し拳を作る。
「ジーク! アシヤ!!!」
そして、その拳を天高く突き上げる。
「「「ジーク! アシヤ!!!」」」
俺に合わせて領民たちも天に拳を突き上げる。
「ジーク! アシヤ!!!」
「「「ジーク! アシヤ!!!」」」
城近辺に領民たちの勝鬨の声が木霊して響き渡った。
後世の歴史では、一人の犠牲者も出さなかった、このカローラ城の防衛戦はアシヤ領の奇跡として語り継がれたという…
※現在、カローラの新イラストを製作中
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます