第276話 領主仕事の一日目
俺はいつも通りの早朝に起きて朝飯を済ませて、そこでシュリに今日から午前中は事務仕事からあるから畑仕事は任せると告げる。
「なるほど、分かった。畑の事はわらわに任せるがよい」
シュリは快く了承してくれる。ありがたい。
朝食を済ませた後は、マグナブリル爺さんとの約束通り、事務仕事をする為にこの城の執務室へと向かう。
「おはようございます、イチロー殿」
「イチロー様、おはようございます」
執務室に入ると、俺より先にマグナブリル爺さんとカローラの姿があり、少し驚く。几帳面なマグナブリル爺さんなら分かるのだが、どうしてカローラまで一緒にいるんだろ?
「おはよう、二人とも」
とりあえず二人挨拶を返し、チラリと執務室の中を見ると、どうやら俺の座席はこの城の城主が座るべき執務机の席が空けてある。以前の非公式城主はカローラであったが、現在は名実共に俺が城主なので、当然の扱いだろう。なので、俺は臆することなく、その座席に座る。そして、顔を上げると、マグナブリル爺さんは正解だと言わんばかりに小さくコクリと頷く。
「さて、それではこの地の統治の為の第一回定例会議を始めましょうか」
マグナブリル爺さんのその宣言に、俺は今回のものが、個人的なただの打ち合わせではなく、組織的な会議であると認識する。
「では、カローラ嬢、例の書類を出して、イチロー殿に渡してもらえますかな?」
すると、カローラはいつ覚えたのか、収納魔法から、書類を取り出して、ドヤ顔をして俺に渡してくる。このドヤ顔は、収納魔法を使えるのは俺とシュリだけではないという事を自慢したいからであろうか…
「ん? これは…この周辺の地図か?」
「えぇ、以前の城主が所持していた重要書類は全てカローラ嬢がお持ちであるという事なので、カローラ嬢に頼んで出してもらいました」
なるほど、それでカローラがここにいる訳か。
そんな事を思いつつ、渡された地図をマジマジと見つめる。
「なるほど、この辺りの地形ってこんな感じになってたんだな…しかし、思った以上にここ領地は広いし、農地に出来そうな土地も多いんだな… 今更だけど、こんないい場所をどうして、こんないい場所をちゃんと統治せずに鼻つまみ者の王族の流刑地みたいにしていたんだ?」
素人の俺の目でも、地図から読み取れる地形には、農地に適した平地が多いことが分かる。しかも山側から雪解け水が流れる川があって、水の心配もしなくていいし、山裾には森も広がっているから、木材や焚き木にも困らない。放っておくには勿体ない過ぎる土地だ。
「あぁ、それは魔族戦争が起きるもっと前、私が少年だったころまで、隣国のウリクリと良く争っていましたからな、以前はウリクリの者に、畑を耕して作物を作っても奪われる、家を建てても燃やされる、それどころか人がいても殺される有様だったので、放棄せざる得なかったのです」
「へぇ~ 以前はそんな状態だったのか… そんな国とよく仲良く出来たな、ってか、どうしてウリクリは以前にそんなに攻め込んできて、どうして攻め込んでこなくなったんだ?」
すると俺の質問に、マグナブリル爺さんは地図を指し示しながら説明を始める。
「ウリクリの土地はイアピースとの国境になっている、レメルデン山脈の為に南から吹く湿った風が全て山脈に隔てられて雪となる為、ウリクリは水の少ない土地となり、平原がある割には作物を育て難いのです。なので、ウリクリの民は食料を得るためにイアピースに攻めて来た訳です。しかし、近年の農業技術や魔法技術の発展により、ウリクリでも作物をとれるようになって来たので、ウリクリの進攻が無くなったのです」
なるほど、古代中国の中原と北方民族と同じことが、この異世界でも発生していた訳か…地形環境が同じならば、俺が元居た世界でも、そしてこの異世界でも同じような事がおきるんだな。
「でも、平和になったから、ぽつぽつ人が流れて来て、色々あって俺が領主をすることになった訳か…」
「そうです。それで統治をしなければならなくなったわけです。それで、簡単ですが、この先、やるべきことを簡単に纏めましたので目を通してもらえますかな?」
そういって、マグナブリル爺さんが書類を俺に手渡してくるので、俺はそれを受け取って言われた通りに目を通していく、結構な書類の量があるが、その上に箇条書きにされたTODOリストのようなものがあった。
「えっと、住民台帳と土地台帳の作成と、学校、教会の設立…そして、城で、領民を招いて祭りの開催? どうして、とりあえず急ぐべきことに祭りの開催なんてものがあるんだ?」
俺は書類から顔を上げ、マグナブリル爺さんに向き直って尋ねる。
「それは領主となられるイチロー殿に領民から好感を持ってもらう事、他の場所ではなく城で行う事によって、この領地の中心はここであることや、暗示的に来てもらう事によって立場を明確にさせる事、そして、一番最初の公布を行う為でもあります」
「好感を持ってもらう事や、立場を暗示することは分かるが、公布ってのはなんだ? 普通、集落や街に高札を立てていくんじゃないのか?」
「首都近辺でしたら高札でもよろしかろうが、辺境領であるこの土地では、人口密集度が疎らで手間がかかる上、識字率も高くないともうしますか、正直、殆ど読める者がいないので、高札では理解できない為、公布を行う際は口頭での宣言が必要になります」
あぁ、そうだった、ここは異世界だった…現代日本を基準に考えていたわ…
「だから、祭りで人を呼んでからの公布となる訳か…だから、学校の設立も急ぎになっているわけか…それで一番最初の公布ってのはなんだ?」
「領民登録と所有権を主張する土地の登録です」
「以前話していた奴か…それで上手く行くのか? 行く行くは税金を納めないといけなくなるからあまりやりたがらないと思うが」
「領民登録や土地の登録をしない者には、土地の境界問題や、住民問題が発生した時に、我々は関知しない事にします。つまり、土地を奪われようが殺されようが無視をするということです」
「理屈は分かるがえげつないな…」
「法の守護下に入らない自由とはそういうことです」
そんな話を聞いて、俺はつい先日の牧場のヴィクトル爺さんやコゼットちゃんの事を思い出す。
「となると… 衛兵の設立も急がないといけないんじゃないか? 治安を維持しないと統治しているとは言えんだろ?」
俺の領民になるからには、あのような犠牲者を出したくないので、そう言ってみる。
「左様でございますが、治安維持するための人材確保はまだまだ先のことですな、この城の人材だけでは到底足りず、領民の中から選んで教育していかねばなりませぬ」
「なるほど…だから先ずは領民登録なのか・・・・」
確かに城にいる人間だけでは人手が足りない、そう言う事か…
「はい、よくお分かりで、イチロー殿は物分かりが良いので、話が進めやすいので助かりますな、まるで何処かで高等教育でも受けて来られてきたような感じですな」
「まあな…一応は…」
マグナブリル爺さんに俺が異世界人である事を見透かされそうなので、適当に誤魔化す。
しかし、現代日本で学んだことがこんな所で役に立つとは…
「それで、この下の種類の束はなんだ?」
「先程、説明した事の明文化した法を、私が連れてきた文官たちが作った草案でございます。分からない事があれば私が説明いたしますので、目を通して頂くようにお願いします」
これを全部、マグナブリル爺さんの目の前で目を通していくのかよ…これは時間がかかりそうだな…
こうして、俺の領主としての一日目が始まったわけであった。
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