第280話 土器と陶器
「結構、簡単に粘土を集める事が出来やしたね、旦那」
「そうだな、マリスティーヌのお陰で一発で粘土のある場所を引き当てる事が出来たな、さすが元野生児だ」
城に戻る途中、話しかけてきたカズオにそう返す。
カズオと話した通り、粘土集めに関しては、マリスティーヌがいたお陰で、難なく簡単に手に入れる事が出来た。最初は森の中をドンドンと猿の様に進んでいくマリスティーヌを信じられなかったが、マリスティーヌが示した場所を掘っていると、一回シャベルで掘っただけで粘土質の土が出てきたときは、ここ掘れワンワンの爺さんの気分であった。アイツ、粘土をかぎ分ける嗅覚でも持っているのであろうか…
そんな感じに粘土のある場所を見つけ出せた俺たちは、俺とカズオで粘土を掘り出し、マリスティーヌとディートの収納魔法で粘土質の土を納めて帰って来た訳である。
粘土を簡単に手に入れた俺達であったが、ちょっと不安要素もあった。
「なぁ、マリスティーヌ」
「なんですか? イチローさん、今日はご褒美にかつ丼って事ですか?」
マリスティーヌは目をキラキラとさせて期待しながら御者台の所に身を乗り出してくる。
「かつ丼の事までは考えてなかったが、ご褒美としてお前の今日の夕食はかつ丼にしてもらうか、それよりも今日手に入れた粘土なんだが、砂利や小石が多くなかったか? あれで、ちゃんとした陶器がつくれるのか?」
「あれはあのままでは作れませんよ、ちゃんと処理をしないと」
「処理ってなんだ?」
心配だったが、ちゃんとしたやり方を知っている様だ。
「ちょっと待って下さい、皆さんが作業中にかつ友のコゼットちゃんに頼んで作ってもらったものをお見せしますから」
そう言ってマリスティーヌは収納魔法から、大人の拳二つ分の土の塊を取り出す。
「これが処理をしてもらったものです。ちゃんとした粘土でしょ?」
差し出された土の固まりを触って見ると、むにゅっとした感触が、現代日本の文具売り場で売っている粘土そのものの感触であった。
「おっ!? マジで粘土だ、これどうやって処理したんだ?」
「水に浸しながら踏みつけるんですよ、そうしたらちゃんと粘土とそれ以外を分離出来て、陶器にしやすい状態になるんです」
なるほど、そんな処理をするのか…しかし、俺にはまだもう一つ不安があった。
「後今更聞くのもなんだが、マリスティーヌ、お前が作っていたのはちゃんとした『陶器』だよな? 『土器』ってことはないよな?」
「えっ? 『陶器』と『土器』って、違いがあるんですか?」
マリスティーヌ、俺の言葉にキョトンとした顔で聞いてくる。
『陶器』と『土器』、付け加えるならば『磁器』には大きな違いがある。粘土を整形して焚火などでただ焼いただけの物は『土器』である。『土器』とそれ以外の物の区別は簡単で、中に水を入れて漏れてくるのが『土器』だ。『土器』は水気のある物を入れるのにはまったく適さない。というか食器には適さないのだ。
どうやらマリスティーヌの反応を見る限り、あまり期待は出来なさそうだ。
「イチロー兄さんが心配されている事なら大丈夫だと思いますよ」
今度はディートが御者台に身を乗り出してくる。
「大丈夫って?」
「恐らく、水が漏れる土器になるのでは心配されているんですよね? それなら大丈夫ですよ、僕はカーバルで錬金術を専攻していましたから、薬品を保存する容器についてもある程度は詳しいんですよ」
「マジか?」
杞憂していた俺に希望の光がもたらされる。
「えぇ、水が漏れないようにする為の釉薬の作り方や、容器の表面がガラス化する温度の事もある程度わかりますから、大丈夫ですよ」
「それは助かるな、下手すれば骨折り損になるところだったからな」
「まぁ、陶器や魔法薬の容器の製造方法については、その職業につくものにとって秘伝中の秘伝ですからね、僕も開発には苦労しましたよ」
なるほど、個人で作り方を秘匿しているから、この世界ではまだ陶器が値の張る物になっていたのか…
そんな話をしているうちに、夕方前には城が見える場所まで帰り着く事ができ、そして、たまたま畑仕事が早めに終わったシュリと鉢合わせる。
「あるじ様も今帰られたところか」
「シュリもお疲れ様、シュリも今仕事が終わった所なんだな」
「そうじゃ、だから今日は早めに風呂に入ってコーヒー牛乳を飲もうと思ってな」
俺とシュリがそんな会話をしていると、再びマリスティーヌが身を乗り出してきて、シュリに声を掛ける。
「シュリさん! お風呂に入るのは少し待って下さい」
「なんでじゃ? マリスティーヌ」
理由が分からないシュリは首を傾げる。
「ちょっと、やって頂きたい事があるですよ、お風呂に入った後では身体が汚れるのでその前にと思いまして」
「…汚れ仕事というわけじゃな? まぁ、既に畑仕事で汚れておるからいいか、で、わらわは何をどうすればいいのじゃ?」
「一先ず、ドラゴンの姿になってもらえますか?」
「ドラゴンの姿じゃと? ドラゴンの姿になって何をすればいいのじゃ?」
シュリがマリスティーヌにそう尋ね返すと、マリスティーヌは場所を探す様に辺りをキョロキョロと見渡して、ある一か所を指差す。
「水場のあるシュリさんの家庭菜園のあの辺りに穴を掘って貰えますか?」
マリスティーヌの言葉に、シュリはドラゴン姿になって指示された場所に穴を掘り始める。
「これぐらいの穴で良いか? マリスティーヌよ」
「えぇ、大丈夫です! 後は周りを踏み固めて、ある程度水が流れ込むようにしておいてくださいっ!」
なるほど、何をするのか様子を伺っていると、どうやらコゼットちゃんにさせていた粘土の処理をドラゴンのシュリにさせるようである。確かに量が多いのでシュリにさせた方が早いな。
「マリスティーヌよ、これで良いか?」
「大丈夫ですっ! ありがとうございますっ!シュリさん! じゃあ、粘土を穴に入れていきますよ」
そう言ってマリスティーヌが穴に収納魔法から粘土を流し込んでいき、事情を察したディートも粘土を流し込んでいく。
「なんじゃ? マリスティーヌ、その土は?」
「シュリさん、これは粘土ですよ、パン生地をこねるような感じで踏み均して貰えますか?」
シュリがマリスティーヌの指示に従い、足で粘土をこね始める。次第に、シュリもなんとなく、自分のやっている事の意味を理解し始め、足でこねたり、手でこねたりして、粘土を均していく。本人は真剣にその作業をおこなっているのだが、傍目に見ている側としては、なんだかドラゴンが泥遊びをしている様で、ちょっとおかしい。
「なんじゃ…あるじ様、わらわが粘土をこねているのがそんなにおかしいか?」
口元がニヤつき始めた俺の察して、シュリがジロリと睨んでくる。
「いや、ちょっとな…まぁ、後で髪洗ってやるから、一緒に風呂でも入るか?」
そんな感じに、泥だらけになったシュリを洗ってやり、食器づくりの一日目が終わったのであった。
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