第277話 自称秘書カローラ

「くぁぁぁぁ~ 疲れたぁぁぁ~ 結局、夜まで事務仕事が続いたじゃねぇか…」


 しかも、今の時間は普段の夕食時の18時をとっくに過ぎており、20時になっている。

えっ?20時ってまだ宵の口だと思われるかも知れないが、電気インフラなど無く、蝋燭や油が高価なこの異世界では、人間の生活サイクルは日が昇ってから沈むまでのサイクルが当たり前で、この世界の20時は現代日本の感覚で例えると足す2~3時間と考えて貰えれば良い。


「まぁ、私にとってはこれからが本当の活動時間ですけどね」


 そう言いながら、俺の前に座っているカローラが、試作品のフルーツ牛乳をストローでずずっと啜る。


「ってか、なんでカローラはずっと一緒に執務室にいたんだよ…ずっと本読んでいるだけだったし…」


 主な話や物事の決定は、ほぼ俺とマグナブリル爺さんの二人で行い、時折、法の草案の作成者を呼び出して詳細を聞くぐらいだった。その間、カローラは覚えたての収納魔法を使うのが楽しいのか、色々な本を出したり入れたりして読んでいた。


「いや、本を読んでいただけじゃなくて、ちゃんとした秘書としての仕事もしたじゃないですか」


「秘書の仕事をしたって、最初に城の重要書類を出した事か? ってか、なんだよその秘書ってのは…」


 最初の需要書類を取り出したこと以外には、俺にはただ仕事場に連れて来られた幼女が本を読んでいる様にしか見えなかった。一体、どこに秘書要素があったんだよ…


「えぇ~ ちゃんと10時と3時のお茶の時間にはイチロー様に、仕事の疲れを癒して貰う為に、お茶の準備をしたじゃないですか」


「お茶の準備をしたって、カローラが骨メイドに指示しただけで、お前自身は椅子から腰を上げる事すらしなかっただろ」


「高貴な者は、自分で身体を動かさないんですよ」


 カローラがおかしい事を言っているのか、それともそれがこの異世界での常識なのか分らなくなってきた。ってか、秘書と言えばエロむっちむちなお姉さんにまるでたわわでエロい胸を拘束するようなスーツと見えそうで見えないタイトスカートと相場が決まっているだろ。そして、仕事が一区切りついた時には、『社長、御休憩でもなさりますか?』ってぷりっとエロい唇で声を掛けて来て、『そうだな…では、君を使って休憩をさせてもらおうか…』って流れになるのが、現代日本では一般常識のはずだ。


 おっと、また危うく妄想を口に出してしまう所だったな、危ない危ない…


 俺は誤魔化す様にん、んっと咳ばらいをして姿勢を正す。


「…イチロー様… 口に出さなくても表情や目で何を考えていたのか分かりますよ…」


「ぐっ… いや、腹が減っていたからどんな料理が来るのか考えていただけだ」


 カローラにはそう言って一応誤魔化しておく。


 ってか、カローラの奴、いつになったら元のエロむっちむちの姿に戻るんだよ…俺は元の姿に戻れるようにちゃんと飯は食わせているはずだぞ? もしかして、飯が足りないのか? だったら、フォアグラを作る時のガチョウのように、 カローラを何かで首だけ出るようにして、せっせと飯を流し込むか?


 いや、ちょっと待て俺… それでは出来上がるのはレバーが肥大化したカローラが出来上がるだけかも知れん… 俺が(性的に)食べたいのはエロむっちむちな女であって、女の肥大化したレバーを(食事的に)食べたいわけではない。冷静になるんだ俺!


「ちょっと、イチロー様…お腹が空いているからといって、私を使って怖い妄想をするのは止めて貰えますか…」


「腹が減っているから性欲と食欲が入り混じった妄想に成っちまったな… そもそも、お前が秘書なんてエロい事を言い出すから仕方ないだろ」


「いや、普通、秘書とは仕事がスムーズに運ぶようにお手伝いをする仕事でしょ?イチロー様の中ではどうして秘書がエロワードのなるのかが分からないです…」


 カローラが困惑した顔で答える。


「仕事がスムーズって、確かに本を黙って読んでくれている時は邪魔にならなかったが、お茶の時間にお前がカードゲームなんて物を出したから終わるのが遅くなったんだろうが」


「カードゲーム…一応、建前では、煮詰まって殺伐とした空気を和ませる為に出したつもりだったんですが… あの老人…あんなに強いとは…幼女姿の私を孫の様に思ってくれて手を抜いてくれると思ったのに… 勝ち星を得るどころか、黒星が増えてしまった…」


「お前… あのマグナブリル爺さんを初心者狩りをするつもりでカードゲームなんて取り出したのかよ… しかし、あの爺さん、年寄の見かけと違って強かったな…」


 悔しそうな顔をして空になったグラスを握り締めるカローラに声を掛ける。


 カローラのいう通り、お茶の休憩時間にカローラが取り出したカードゲームを俺とカローラ、マグナブリル爺さんの三人でやる事になったのは事実だ。カローラが収納魔法からクリーチャーメーカーを取り出して気分転換をしようと言い出し、マグナブリル爺さんにも『ご一緒にどうですか?』とカローラが声を掛けた所、マグナブリル爺さんが素直に了承したもの驚いた。そして、更に驚いたのが、午前と午後の二回とも爺さんが勝ちを奪い取っていったのだ。


「このまま、黒星を渡されたまま黙って引き下がる訳には行きませんっ!! 明日はこのクリーチャーメーカー2 ドラゴンバスターで勝利を掴み取りますっ!」


 そういって、先日の家畜の買出しの途中で漸く見つけたクリーチャーメーカー2を取り出す。ってか、副題のドラゴンバスターって所が引っかかるな… 恐らく、カーバルに行く途中でシュリに散々負けたのをまだ根に持っているな…


「まぁ、明日も爺さんが参加してくれるか分からないから、ほどほどにしておけよ、ほどほどにな…」


 俺には、カローラがマグナブリル爺さんに、ゲームばかり挑んでくる事を怒られる未来か、もしくは再びコテンパンに負かされる未来しか見えないので、一応警告をしておく。


 しかし、クリスといい、カローラといい、自称の役職を言い出す奴が増えて来たな…



 きゅぅぅぅぅ~~


「腹の虫が… マジで腹減った…」


 俺は泣き始めた腹を押さえる。


「旦那ぁ~ お待たせしやした! 旦那特製の夕食ができやしたぜ!!」


 そういってカズオがいい匂いを立てながら、同じくジュウジュウといい音を立てる料理をカートに載せてやってくる。


「おぅ! やっと来たか!!」


 こうして、俺はかなり遅めの夕食にありつけたのである。 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る