第295話 アシヤ領生誕祭

「さぁ! 立てよ!領民! 悲しみを復興に変えて! ここより、諸君の新しい未来が始まるのだ!!!


  青き清浄なる領地のために!ジーク! アシヤ!!」



 俺は、皆を先導するように、天高く拳を突き上げて声を上げる。すると、俺に呼応するように城内に集まる領民たちは俺に合わせて、天高く拳を突き上げて、声を上げる。


「「「ジーク! アシヤ! ジーク アシヤ!」」」


 その光景に俺はギレソ総帥と少佐とを合わせた気分になってくる。これなんだか変な高揚感を得られるのでくせになりそうだな…



 俺は今、かねてより準備していたアシヤ領生誕祭を、この地に住まう人々を集めて開催している。その生誕祭の式次第の最初が俺の演説だ。この式次第の流れの考えとしては、ただ生誕祭に集まった人々は、俺の演説の後では領民として扱われるという事になっている。だから、重要な演説だったわけだ。



 領民の興奮冷めやらぬまま、俺は壇上から降りて、舞台袖へと向かう。


「いやはや、素晴らしい演説でございましたな、イチロー殿、いやもう領主さまとお呼びした方がよろしいですかな?」


 舞台袖に控えていたマグナブリルが拍手をしながら、見た事のない笑顔で俺を出迎える。この爺さん、こんな笑顔も出来たんだな… だが、元々が怖い顔つきなので笑顔を作っても、悪人が悪だくみする時の笑顔みたいで怖いな…


「ん~ 今までどおりの名前でいいよ… 領主さまなんて大層な肩書で呼ばれると、なんだか思いあがってしまいそうだからな…」


 先程の俺に合わせて拳を突き上げ歓声を上げる姿を見ていると、自分が独裁者になっていきそうで怖いからだ。まぁ、演説の内容を作ったのは俺自身ではあるが… ここの人たちが思った以上に純粋で、俺の演説をそのまま鵜呑みにして、ここまで感化されるとは思いもしなかった。


「なるほど、ご自身が思いあがった独裁者にならぬようにする配慮ですな」


 なんだよこの爺さん…読心術でも身に着けているのかよ… 


 まぁ、現代日本ではただのゲーム好きの一般人でしかなかった俺が、異世界に来て冒険者となり、勇者となりそして、お貴族様になって領主となった。一般人であった俺が、絶大な権力を得て、それこそ物語に出てくるような悪役領主の様に増長してしまわないかが、正直自信が無い。


 なので、そうならないように、マグナブリルには俺の外付け自重装置として働いて貰うか…


 そう考えた俺は、舞台袖から会場にいる領民たちをチラリと見る。領民宣言を受けた後の人々は喜びの声を上げ、共に杯を交わしている。


「しかし、当初の計画では領民として編入することに、抵抗があるものだと考えていたが、今の人々の姿を見ると杞憂だったようだな… それどころか喜んで領民になることを歓迎している様にも見えるな」


「それはイチロー殿の演説が素晴らしかったのもありますが、タイミングが良かったこともありますな」


 俺の感想にマグナブリルが言葉を掛けてくる。


「タイミングが良いって?」


「例の魔獣の襲撃です。そもそも、ここにいた棄民たちは、魔族との戦火で、肉親や土地を失ったものばかりですので、ことさら、身の回りの安全には気を使います。そこへ魔獣の襲撃があり、領主であるイチロー殿自ら、魔獣を討伐なさったので、人々が治安能力のある領主として認めたのでしょう。悪い言い方をすると納税で身の安全が保てるのなら、安い物だという事です」


 なんだよ…折角俺が気をよくしていたのに、実査には、セコムかアルソックみたいな警備会社代わりかよ… まぁ、それでも快く領民になってくれるのは御の字だが…


 しかし、よくよく考えると確かにタイミングも都合も良すぎるな…まるで誰かが計画していたように…もしかして…


 俺はチラリとマグナブリルを見る。


「どうかされましたか? イチロー殿」


 マグナブリルは今日の祭りで少し笑みを浮べている以外にはいつもと同じ顔だし、その所作に動揺は見られない。まぁ、もともと国の宰相を勤めていた人物であるから、俺の様な若造に見抜かれるような、動揺の現れを見せないだろう。


「いや、なんでもない…」



 俺はとりあえず、そう答えるが… しかし、一度マグナブリルに仕込んでいないか問い詰めるべきなのであろうか? いくら、結果的には領地にも俺の為にもなったとはいえ、人命が損なわれるかもしれない工作はやり過ぎだ。だが、その証拠も確証もない。


 ここでマグナブリルを問い詰めるのは、中国史の漢王朝を作った劉邦と同じ過ちをしてしまう事になる…それはダメだな。


 となると…のちのち俺直属の諜報機関でもつくるか? それもなんだか気が進まないな…


 とりあえず、まぁ…マグナブリルの事を『信じる』としよう…それだと組織設立の金も手間もかからない… なにより人を疑ってギスギスしていたら俺の精神が持たない。


「イチロー殿」


 そんな考え事をしている俺にマグナブリルから声が掛かる。


「ん? なんだ?」


「次は、領地の総司祭を勤める事になるマリスティーヌ嬢の演説の番です」


 マグナブリルがそう言って、ここから反対側の舞台袖に視線を促すと、いつもと同じ衣装のマリスティーヌが姿を現す。本来であれば、総司祭を勤める事になるのだから、もっと立派な衣装を着ればいいのだが、今は亡き師匠であるレヴェナントの形見であるので、着替えたがらない。


 まぁ、アレはアレで、質素を重んじるという事でいいかもしれんが、舐められる可能性もある。それがどちらに転ぶであろうか見ものではある。その点を配慮してか、聖女であるミリーズもマリスティーヌの後見人の様に後ろに付き従っているので、あまり心配することはないであろう…


 それよりも一番の心配は、そのマリスティーヌがどんな演説をするかだ。俺は自分自身の事で手一杯でマリスティーヌの演説の内容まで気を回すことができなかったが、マグナブリルなら…


 そう思いながらマグナブリルを見る。


「私も、ミリーズ様が大丈夫だと仰っていたので、マリスティーヌ嬢の演説には目を通しておりませぬ」


 うん、やはり読心術でも使っている様な返事が返ってくる。しかし、マグナブリルも見ていなくて添削していないのか… ミリーズがついているのなら大丈夫だと思うが…


 俺はモヤモヤとした気持ちでマリスティーヌの演説が始まるのを固唾を呑んで見守った。




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