第288話 イチローズ領民
俺は蟻メイドのDVDとVHSと並んで、目的地の集落へと飛行を続ける。
「遅いな…」
飛行していて地上の障害物を無視できるとはいえ、元々飛行魔法の速度は速くはない。空中に浮遊する事と、推進することを同時に行っており、また、同行する蟻メイドと速度をあわせなくてはならない。
だが、こんなにちんたら飛んでいたら間に合うものも間に合わないし、かと言って魔力全開で飛行すれば到着時に魔力が枯渇してしまう場合がある。
「DVD! VHS! 俺と腕を組め!!」
そこで俺はある事を閃いて、二人に声を掛ける。
「はい! キング・イチロー様!」
二人は即座に答えると、女の子が男とデートする時に腕を絡めるような感じで腕を組んでくる。
「いや…これも嬉しいんだが、今はそうじゃなくて、二人で俺を捕えるような感じで腕を組んで欲しいんだ」
腕に伝わる二人の胸の感触が、気持ちよくて名残惜しい気持ちはあるが、今はそんな事を言っている場合ではない。
「…こうですか? キング・イチロー様?」
二人は少し戸惑いを見せながらも、俺の腕にガッチリと組みつく。
「おう! そうだ! そんな感じだ! じゃあ今からぶっ飛ばすから、振り落とされないようにしっかり組み付いていろよ!!」
俺は二人に支えてもらって自身の浮遊魔法を切り、その分の魔力を推進力に全振りする。
「んっ!!」
突然の加速に二人は声を漏らすが、俺は御構い無しに速度を上げる。やはり、飛行魔法に置ける浮遊することの魔力負担は大きい様で、その分を推進力に回すと、ぐんぐんと速度を上げる事ができる。
「これでかなりの時間を短縮できたはずだ! 後は間に合うかどうかだが…」
速度が飛躍的に上がり到着までの時間はかなり短くなったはずであるが、それでも、カップラーメンにお湯を注いで食い終わるぐらいの時間はかかる。それまで、領民が軽はずみな行動をせずに、逃げるなり隠れて潜伏しててくれれば間に合うはずだ。
この速度を維持し続ければ… しかし、風圧で目が痛てぇ… こんど、ビアンかロレンスにゴーグルを作ってもらわないとダメだな…
俺はそんな事を考えながら飛翔を続け、だんだん、緊急連絡のあった目的地の集落に近づいてくる。
すると飛翔している進行方向に、広がる畑と集落が見えてくる。
「あれかっ!!」
目を凝らして見てみると、普通の虎より一回り大きいサーベルタイガーの様な魔獣が、中の住民を外に出す為に村の民家を壊している。
「DVD! VHS! もっと低く飛べ! 民家の屋根ぐらいの高さだ!!」
「分かりました!! キング・イチロー様!!!」
二人は俺の指示に即座に従い、鳥が飛ぶ高さから、民家の屋根ぐらいの高さに高度を落とす。
「ヴォォォォォォォ!!!!」
その間にも魔獣は咆哮を挙げながら、民家を破壊するために攻撃を加え、そしてその巨体を使って浴びせ倒しをして、民家を倒壊させる。
「あぁ!! 家が!!!」
「おねぇちゃーんっ!!!」
その倒壊する民家から、年頃の娘とその妹と思われる幼女が飛び出して、家の外に転がり出てくる。
「ヤベェ!! 家が壊されて、中の女がっ!」
娘と幼女の二人の絶体絶命の状況に俺は冷や汗が流れる。
「DVD! VHS! 俺が合図したら二人して、一気に俺を放してくれ!!」
「分かりましたっ!! キング・イチロー様っ!!」
そして、魔獣におびえて二人の瞳孔が開くが見える距離まで近づく!
「今だ!!!」
蟻メイドは機転を聞かせて、返答する前に俺の指示通りに俺を手放す。
俺はそのまま飛翔の惰性で、まるで弾丸のような速度で魔獣目掛けて飛び続け、その一瞬の間に俺は開放された手を剣の柄に掛ける。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
飛翔の速度の惰性と、俺の身体を捻った回転切りの威力、そして、居合抜きの瞬発力の三つかが重なって、今にも二人の姉妹にその剣のような牙を立てようとしていた魔獣の前の横切る。
そして一瞬、時が止まったかのような沈黙が訪れるが、止まっていた時間がゆっくりと始まる様に、魔獣の巨体が傾き始める。いや、正確には、二人の姉妹に襲い掛かる為、立ち上がっていた魔獣の上半身が、俺の一閃で切り離され、下半身からゆっくりと滑り落ちていったのだ。
ズシン…
魔獣の大きな上半身が、大きな音を立てて地面に崩れ落ちる。
俺は、剣をまるで、木の小枝でも振るうように軽々と、ヒュンヒュンと風切り音をならしながら、血糊を振り払い、最後に決めるようにカチャリと小さな音を立てて剣を鞘に納める。
そして、バサリと純白のマントを翻し、二人の姉妹を安心させるため、イケメン爽やかキラキラ王子様フェイスで微笑を浮かべながらゆっくりと姉妹に近づく。
まるで、おとぎ話の主人公か、もしくは絵画から抜け出たような、美しい俺の姿に、二人の姉妹は目を皿の様に見開き、口を大きく開けたまま、息をするのも忘れたように俺に見惚れている。
「大丈夫ですか…お嬢さんたち…」
そんな二人に俺は乙女ゲームのスチルのように、あまあま絶世のイケメン微笑を浮かべながら手をさし伸ばす。
「あっ… あっ! はいっ!!」
そんな俺から手を差し伸べられたのが自分だと分かった姉妹の姉は、夢から覚めたように気を取り戻し、慌てながら返事をする。
フフフ…我ながら俺の美しさは田舎娘には少々刺激が強すぎたようだな…
そこに、DVDとVHSの二人が、俺の側に降り立つ。
「DVDとVHSか… お前たちは残敵がいないか集落の中を回り、即座に掃討してここの安全を確保しろ!」
「はっ! 了解いたしました!!」
二人は、殿様につく忍びの様にさっと飛び去って、集落の中の残敵を捜索し始める。
「あ、あの…」
突然の状況に困惑していた娘は、ようやく落ち着いてきたのか、俺に声を掛けてくる。
「なんですか…お嬢さん…」
あまあまヴォイスで返す俺に、娘は赤面しながら、恥ずかしそうに視線を下げる。
「さっ、先程は私たち姉妹の命をすくって頂き、あっありがとうございますっ!」
「ふっ、人として…当然の事をしたまでだよ…」
さらりと髪をかき上げながら答える。
いいぞ、いいぞ~ 今の俺は決まっている!
「よっ よろしければ… 貴方様のお名前をお聞かせいただけるでしょうかっ?」
礼を述べて頭を下げたままであった娘は、俺の美しさの前に緊張しているのか、たどたどしい口調で、下げた頭で、前髪の間から俺を覗き見るように尋ねてくる。
「あぁ…これは自己紹介が遅れて申し訳ございません、お嬢さん…私の名はイチロー… アシヤ・イチローと申します… いや、ここではイチロー・ロピア・アシヤと告げた方がよろしいですかな」
さらりと男爵位である事を示すロピアをつけて自己紹介をする。
「えっ!? アシヤ・イチロー様!? もしかしてあの英雄のアシヤ・イチロー様ですかっ!!? しかも貴族であるロピアまで名乗っておられるとは!!」
二人の姉妹は姉も妹も、まるで一般人が、初めてテレビにでるアイドルにでも偶然遭遇したように驚きの顔をして声をあげる。
そして、俺の姿を確認して、紛れもなく俺がイケメン英雄貴公子のアシヤ・イチローだと分かると、顔を高揚させて瞳を潤ませながら見つめてくる。
グフフ、これは完全に堕ちたな… だが、ここですぐ手を出してはいけない…
サビキ釣りと一緒で掛かってすぐに引き上げてしまっては、一匹しか釣り上げる事ができないが、暫く待っていたら、魚群が寄ってきて、次々と魚が餌にかかって一度に大漁に釣り上げる事ができる…
俺がそんな下心を顔に出さないようにして考えていると、遅れて出発してきた後発隊が畑の向こう側から馬車を使ってやってくる。
「イチロー殿! ご無事ですか!!」
珍しい物で、マグナブリルが御者台で立ち上がりながら、声を掛けてくる。
「あぁ! 俺は無事だ! それよりも集落の怪我人の治療に当たってもらえないか!? それと、物資を人々に分け与えてやって欲しい!!」
「分かりました! イチロー殿!」
こうして、この集落の支援がはじまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
後の世にこの領地でこの様な話が広まった。
その日、私はまるで夢でも見ている様な気分でした…
魔族戦争で両親と住む場所を失い、逃れてきたこの地で、私たち姉妹は再び魔族に襲われ、今度は私たち二人が命を落とすところでした…
しかし、その時!
空から、純白の貴公子が、まるで流れ星か彗星のように颯爽と現れて、
あの恐ろしい魔物を瞬きする暇もなく一瞬で葬り、私たち二人を救って下さいました…
その御方のお顔は甘くて爽やかで、こんな素晴らしい御方に救ってもらえるこの領地は
きっと特別な領地なのだと感じました。
今では、私もこの地の正式な領民、領主はもちろんアシヤ・イチロー様
あの御方もまた特別な領主様なのです。
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