第286話 ディート工業

「と言う訳で、皆様方には空いた時間に蟻メイドに授業を行うようにお願いします。参考資料や関連書籍に関しては、イアピースの孤児院で使用していたものを用意いたしましたので、そちらをお使いください」


 アソシエ達は目の前に運ばれた本の山に手を伸ばし、自分が教える事が出来そうな科目の本を手に取っていく。


「これで教会と学校の事案は蹴りがつきましたな、最後に各地を視察している文官たちの報告をしたのですが」


「もう、領内の視察して回ってくれているのか、それでどんな感じなんだ?」


 やらなきゃいけないなとボンヤリと頭の隅で考えている事を、実行してくれているので助かる。


「はい、スラム化や野盗の群れと化しているのではないか心配しておりましたが、思った以上に治安が保たれており、民心も安定しておりました。ただ、最初に役人姿の文官を見た時には、この地から追い出されるのではないかと心配していたそうです」


「意外だな、俺も野盗の群れに毛の生えたようなものだと思っていたが、それだとこの辺りの村人と変わりないな。この城周辺は元々王族が住んでいたから、比較的マシな村人がいるのも分かるが、離れた場所でも同じとはどうしてなんだ?」


「どうもここに流れてきている流民は魔族戦争で家を焼かれ、そして畑を荒らされて使い物にならなくなった者たちのようですな、その時に一緒に焼け出されて野盗になり下がった者たちは、こんな辺境にくるよりも街の近辺にねぐら作ったそうです」


 なるほど、俺が野盗になったとしても同じことをするな。こんな何もない田舎に逃げ込むよりかは、街の周辺で商人の馬車を狙う方が効率が良い。


「後、それらの話を聞き取りしていた時に、他の噂もありまして、この領内でも、時々ちらほらと魔族の者を見かけるそうです」


「ん? それはマジか?」


 魔族という聞き捨てならない言葉に反応して問い質す。


「はい、今はまだ人的被害は出ていないそうですが、森で採取をしている時にちらほらと低級の魔獣や魔族を見かけるそうです」


「となると…人的被害が出る前に何か手を打った方が良さそうだな…」


「かと言って、こちらの人材が乏しい現状では、すぐさま効果的な手段を見つける事はむずかしいですな」


「…とりあえず、俺に預けておいてくれ、何か考えておく…」


 そんな訳で、午前中の会議が終わり皆解散となった。席を立って、それぞれ自分の居場所へ戻っていく中、俺はこっそりとディートを呼び止める。


「おい、ディート、ちょっといいか?」


「はい、イチロー兄さん、先程の魔族遭遇時に置ける人的被害の回避方法の相談ですね?」


「おっ、おぅ… そうだ…」


 実は、骨メイドディート工業ラブドール化計画の進捗を聞き出そうとしたのだが、『まだ恭順していない領民の生命を第一に思い、その対策を考えるイチロー兄さんは流石です!』略して『さすおに』って感じに尊敬の眼差しを送ってくるので、俺はとりあえず頷く。


「その件に関しては、錬金素材で丁度いい物があるんですよっ!」


「とりあえず、廊下で話すのはなんだし、ディートの部屋で聞かせてもらおうか」


 鼻息を荒くするディートに部屋で話をするように促す。ディートの部屋まで行けば、自然な流れでラブドールの話をする事ができるだろう。




「では、先程の話の続きをしますね」


 ディートは部屋に到着するなり、収納魔法から、二つの魔石を取り出す。


「なんだ? それは」


「これはエクス・ガレリキュラータという鳥の魔石でして面白い性質があるんです。この鳥は生涯伴侶を変える事がないそうなのですが、その生態が魔石にも影響していて、非常に興味深い現象が起きるんですよ」


 そう言ってディートは二つの魔石をそれぞれ片手で摘まんで俺の前に見せつける。そして、魔石をつまんでいる片方の手の力を込めて、一つを潰してしまう。


 すると、全く力を込めていなかったもう片方の魔石もパキンッ!と割れて崩れ去ってしまう。


「あっ」


「どうです? 面白い性質でしょ? この性質は例えどれだけ距離を離しても反応するんですよ。これを各地の集落の人に持たせて、緊急事態に割ってもらえれば、すぐさま救助に駆けつける事が出来ます」


 ディートは砕けた破片を掃除しながら説明する。


「なるほど、今回の件におあつらえ向きの代物だな、しかし、珍しい性質の魔石だから集めるのが大変じゃないか?」


「いえ、そんな事はありませんよ、この魔石の持ち主の鳥は、その肉も美味で有名で、大量繁殖させて飼育されていますから、簡単に手に入れる事ができますね、それこそ、繁殖地の所へ行けば、カップルや夫婦向けのお土産品として売られていますよ」


「おっおぅ…そうなのか…」


 最初のファンタジーでロマンティックな印象から、一気に観光地の土産物屋で売られている怪しげな代物にランクダウンだ…


「まぁ…治安の件は…それでなんとかなりそうだが… 例の件はどうなんだ?」


 俺はそう言いながら、ディートの作業机の上に置かれている、実験用の肉っぽい物がついた骨をチラ見する。


「例の件? …あぁ、ヤヨイさんの受肉化計画ですね」


 最初は何の事か分からなかったディートであったが、俺の視線を追っていき、作業机の上の物に気が付いたので、理解したようだ。


「で、どうなんだ?」


 俺が少し詰め寄って尋ねると、ディートは表情を曇らせる。


「あまり…上手く行ってないですね…」


「ん? どうしてだ? この見本の物を見れば上手く行ってるように見えるけど?」


 そう言って作業机の上にある前腕と手のついた見本を手にとって眺める。これをいきなり投げ渡されたら人間の生腕だと思って驚くぐらいには精巧に作られている。


「見ただけなら上手くできているように見えますが、触って見ると、まるでスライムが擬態しているような感触なんですよ… それと指の様に小さい部分では分かりづらいですが、肘関節や膝関節などの大きな関節部分では、曲げ伸ばしした時の皮膚の感じが違和感を覚えるほどに破綻しているんです…」


 ディートがそう言うので、見本の腕を強めに握って見ると、確かに握った指が沈み込んでいき、スライムというかこんにゃくでも握っている様な感触である。また、指の関節を伸ばしたり、曲げたりしてその状況を確認してみると、曲げた時に余った肉が変に飛び出てくる。確かにこれでは指を曲げるというよりか、ソーセージを無理矢理曲げている様な感じに近いだろう。


「なるほど…確かに掴んでみたり、曲げてみたら違和感を感じるが、見た目的には十分及第点に達していると思うぞ?」


「それではダメなんですよ… 人の生を謳歌することが出来なかったヤヨイさんの為には、妥協は許されませんっ!!」


 悔しそうに拳を握り締めて項垂れる。どうもディートのA型魂に火が点いたようだ… 


「うーん、そうだな… 俺は錬金術について詳しくないから素材についての助言はできんが、もっと人間の構造を踏まえたうえで作って見たらどうだ?」


「具体的にはどの様な事ですか?」


 項垂れていた顔をあげて俺を見る。


「そうだな、先ず、人間の構造は骨、筋肉、皮下脂肪、皮膚になっている。それぞれの特徴に会わせて素材の性質を変えてみたらどうだ?」


「あっ、そうですね… 粘土で食器を作る時の様に、一回で成形しようと思ったのがダメでしたね…」


 ディートは俺の言葉に頭をフル回転させて新しい構造を考える。


「あと、関節の破綻だが、恐らく関節部分を成形する時に関節を伸ばした状態で作っただろ? それで想定以上に肉がはみ出してしまうと思うぞ、人間の自然な状態は、関節を伸ばした立った状態ではなく、こんな感じに、胎児のようなポーズが自然なんだ」


 そう言って、膝を曲げ、腕をゆったりとさせたハンドルを握るボーズをとる。


「なるほど!! それなら関節が破綻しませんねっ! これでヤヨイさんを元の姿に戻すことができますよっ!!」


 ディートは善意に満ち溢れた瞳で声を上げる。


 すまんな…ディートよ… 元々は祭りで一般人を恐れさせない為、人間の姿に擬装するのが始まりで、ディートを説得したのはヤヨイの為ではあるが…


 でも、俺のモチベーションと動機の大半はエロ目的なんだ…


 俺は心の奥底でディートに謝りつつも、研究を励ましたのであった。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る