第296話 ヤバイ事を始めやがった…

 俺とマグナブリルが下手の舞台袖から見守る中、マリスティーヌは舞台中央まで進み、壇上に上がって、会場に集まる領民たちに一礼をする。勿論、そのマリスティーヌの後には聖女ミリーズが続き、マリスティーヌと合わせて一礼する。


 そして、顔を上げてマリスティーヌにしてはキリっとした顔で領民を見渡す。


 さて…マリスティーヌはどんな演説をする事やら…


 マリスティーヌは大きく息を吸い、1000人近い領民を前に、一欠けらの怖気づくそぶりも見せずに口を開いて演説を始める。


「会場に御集りの皆さん! 初めまして! 私はこの度、この領地の教会の総司祭を勤める事になったマリスティーヌと申しますっ!」


 マリスティーヌは会場にいる全員に聞こえるように精一杯の大きな声で、先ずは挨拶と自己紹介を始める。


 そのマリスティーヌの声に顔を上げて、舞台を見上げた領民は、総司祭を任される人物が、まだ年端もいかぬ小娘だと分かって、かるいどよめきの声を上げる。


 そのどよめきにマリスティーヌはすかさず、次の言葉を続ける。


「皆さん、総司祭が私の様な小娘で不安に思われた事でしょう、でも大丈夫ですっ!!」


 マリスティーヌの会場の空気を読むように、力強く言葉を続けて、バンと自分の胸に手を当てる。


「私の後ろには聖女ミリーズ様がおられます!!」


 そう言って、マリスティーヌは後ろに控えるミリーズを指し示す。


「本来であれば、総司祭の地位は聖女ミリーズ様が相応しいと思います。しかし、ミリーズ様は自分は身を引いて、私にその役目を与えて下さいました。何故か!?」


 その問いの答えを知りたくて皆がマリスティーヌに注目する。


「それは私の様な小娘が総司祭であれば、皆、気軽に声を掛ける事が出来るからです!」


 確かにマリスティーヌは大司教や教祖の様な豪華な衣装や装飾を身にまとった大層な姿ではなく、質素な…それも少しボロボロの昔のデザインの修道服だから、ちょっとトイレの場所を聞くような感じで話しかけやすくはある。


「神々に悩みを打ち明けたいのに、それ以前に司祭に悩みを打ち明けられない状態では話になりません。だから、ミリーズ様は人々が声を掛けにくいご自身よりも、私を総司祭として押して下さったのです」


 後ろに控えるミリーズは、マリスティーヌの言葉を肯定するように、僅かに頷く。


「なので、皆さま! 悩み事があれば、信仰する神を問わず、私に気軽にお声がけください!」


 この世界の宗教や信仰については、確かに創造神の存在も神話の中で語られてはいるが、主に信仰されているのは、その下の多神教の神々である。勿論古代から伝わる神もいれば、功績をつんだ人間が死後崇められるようになり、神格化されて神になったケースもあるから驚きだ。


 さらに驚きなのが、実在するかしないかで揉める、元の世界とは異なり、司祭がちゃんとした儀式に基づいて呼びかければ降臨する事もあるのだ。つくづくファンタジーな世界である。


 そこで会場が何やら騒がしくなる。何かと思い、騒ぎの発生源に視線を向けてみると、どうやら領民同士で言い争いを始めたようだ。


「おめぇ、そんなんだから、腰抜けって言われてんだよ!!」


「べっべつに僕がどんな神を信仰しようとも…自由じゃないかっ!」


 やはり、現代と同じく、この世界でも信仰する神によって争いが起きる所は同じようだ。


「そこのお二人! どうされましたか!?」


 壇上のマリスティーヌがその騒動を見つけて声を掛ける。


「い、いや、コイツが今は魔族との戦いの最中だと言うのに、恋愛の神なんかを信仰しているってほざきやがって!」


 厳つい顔のDQNの様な男が説明を始める。


「い、いいじゃないか!! そんなの僕の自由だろ!!」


 そのDQNの言葉に対して、根暗っぽい青年が抗議の声を上げる。


「何言ってんだ! 今こそ、最高で最強の戦いの神、ハニバル様を信仰すべきだろうが!!!」


 DQNが自分の事の様に自慢しながら声を上げる。どこにでもこんな奴はいるもんだな…


 すると、大体事情を察したマリスティーヌが真顔でDQNに話しかける。


「では、ハニバル様が最高で最強だと仰るんですね?」


「あぁ! そうだ! 総司祭なのにそんな事も知らないのか?」


 DQNは調子に乗ってマリスティーヌを煽り始める。そのDQNの態度にイラつき始めた俺は何か言ってやろうと、足を進めようとするが、肩に手を置かれて止められる。何かと思い、振り返って見てみると、マグナブリルが無言で首を横に振る。


「なるほど、では、今ここでそのハニバル様に呼びかけて、今すぐ魔族戦争を止めて下さい」


 マリスティーヌは声を荒げるでもなく、怒りを表すでもなく、真顔で坦々とDQNに告げる。そのマリスティーヌの思いがけない言葉にDQNは口を開いて唖然とした顔をする。


「なんでしたら、今ここで、私とミリーズ様の二人でハニバル様に御光臨頂いてもよろしいんですよ」


「い、いや…その…無理だ…」


 DQNは青ざめた顔で、脂汗を掻きながら項垂れていく。


 何故、男が絶望や恐怖を感じているのかと言うと、ミリーズから聞いた話だが、神を降臨させて願いを叶えてもらう時は、その願いの大きさや規模によって、それ相当の捧げ物をしなくてはならない。


 願いを叶えてもらう神にもよるが、ただ話を聞いてもらうだけや、悩みの相談などは、今まで積み上げてきた信仰によって、それを代償として捧げる事ができるが、不治の病を癒すとか、誰かを蘇らせるとかになると、それこそ、かなりの代償の捧げ物が必要になる。以前、死者の蘇生を神に懇願した時には、依頼者の命と引き換えなんて事があったぐらいだ。


 なので、マリスティーヌの言っていた今すぐ魔族戦争を止めるという願いは、DQN一人の命で賄えるような代償ではなく、下手すればこの大陸の人類全員の命とかになりかねない。


「そうです、できませんよね? そもそも、人類側の神がいるように、魔族側にも神がいます。魔族と人類との間で戦争が勃発している現在に於いて、神の居られる天界では、互いの神がこの戦争に過干渉しないように互いににらみ合いをなさっていて、身動きがとれません」


 そこでマリスティーヌはDQNから視線を皆に向ける。


「だからこそ、人類が一致団結して事に当たらねばならないのです!」


 マリスティーヌの声が会場に響き渡る。


 マリスティーヌの奴、なかなかいい感じに話を運んでいくな。


 そこに、メイド達が一斉にカートやトレイを使って、領民に何やら配っていく。


「こっこれは!?」


「もしや、あの噂の聖体!?」


「これがあの聖餐か!!」


 ん?


「今みなさんにお配りしたのは、かつ丼と呼ばれる食べ物です。どうぞ一口お召し上がりください」


 皆にいきわたった所で、マリスティーヌが声を掛けると、人々が一斉にかつ丼を食べ始める。…なんだよ、このシュールな光景は…


「うっ! うまい! 美味すぎる!!」


「こんな美味い物食べた事がない!!」


 人々はかつ丼の味に喜びの声を上げ始める。


「どうですか? 美味しいでしょう? でも、かつ丼は一人では作ることが出来ません… お米を育てる人…玉ねぎを育てる人、豚肉、卵、小麦、調味料…そして、それをかつ丼として調理する人… このかつ丼一杯に数多くの人々の協力があって、こんなに美味しい物がつくれるのですっ!」


 いや、確かに言っている事は正しくてそうなのだが…かつ丼って… もっと、こうカッコいい物を引き合いに出せなかったのかよ…


「だから、皆でかつ丼好きの『かつ友』になって一致団結しましょう! そして、世の中を平和にして、毎日三食かつ丼を食べる事の出来る世の中にしていくのですっ!」


「おぉぉぉぉ!!! 俺達はかつ友だ!!!」


「かつ友っ! かつ友っ! かつ友っ!!!」


 ここの連中がおかしいのか、それともマリスティーヌの演説が恐ろしいのか、皆、狂信者の様にかつ友を連呼し始める。


「かつ友に幸あれ!!!!」


 マリスティーヌの皆に答える声が会場に響き渡った。


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