第285話 教会設立の話

「イチロー殿、浴場と、牧場の柵、家畜小屋の建設が終わりましたので、次は教会の建築に取り掛かろうと思います。また、祭りが終わった後で、未就学児の数を見て学校の建築にも取り掛かろうかと」


 朝の執務の時間が始まると、マグナブリルがそんな提案をしてくる。


「なるほど、それで今日はいつものカローラだけではなく、アソシエやミリーズ、ネイシュ、おまけにディートとマリスティーヌまで同席しているのか」


 執務席に座る俺の正面のソファーにアソシエ、ミリーズ、ネイシュが並んで座り、両端の一人崖の椅子にはそれぞれディートとマリスティーヌが腰を降ろしている。ちなみ、カローラは俺の机の隣にちゃっかりと、秘書席を準備させて、さも当然の様な顔をして座っている。だが、俺の机が法案や財務状況の書類や、関連書籍が積み上げられているのとは異なり、カローラの机の上は、ゲームのカードやその情報紙が散らばっている。まんま、親の仕事場についてきて仕事ごっこをする子供状態である。実際の年齢はもっと言ってるはずなのに何やってんだよ、カローラ…


「で、皆で学校の先生をやって、その中でミリーズが教会の司祭をするって訳か?」


 俺はとなりのカローラの存在を無視して尋ねる。


「確かに皆さまには教師をしてもらいますが、正確には少し異なります」


 マグナブリルがそう返してくる。


「異なるってどう違うんだ?」


「正確には皆様に蟻族の教育をしてもらい、その上で、領民に対しては、蟻族たちが教師になってもらいます」


「確かに蟻族の皆は思覚えも良いし、情報も共有できるからすぐに教師になるだけの知識を身に着けられると思うが、どうしてそんな遠回りな事をするんだ?」


 確かに蟻族の連中は優秀だ。特に手元で部下として使っていると、その使い勝手の良さから良く分かる。というか、最近では普通に人類よりかなり優秀な存在じゃないかとマジで思う。ぶっちゃけ、ハニバルで共に戦ったサイリスの様に、頭の片隅で、生物の頂点に立つのは人類ではなく蟻族の方が、平和で繁栄をもたらせるのではないかと思うぐらいだ。


 そんな事をボンヤリと考えているとマグナブリルが説明を始める。


「まず、お三方はここでの重要人物です。今後領民になるとはいえ、素生の分からぬ者たちの前に、おいそれと出す訳には行きません」


「あぁ、治安上の問題か」


「はい、それともう一つ理由があります。この領地は広いので、希望者全員に就学させるとなると、遠方の者はとても通学して就学するのは不可能です。かといって寮制度にすると、児童を働き手の頭数に入れている親が反対することになります」


 確かに就職するまで全く働かない現代日本の子供たちとは違って、ここ異世界の子供たちは、家事手伝いや仕事の手伝いは当たり前だからな、そんな子供たちを勉強だけで時間を拘束するわけには行かない。


「では、後々は各集落に学校を作って、蟻族を教師として派遣するわけか?」


「はい、蟻族の方でしたら、飛行することが可能なので、児童をここまで通学させるのではなく、こちらから通勤することで、領民の負担を減らすことが出来るでしょう」


 最初、蟻族を派遣してあちらに住まわせるのかと心配したが、日帰り通勤なら安心した。出来ればアイツらは手元に置いときたいからな。


「じゃあ、そのうちに各地に教会も作って、そこの司祭の仕事もさせるのか?」


 すると、マグナブリルが少し難しい顔をして、チラリと側に控えるアルファーの顔を見る。


「それも考えたのですが、蟻族の方々は、我々、人間とは異なって独特な生態をお持ちの様ですから、勉学の為の知識なら吸収するのも容易いと思われますが、宗教の信仰となると神概念や信仰をお持ちになられるのかと…」


 すると、話が持ち出されて、皆の注目を浴びるアルファーが軽く会釈をしてから声を上げる。


「発言よろしいでしょうか?」


「どうぞ」


 アルファーとマグナブリルがそう受け答えする。なんだ俺の知らない間にアルファーがマグナブリルに教育指導されているようだな… メイドの所作が身についてきている。


「私たち蟻族は、マグナブリル様が仰ったように、知識の吸収に関しては、人間を凌駕するでしょう、しかし、宗教の信仰に関しては、現実主義者の我々には、夢想主義の人間が縋りつくために作り出した宗教や神を信仰することは不可能でしょう。我々は神に頼らず自分の力で問題を解決していきますから。ただ、知識として身に着ける事ができますので、あたかも宗教や神を信仰している様に振舞う事はできます」 


 夢想主義の人間が縋りつくために作り出した宗教? アルファーというか蟻族は、随分と辛辣な言い方をするな…


 アルファーの言葉に内心ビクビクとしながら、その宗教の教会で育ち聖女まで上り詰めたミリーズを見る。すると、ミリーズは普段と変わらない笑顔で佇んでいる。ミリーズは幼いころから教会で育てられたためか、怒りを露わにすることがない。信者に怒る顔を見せない為だ。だから、笑顔で佇んでいる今も、内心では冬の北国の海の様に荒れ狂っているかもしれない…


「まぁ…」


 そんななか、ミリーズが口を開く。


「神は崇めるものであって、縋るものではありませんね…」


 聖女であるミリーズの口から思わぬ言葉が飛び出してくる。


「えっ? その言い方だとアルファーの考え方に同意を示す様に聞こえるけど…」


 俺はビクビクしながらミリーズに尋ねる。


「教会のトップの大司教様たちがどの様にお考えなのかは知りませんが、私個人としてはそうですね、例えば、治療薬を買うお金が十分あるのに、ニヤニヤしながら治療してくれというものと、お金も手段もなく病に苦しむものがいれば、当然、後者の方を先に治療しますよね?」


「確かにそうだな」


「そう言う事です、最初から神に縋って依存するようでは困りますね。私はそう思います」


「これは驚きました、宗教に関しては敏感で繊細な事項なので、私の様な者が引き受ける訳にはいかないと思って、先程のように申し上げたのですが、聖女であるミリーズ様も私と同等の現実主義者だったのですね」


 ミリーズの言葉に、アルファーが少し驚いた仕草でそう語る。


「そうですね、私自身、信者であっても狂信者にはなるつもりはありませんから」


 ミリーズは笑顔で返す。


「では、ミリーズ様、蟻族の者が各地で宗教行為をすることを容認するという事ですかな?」


 そんなミリーズに今度はマグナブリルが尋ねる。


「まぁ、私たち自身が、神に縋らない信者としての姿勢を保っていても、相手側の信者がどのような方か分からないので、私がアルファーさんたちの様子を見て、許可を出すまでは待って欲しいですね」


「勿論、当然です。それと、この地に立てる教会は、この領地の総本山として、ミリーズ様にその総司教を勤めて頂きたいのですが、そちらも了承してもらえますかな?」


 マグナブリルがそうお願いすると、以外にもミリーズは、困った顔をし始める。


「総司教については別の方にお願いして、私自身は相談役の立場につきたいのですが…」


「別の者に? それは一体どなたで、その理由もお聞かせ願えますか?」


 マグナブリルはミリーズの反応に少々驚きながら尋ねる。


「それは…」


 ミリーズは部屋の中にいるある人物を見つめる。


「えっ!? 私ですかっ!?」


 ミリーズにじっと見つめられたマリスティーヌが驚きの声を上げる。


「えぇ、そうよ、マリスティーヌ、貴方よ」


「理由をお聞かせ願えますか? ミリーズ様」


 マグナブリルに尋ねられたミリーズは静かに理由を語り出す。


「レヴェナント様は理不尽に人間社会から追放された後でも、陰ながら人々をすくっておられて、もっと正当に評価されるべき御方でした。でも、そのレヴェナント様はもうこの世にはいません… だから、レヴェナント様の遺児と言っても差支えの無いマリスティーヌがその役目を引き継ぐべきです」


 その言葉に今まで状況を無言で状況を見守っていたアソシエが、ミリーズに詰め寄って声を上げる。


「ちょっと、ミリーズ! いくらなんでも、まだ子供のマリスティーヌちゃんに総司教をさせるなんで無理よっ!」


「大丈夫ですよ、その為に私が相談役になって、マリスティーヌを支えるつもりですから」


 ミリーズはサラリと笑顔で言ってのける。


「でも、ずっと側に付き添って見守り続ける訳には行かないし、信者に舐められるわよ」


「えっと、その点に関しては大丈夫だ…」


 俺はアソシエの言葉に声を上げる。


「どういうこと? イチロー」


 アソシエは怪訝な顔をして、こちらを見る。


「カーバルでの話だが、マリスティーヌにちょっかいを掛ける男がいてな、それで怒ったマリスティーヌがその男をぶったんだが、男は『デュフフ… 我々にとってはご褒美です…』と言い始めてな」


「ほら、やっぱり舐められているじゃないのっ!」


 アソシエが語尾に被せるように声を上げる。


「いやいや、話をちゃんと最後まで聞けよアソシエ、その言葉に切れたマリスティーヌがその押し倒して馬乗りになって顔面を殴り続けたんだ…」


「それで…殺したの?」


 アソシエが眉を顰める。


「まさか、回復呪文を使い続けながら殴り続けたんだ、だから、男は途中で失神する事も出来ず、永遠に続くような苦痛を受け続け、最後には『どの業界でも拷問なので…許してください…デュフ…』と泣きながら懇願し始めたんだ…」


「えぇぇぇ~」


「私としては、その次に回復呪文を掛けながらエンドレス骨折をしてやるつもりだったんですけどね」


 顔を顰めるアソシエとは対照的に、マリスティーヌは飄々とした顔で言ってのける。


「私も回復呪文が沢山使えたらその方法やってみたい… 拷問としては効率がいい…」


 ネイシュがポツリと呟く。


「と言う訳で、マリスティーヌを舐めると大変な事になる。俺としては舐められる事よりも、ガサツな所が心配だな…」


「ふふふ、そこは私が手綱を握るから大丈夫よ」


 先程の緊迫した雰囲気とは打って変わって、ミリーズが愛嬌のある笑顔をつくる。


「では、教会の件に関しては、ミリーズ様とマリスティーヌ嬢にお任せいたしますので、お願いできますか?」


 マグナブリルは今までの話を聞いて納得した顔で尋ねる。


「マリスティーヌちゃん、いい?」


 ミリーズは少し真剣な顔で、確認するようにマリスティーヌに尋ねる。


「…私は…私自身の事よりも、私を育て上げてくれた師匠のレヴェナント様の為にも頑張りたいですっ!」


 マリスティーヌは決意を秘めた瞳で答える。


「では、お願いするわねマリスティーヌ司教様」


「頑張りますっ!」


 こうしてマリスティーヌが総司教を務める事となった。

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