第279話 木製がダメなら陶器で作ればいいじゃない

「イチローさんっ! もう日はあんなに高く昇ってますよっ! 早く行きましょうっ!!」


 俺の姿を見たマリスティーヌはちょっと嬉しそうなドヤ顔をして声を掛けてくる。


「仕方ないだろ… これでも朝の事務仕事を手早く終わらせてきたんだぞ」


 マリスティーヌにそう答えながら荷馬車の荷台を見ると、今日のメンバーがすでに荷台で待機している様だ。今日のメンバーは、マリスティーヌを筆頭にカズオ、ディート(withルイーズ)、コゼットちゃん、そして俺だ。


「ディート、ルイーズは置いてきた方がいいんじゃないのか?」


 最近、ルイーズを背負う姿が板に付いてきたディートに声を掛ける。


「それが、降ろそうとするとルイーズちゃんがむずがるもので…だから、今日の僕は完全に収納魔法での運搬係りに徹します。申し訳ございません」


 ディートはそう言ってぺこりと頭を下げる。


「いや、構わんよ、逆に頭脳労働担当のディートを樽か麻袋代わりに使ってすまんな」


 そう言って、今度は視線をマリスティーヌとコゼットちゃんに向ける。


「流石に今日行く場所にコゼットちゃんを連れていくのは危なくないか?」


 俺は心配してコゼットちゃんと仲良く腰を降ろすマリスティーヌに声を掛ける。


「大丈夫ですっ! イチローさんっ! かつ友はちゃんと私が守りますよっ!」


「マリスティーヌお姉ちゃんっ! 頼もしいっ!」


 鼻息を荒くしてぐっと拳を握り締めるマリスティーヌに、コゼットちゃんはパチパチと拍手を叩いて声を上げる。


「まぁ、今日は俺もいるし、マリスティーヌがそこまでいうのならいいだろう」


 しかし、コゼットちゃんを男の名前の様な『かつ友』と言うのは止めて欲しいな…


 そんな事を考えながら、御者台に座り、手綱を握る。


「それで、どっちの方角に行けばいいんだ?」


「山です! しかも川が流れていて谷になっている場所がいいですね、後は大きな木が生えていない所がいいです」


 そう言って、マリスティーヌは山の方角を指差す。


「分かった、じゃあ馬車を走らせるぞ」


 そうして、俺は馬車をマリスティーヌが示した方角へと進めていく。




 さて、どうしてこの様な事になっているのかを説明すると、話は昨晩の祭りの宴の準備の話に戻る。


「カズオ、食器が足りないって、この城にある分じゃ足りないのか?」


「それでも足りやせんし、そもそもこの城の食器はですね… やんごとなき方々使う為のものでして…」


 カズオは言い難そうな顔をする。


「イチロー様、つまりカズオは盗まれる可能性があるから、ここの食器は使いたくないって言いたいんだと思います」


 カローラがカズオの口しずらい事を補足説明する。


「あっ…なるほど、そうだったな…」


 現代日本での感覚が今でも残る俺にとっては、食器なんて、それこそ100均でもそこそこ良い物が買える環境であったが、この異世界にとっては、100均レベルの代物でも高級品なのである。

 しかも、この城にある食器は王族が使っていたものなので、皿一枚でも一般庶民からすれば、家族が一年は余裕で過ごせる金額になるであろう。


 しかし、こういう状況に直面すると、現代日本での生活がいかに恵まれていたのかが分かる。陶器の食器も100均で帰るし、使い捨てができる紙皿も100均で買う事ができる。だが、異世界では100均で済ませられる事を頭を捻って考えなければならないのである。


「ロレンスに頼んで木製の皿を作ってもらうとかはどうだ?」


 木製の食器なら、一般庶民でも普通に使っているし、盗まれる可能性もないであろう。


「いや~ それは無理だと思いやすし、ロレンスさんに酷だとおもいやすよ」


「どういう事だ?」


「温室の建設も終わってないのに、旦那が家畜を買ってきたもんで、今は寝る間も惜しんで、家畜小屋の建築や、飼料を納めるサイロの建築もなさっているんで、とてもじゃないですが食器を作る余裕はありやせんよ…」


 俺の計画性の無い思い付きの行動で、ロレンスに迷惑をかけちまったな… 今度、いい酒でも飲ませてやろう。


「となると、買って来るしかないか…」


「イチロー様、それも難しいと思いますよ、100人単位の食器を買うとなるとお金もかかりますし、そもそも、消耗品じゃありやせんから店もそんな在庫を抱えていると思えないでやすね」


 確かにカローラの言う通り、100人単位じゃ、現代の100均でも大変そうだな…


「買えないのなら作ってしまえばいいんですよ」


 そんな声が突然響く。誰かと思って声の響いた方角を見てみると、厨房に口をモグモグさせたマリスティーヌの姿があった。


「マリスティーヌの嬢ちゃん、また摘み食いでやすかい?」


「ちょっと小腹が空いて眠れないもので、ソーセージ一本だけなので許してください」


 カズオの言葉にマリスティーヌはソーセージを齧りながら答える。全然反省してないし、カズオの言い方だとちょくちょく摘み食いをしているようだな。


「それより、マリスティーヌ、ちゃんと話を聞いていたのか? ロレンスが忙しくて食器を作ってもらう事が出来ないから買おうって話になってんだぞ?」


「私が言っているのは木製の事ではありませんよ、粘土で陶器を作ろうって言ってるんですよ」


「作ろうって、そんな簡単に作れるものなのか?」


「えぇ、以前森で過ごしていた時は、食べ物を保管するためには陶器は必需品でしたからね、良く作ってましたよ」


 マリスティーヌはサラリと答える。


「でも、粘土ってそんな簡単に手に入るものなのか?」


「粘土なんてちゃんと場所を見定めればいくらでも手に入りますよ」


「確かにあっし自身は作った事がありやせんでしたが、仲間の中にポンポンと作っている奴がいやしたね」


 カズオがそう答える。


「イチロー様、どうせハニバルいる蟻族がここにきたら食器は必要なんですから、この歳ためしてみたらどうですか?」


「そうだな… 別に売り物にするような工芸品レベルのものを作るって訳でもないし、とりあえずは祭りの宴で使えるレベルであれば出来るかもしれんな…試してみるか…」


「なら、私が粘土がある場所を教えますね」


「じゃあ、頼んだぞ、マリスティーヌ」


 こういう経緯で陶器づくりの為の粘土集めが決まったのであった。




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