第275話 人材

「えぇ、城やこのあたりの状況が大体掴めましたので、早速のこの地の統治に取り掛かる為に、動き出そうと思いまして、イチロー殿に話をしようと思ったのですが、既に街に向けて出立済でしたので、私もイアピースに向かう用が御座いましたので、後を追いかけて合流しようとしたのです」


「あー それで、ユズビスの街で俺と遭遇することが出来なかったから、今戻って来たのか、済まなかったな、ちょっとというか大いに寄り道みたいな事をしていたんだ」


 俺が街で家畜を買わずに、ヴィクトル爺さんの牧場にいったから遭遇出来なかったんだな。


「いえいえ、私こそ、事前にイチロー殿に予定を聞いていなかった方が悪いのです」


 そう言ってマグナブリル爺さんが頭を下げる。


「それで、話って何なんだ? なんだったら、執務室にでも場所を変えようか?」


 ここは食堂なので、皆に聞かせるのは良くない話もあるだろう。


「いえ、話と言うよりかは許可を貰いたかったのですが… 実際に見てもらった方が良いですな、ここなら丁度良い」


 マグナブリル爺さんはそう言って食堂の出口で待機していたアルファーに首を縦に振って合図を送った。


「ここなら丁度いいってなんだ?」


 成り行きを見守っていると、合図を受けたアルファーが一度、食堂を出てから暫くして、再び姿を現し、その後に若いのやら、歳をとったのやら数多くの人間を引き連れて姿を現す。

 若い連中は小学校高学年から中学生ぐらいの男女で、年寄の方は、現代日本なら年金生活をしているような爺さん婆さんである。


 全員、身なりは小奇麗にしており、所作も落ち着きがあって品が良い。


「えっと…この人らは一体何者?」


 事情の分からない俺はマグナブリル爺さんに尋ねる。


「この者たちは、この地を統治するための私が集めた文官たちです」


「文官っていっても、まだ子供や爺さん婆さんに見えるのだが…」


「はい、若い者たちは、私が宰相の仕事を引退した時に、設立した孤児院より、優れた者たちを集めてまいりました。年寄連中は私と同じく仕事を引退してくすぶっていた者たちを連れてまいりました。この者たちも私の現役時代に私をよく補佐してくれた優秀な者たちです」


 マグナブリル爺さんがそんな感じに皆の事を説明すると、紹介された一同が会わせて俺に頭を下げて一礼してくる。


「あぁ、俺がこの城の主でこの地の領主になるアシヤ・イチローだ」


 皆の一礼に対して、俺も少々困惑しながらも自己紹介をする。


「本来なら、イチロー殿の許可を得てから連れて来るべきでしたが、周辺地域や城の者の話を聞いたところ、早急に確保して所有権を押さなくてはならない資源地域や、イチロー殿が今推し進めておられます農地についても、人家や民の畑に近づいておりますのでな、こちらも早々に境界を定めなくてはならないようでしたので、急いで測量や法的手続きを整えるために連れてまいった次第でございます」


 そういえば、最近畑仕事をしている時に、今はまだ正式ではないが領民に出会う事が多くなっていた。一応、ご近所づきあいのつもりで笑顔で挨拶をしていたが、相手にとってはどこまで畑を広げるつもりなのかひやひやしていたことだろう。下手したら近隣トラブルを起こすところだったのか…


「そう言った訳で、急ぎ人材を集めて参った次第ですが、本来ならイチロー殿の許可を得てからすべき案件でございます。暫くの間は、私目がこの者たちの賃金を支払いますので、その働き具合を見てイチロー殿のお眼鏡にかなうのなら、時を見てこの私共々正式採用されますようお願いします」


 そう言って謝罪ともお願いともとれる一礼を俺にする。


 俺としては、そもそも文官の良し悪しなど分からないし、マグナブリル爺さん自体、カミラル王子の推薦でもあるし、ここしばらくこの城で共同生活をしてその素行を見る限り、陰に隠れて悪さをするような人間には見えない。というか、逆に俺が陰に隠れて悪さをしている所を見咎められないかとひやひやしているぐらいだ…


 だから、働きを見て正式採用を決めるなどというまどろっこしい事は抜きにして、すぐに正式採用で良いと考えた。特に俺の為に働いて貰うのに、その賃金をマグナブリル爺さんに支払ってもらうのは気の毒にも思えた…


 そう考えた俺は『もう正式採用でいいよ』と言いかけたが、頭を下げながら、俺をギョロリと見るマグナブリル爺さんの目を見て、はっと思いとどまった。


 そういえば、この爺さん、俺に賞罰の権限だけは絶対に他人に渡すなと言っていたな…ここで、俺がすぐに正式採用を決めたら、それは賞罰に於ける賞の人事採用権をマグナブリル爺さんに明け渡すことになる。


 この爺さん、頭を下げながらギョロリと俺を見ているのは、俺がどう受け答えするかを見定めているのか… あっぶねぇな~、ってかやっぱこのあたりは厳しい学校の先生を前にしているみたいで油断できないわ…


 そう思い至った俺は、んんっと軽く咳ばらいをして、姿勢を正し、正解だと思われる返答をマグナブリル爺さんに返す。


「分かった、皆の働きをよく見てから、正式採用の件は決めよう」


 正式採用までにマグナブリル爺さんが私費で出した給料は、後から返せばいいか。


 そう考えながら答えると、マグナブリル爺さんが下げていた頭をゆっくりとあげる。


 ん? マグナブリル爺さん…少し口角が上がっているな…って事は俺の対応は正解だったようだな…

 

「良きご判断です、イチロー殿、では、早速明日から仕事を始めていこうと思うのですが、今後は決まった時間を頂く事はできますかな?」


「決まった時間って、いつぐらいでどれぐらいがいい?」


 あぁ~自由時間が減るなぁ~ 畑仕事で身体を動かす事は厭わないんだが、事務仕事って苦手だな… 後、夜は止めて欲しいな… お楽しみの時間が減ってしまう… そんな事になれば、また再びマイSONに意識が芽生えて暴走してしまうかもしれない…


「そうですな、朝は食後あたりがよろしいですな、それと時間も多めに欲しいです。それと昼食後と夕食前も報告の時間を少し頂きたいです。それ以外の時間はイチロー殿自身のお仕事も必要でしょう」


 おっ! という事は夜のお勤め時間は減らないようだな、安心した。


「分かった、それでいこう! …で、あと少し、個人的に尋ねたい事があるんだが…」


「なんですかな?」


 俺はマグナブリル爺さんに近づいて、小声で尋ねる。


「どうして、連れてきた連中が、若すぎるのとか、爺さん婆さんばかりなんだ? 働き盛りの年齢はいなかったのか?」


 すると、マグナブリル爺さんもチラリと後ろの連中をみてから、小声で答える。


「働き盛りの男性では、イチロー殿がとある意味で心配なさるのでは? あと、若いのと年寄ばかりなのは、イチロー殿が手を出さないとふんでです」


「でも、若い方はそのうち年頃になるぞ?」


 俺はマグナブリル爺さんがつれて来た若い連中の中で、将来有望そうな女の子をチラ見する。


「イチロー殿がその場の快楽だけを楽しんでおなごを捨てるような人間であれば、連れてきませんでしたが、この城の状況を見るにイチロー殿はその様な人間ではありませんので、連れてまいりました」


「えっ!? その言い方だと、年頃になったら手を出してもいいって聞こえるけど?」


「ちゃんと、力づくではなく本人の了承も取り、その後も面倒をみて下さるのであれば構いませぬ… 皆、魔族との戦いで、肉親を失った独り身の孤児ですから、家族ができるのであれば安心するでしょう」


 以外にもマグナブリル爺さんは、理解があるな… 話しが分かる。という事は将来の為にも、バカ領主の姿ではなく、イケてる有能領主の姿を女の子に見せつけて…


 あ~ん♪ イチロー様ってば、最高にイケてる領主さまだわぁ~♪ こんな領主さまにお使いできる私ってば、幸せだわ(感激) でも、イチロー様は有能な領主だけではなく、男性としても素敵な御方…(ハート) 是非とも私もイチロー様のお嫁さんにして頂きたいわぁ~(ラヴ)


 って感じにせねばならん…


「コホン…」


 突然、マグナブリル爺さんが困った顔をして咳払いをする。


「イチロー殿… 妄想するのは結構でございますが、それを口になさるのはおやめになられた方が良いかと思います…というか止めて頂きたい…」


「はっ!? もしかして俺はまた口にしていたのか!?」


「兎に角、明日の朝から頼みますぞ…」


 そう言って、マグナブリル爺さんは珍しく困惑した顔で食堂を後にした。



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