第293話 第二次ベビーブーム

「う~ パーパ! パーパ!」


「おう、パーパだよ~」


 ソファの上で寝っ転がっている俺に這い上がってくるネイシュの子のローシュを拾い上げて、俺の腹の上に載せる。


「パーパ! パーパ!」


 そんな姿を見て、アソシエの子のアルフォンスも俺の腹の上に載せてくれとせがんでくる。


「おう、アルフォンスもこっちこーい」


 そう言って、アルフォンスも抱き上げて、ローシュと一緒に腹の上に載せてやる。すると、そんな俺の姿をディートとその背中に背負われているルイーズが見ていた。


「ルイーズ、お前もパパの上に乗るか?」


 ディートの背負われているルイーズにニッコリとした笑顔で手を伸ばす。


「いい、ディートの背中がいい」


 きっぱりと断られてしまう。


「くっそ… ディートに寝取られしまったか…」


 そう言って俺は伸ばした手を握り締める。


「こらこら、ディート君にそんな失礼な事を言っちゃダメでしょ、イチロー」


 そういって、この談話室に食事の終わったミリーズが二人目の子供のレーベを連れてやって見る。


「でもな…親離れするにはまだ早すぎるだろ…」


「でも、ルイーズはイチローだけじゃなく、私よりもディート君に懐いちゃってるのよね… イチローが寂しい気持ちも分かるわ…だから、レーベちゃんをイチローに貸してあげるわね」


 そう言って、ミリーズは俺の腹の上に二女のレーベを置いていく。


「おっと、まだ四か月ほどだからちっちゃくて壊れそうで怖いな…」


 俺の腹の上に置かれたレーベはキョトンした瞳で俺を見ている。


「あら?イチロー、ちょっと何してんのよ?」


「あっ、イチローだ」


 ミリーズに引き続き子供を抱きかかえたアソシエとネイシュも姿を現す。するとネイシュはチラリと一目俺を見ただけで俺の状況を察して、ネイシュの二女のリーシュを俺に突き出してくる。


「リーシュも構ってあげて」


「お、おぅ…」


 そう言って、ポンと胸の上にリーシュを乗せる。その様子を見て、自分も負けじとアソシエも二女のイングリットを俺の上に載せてくる。


「イチロー、イングリットだけダメだなんて言わないわよね」


「いや、言わんけど…ちょっと待ってくれ…こんなに乗せられたら、俺、身動きできないんだけど…」


 既に俺の上には、ローシュ、アルフォンス、レーベ、リーシュ、そしてイングリットが乗せられて、俺はただ食後にソファーに寝っ転がって資料に目を通していただけなのに身動きできない状態になる。


 転生前の現代日本にいた時、猫カフェに言って同じように猫たちに身体の上に乗られて身動きできなくなったことはあるが、その時の身のこなしの良い猫とは違って、転げ落ちたら怪我をしてしまう子供では、全く身体を動かせなくなる。


「たまにはいいでしょ? イチローはあんまり子供たちの面倒を見てくれないんだから」


「ま、まぁ…それはそうなんだけど… 子供が落ちて怪我しそうだから怖いんだよ…」


「じゃあ、落とさないように気を付けてね」


 さらりと返される。おいおい、もっと子供を大切に扱えよと思う。


 そんな時に、談話室の外の廊下が騒がしくなる。誰かがバタバタと走る音が響き、けたたましく扉が開かれる。


 子供が山盛りになっている俺は、なんとか動かせる頭だけを動かして見ていると、今では珍しい存在になった骨メイドの姿があった。


「あれ? まだ受肉してない骨メイドなんていたのかよ…」


 そんな風に考えていると、キョロキョロと部屋の中を見渡して誰かを探していた骨メイドは俺の姿を見つけると一直線に掛けてくる。 そして、俺の側に駆け寄って何やら必死に顎骨を動かして語り掛けてくる。何言っているか俺には分からないけど…


 恐らく、今まで一人きりで作業をしていて、みんな受肉したメイドのなった事を知らずに慌てて受肉化したくて俺の所へ駆け込んできたのであろうと思っていた。


 しかし、そんな様子を見ていたミリーズが驚いた顔をして声を上げる。


「えっ!? プリンクリンが産気づいたの!?」


「えぇ!?」


 ずっと、部屋に籠りっぱなしで姿を見せていなかったプリンクリンが産気づいたと聞かされて驚き、思わず身体に乗っている子供たちを落としそうになる。


 カーバルから帰って来た時に一度部屋に会いに行ったが、それ以降は食事も骨メイドが運ぶようになり、面会に行っても骨メイドから追い出されて会う事が叶わず、その存在を忘れかけていたが、漸く産気づくとは… 本来であればティーナの後、アソシエ達の前に致しているのでずっと前に産気づいても良かった筈であるが、なんでも、お腹の胎児に魔力を注ぎ込んでいたいう話である。


 アソシエ達は予定日より一か月早く産んだが、プリンクリンは予定より3か月遅れだとは…


「ちょっと、プリンクリンの所に行くから、子供たちをどけてくれないか?」


 とりあえず、プリンクリンの所にいかなくてはならないので、この状況を何とかする為にアソシエやミリーズ、ネイシュ達に叫ぶ。


「アルフォンス、イングリット、こちらにいらっしゃい」


「ほらほら、レーベちゃんもこちらに」


「ローシュ、リーシュ」


 三人が俺の上から子供たちを取り除いていく。身軽になった俺は、ひょいとソファーから起き上がって、プリンクリンの部屋に向かって駆け出していく。


「きゃっ!」


「キング・イチロー様!?」


 一心不乱に駆け出していく俺に、廊下ですれ違う元骨メイド…現肉メイドと蟻メイドが驚いて目を丸くする。


「プリンクリン!!」


 俺は生きよく扉を開け放ちプリンクリンの部屋の中に飛び込む。


「ダーリンッ!!」


 そこにはベッドの上にプリンクリンの姿があった。凡そ四か月ぶりに見るプリンクリンは少しやつれており、顔が汗ばんでいた。


「えっ!? ちょっと! おまっ! えっ!? もう産んでしまったのか!?」


 そのプリンクリンの姿を改めてマジマジと見てみると、その腕の中には産まれたばかりの赤子がいた。


「そうよ、ダーリンと私の愛の行為の結晶よ」


 そう言って、幸せそうな笑顔で赤子に頬ずりする。って…いや、確かにそうなんだが…ここは行為の事は言わずにただ単に愛の結晶って言えよ…


「まーま」


 そんな中、プリンクリンに頬ずりされている赤子が口を開いて言葉を発する。


「きぇぇぇしゃべったぁぁぁ!!!」


 俺は驚きのあまり奇声を上げてしまう。


「ぱーぱ?」


 そんな俺に赤子が振り返ってまた、言葉を発する。


「マタシャベッタァ!!!!」


「うふふ、凄いでしょ、何もできない赤子のまま産んじゃうと危ないから、お腹の中で、魔力を注ぎ込むついでに、言葉や色々な知識を教え込んだのよ♪」


 予定日よりかなり遅れていると思ったが、予定日を伸ばしてまでそんな事をしていたのか… まぁ、他の動物は産まれてすぐに立つことができるので、人間で同じような事をやってのけたのか…よくもまぁそんな器用な事が出来た者だ…


「ほら、ダーリン、この子を抱っこしてあげて♪」


 そう言ってプリンクリンは俺に赤子を差し出してくる。


「あ、あぁ…」


 ちょっと理解が追いつかない事態ではあるが、折角産んでくれたプリンクリンの為にもプリンクリンの側に近寄って差し出された赤子を受け取る。


「ぱーぱっ!」


 本来なら産まれたばかりの赤子が父親や母親の存在など分る筈もないが、プリンクリンの子供は俺が父親であることを明確に認識して、しかも嬉しそうな顔をしてしがみ付いてくる。


「おぉ~ ちゃんと俺が誰だか分かっているみたいだな… ん? って…ちょっとこの赤ん坊… 凄くねぇか!?」


「うふふ、ダーリン、分かった?」


 プリンクリンはいたずらっぽい笑顔をする。


 別に俺は言葉を喋るとか、目が見えているとか、俺が父親である事に、再び驚いているのではなく、抱き上げた時に感じた潜在魔力量についてである。


「この子、すげー魔力量持ってんぞ? どうなってんだ? 赤子の今ですら、俺の魔力量と同等ぐらいあるぞ!?」


「ふふふ、身籠ったと分かった時からダーリンの役に立つために魔力を注ぎ込んできたからわよ」


 俺の為か… 赤子の状態で俺の魔力と同等量って事は…成長したら完全に負けてしまいそうだな… しかし、転生者である俺との子供だからってのを差し引いても、これはそんじょそこらの転生者よりも高い魔力を持った人物になるぞ?


「ダーリン、その子を気に入ってもらえた? だったらダーリンにその子の名前を決めてもらいたいんだけど…いい?」


 プリンクリンにそう頼まれて、俺は腕の中の赤子を見る。


「女の子だよな?」


「そうよ、可愛い女の子でしょ? 可愛い名前をつけてあげて」


 じっと腕の中の赤子を見ていると、赤子が俺の顔を見てにぱーっと華が開いたように笑う。こんな俺に微笑みかけてくれる子だ、力強く幸せになって欲しいな…


「…マルティナ…そうだマルティナにしようっ!!」


 そう言って、俺はマルティナと名付けた赤子を高く掲げる。


「ダーリン!! ありがとう!! いい名前だわ!!」


「ぱーぱ! ありがと! まるてぃな! わたし、まるてぃな!」


 赤子も自分の名前がマルティナになった事を分かったらしく、嬉しそうに声を上げる。


 そんな風に俺とプリンクリン、そしてマルティナが喜んでいると、けたたましく部屋の扉が開かれて、マリスティーヌが焦った顔で姿を現す。


「イチローさんっ! エルフの皆さんが産気づきましたっ!」


「えっ!? マジで…?」


 カローラ嬢は第二次ベビーブームを迎えたのであった。








 

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