第273話 イチローの料理
「へっくちゅ!!!」
「旦那、風邪ですかい? それとも花粉症ですかい?」
突然くしゃみをした俺に、カズオが訪ねてくる。
「いや、鼻がちょっとムズムズしただけで、風邪でも花粉症でも無いと思う」
なんか、どこかで盛大にディスられた感じがしたが、まぁ、気のせいだろう…
「それで、旦那…エプロンなんかつけて、厨房になんの御用で?」
カズオが怪訝な顔で聞いてくる。
「厨房にエプロン姿と言えば、料理しかねぇだろ~ 他に何があるって言うんだよ」
「いや、旦那の事ですから、そういう状況のお楽しみをなされるのかと…」
「ちょ! おまっ!! って… うーん、そう言うのもありかな…今度クリームを使って…」
変な疑いを掛けられたものの、よくよく考えてみたら今まで試した事のないプレイだ…あんな所やこんな所にクリームをつけて舐めとっていくってのもいいな…
「なんか藪蛇な事をいっちまいましたね…それで、料理って何をつくるんでやすか?」
「ん? あぁ、仲良くしているおこちゃまずと、なんだか気落ちにしているカローラに何か作ってやろうと思ってな、それに牛乳が余ってんだろ?」
カズオに答えながら、袖を捲って、大きな鍋をコンロに置く。
「へい、ありやすが、どれぐらい必要で?」
「うーん、この鍋の半分の嵩ぐらい欲しいな」
「後は、何が御入用で?」
カズオがミルク缶を運びながら、聞いてくる。
「そうだな…レモンに卵、砂糖に小麦粉だな」
「小麦粉は強力でやすか? 薄力でやすか?」
「薄力粉でいいよ、後、道具として目の細かいざるや食材を絞る為の布巾、泡立て器を準備してもらえるか?」
カズオはお鍋の横にドンとミルク缶を置く。
「材料や道具から察するにお菓子でやすね、ガッツリ肉食系の旦那が珍しいでやすね」
「いや、ガッツリ肉食系だからこそ、食後のさっぱりする菓子とか飲み物は好きだぞ」
「そういえば、レモネードとか結構好きでしたね」
そんな会話を交わしながら、コンロに火をつけて、ミルクを沸騰する直前まで温める。
「そうだな、柑橘系は全般的に好きだな」
そう答えて、コンロの火を止めて、温めたミルクにレモンの搾り汁を入れていく。
「やはり、カッテージチーズを作っていたんでやすね」
他の材料や道具を運んできたカズオが鍋の中に、ホロホロと分離して固まり始める物を見て声を上げる。
「なんだ、やっぱりカズオも知っていたのか」
「えぇ、バターに飽きた時はバター代わりにパンに塗って食べてやしたね」
カリっと焼いたバタールのパン切れにたっぷりとカッテージチーズとベーコンをのせたものを想像して、涎が口の中に湧いてくる。
「なんだそれ、美味そうだな…俺も今度試してみるか」
「贅沢な牛乳の使い方なんで、今までは出来やせんでしたが、今後は牛乳に余裕ができるんで、作っていきやすよ」
「おぉ、頼んだぞ」
俺は、ボウルの上にザルを置き、その上にさらに布巾を載せて、鍋の中身をすくって布巾の上に載せてカッテージチーズの元を濾していく。
「旦那、濾した後のホエイは捨てないで残してくだせい」
「あぁ、砂糖を入れてレモネードにするんだろ?」
布巾に包んだチーズの元を絞って水気を切っていく。
「よくお分かりで、旦那って結構料理の知識も詳しいでやすね」
「まぁな、最初はソロで冒険してたからな」
とりあえず、水気を切ったチーズは置いといて、新しいボウルに卵を割って、泡立て器でよく泡立てていく。しっとりとしてきたら今度は砂糖を混ぜて更にかき混ぜる。砂糖も良くかき混ぜたら、次は先程作ったカッテージチーズを解して裏漉ししながらボウルに入れて再びかき混ぜる。
「旦那、混ぜるのを手伝いやしょうか?」
「いや、お前はお前の仕事があるだろう? これは皆に食べさせた時に自慢する為に、俺一人で頑張るよ」
追加で牛乳を少し差して、生地が滑らかなクリーム状になるまで混ぜ続け、そこに薄力粉をふるいに掛けて更に混ぜる。
「よしっ! 後は型に入れて焼くだけだな、えっと、カズオ、型ってどこにあるんだ?」
「後ろに置いてますよ」
「あっ、ホントだ、ありがとうな」
型に溶かしたバターをぬって、その上から生地を流し込む。
「おっし! 後はオーブンで焼くだけだな」
オーブンの中に生地を流し込んだ型を詰め込んでいき、最後の一つを入れるとパタンとオーブンの扉を閉じて、側にある砂時計をひっくり返す。
「これで後は焼き上がるのが待てばいいだけだな」
「旦那、お疲れ様でやす、飲み物でもどうでやすか?」
カズオがグラスに飲み物を運んでくる。
「おう、すまないな、カズオ。ん? これはもしかしてさっき出てきたホエイで作ったレモネードか?」
差し出されたグラスを手に取り、一口含んでみると、今まで物とは少し変わった風味のレモネードの味がする。
「一応、風味が心配だったんで、旦那に試飲してもらおうと思いやして」
「いつもの奴とは違うなとは思うけど、マズいとは飲みにくいとか無いから大丈夫だぞ、人によってはこちらの方が好きになるだろう」
そう答えて、俺がホエイレモネードを試飲していると、談話室の扉が開き、まだ機嫌の悪そうなカローラが雑誌に片手に姿を現す。
「なんだよカローラ、まだ機嫌が悪そうだな」
「イチロー様! これを見て下さい!!」
そういって俺の所へひょこひょことやってきて、再び雑誌を突き出す。
「今度は何だよ…」
「シュリが特別目立っていて見落としていましたが、ここ! ここを見て下さい!」
声を荒げて、ページのある箇所を指でとんとんと指し示す。
「えぇっと…あっ!」
思わず、内容を口に出しそうになったが、チラリと後ろを見て、口を押えて我慢する。
「同じ女であるシュリに負けるのはまだ我慢できますが…」
カローラも俺の後ろの厨房にいるカズオをチラリと見る。
「アレに負けるのは我慢なりません…」
「アレに対抗意識を出すのは止めとけ… というか俺としては、あの存在は忌まわしい過去の汚物として忘却の彼方に送りたいんだが…」
「た、確かにあの後の惨劇は未来に語り継いではいけない内容でしたね…」
確かあの後、カーバルでは『心的外傷後ストレス障害(PTSD)』の代わりに『性的カズオ後ストレス障害(PKSD)』という言葉が作られたらしいからな…
「そうわけで、カローラ、お前の気分を紛らわせる為に、あるものを作ったんだが食うか?」
「ある物? イチロー様が作ったんですか?」
「おう、ちょっと待てよ、そろそろ焼き上がっていると思うから」
俺は立ち上がると、厨房に戻り、ミトンを手につけてオーブンを開ける。
「おっ! ちゃんと焼けてるな」
目的物を取り出して、魔法で粗熱を取り、そのまま最適温度まで冷やしていく。そして、型から取り出して、一人前に切り分けて小皿に載せる。
「ベイクドチーズケーキの完成! おあがりよ!!」
完成したチーズケーキをカローラに差し出す。
「へぇ~ イチロー様が作られたケーキですか」
カローラに渡した後に、自分の分とカズオの分を切り分けて小皿に載せる。
「さて、食ってみるか」
フォークで一口大に切り分けて、パクリと食べてみる。
「おぉ! 我ながら久々のチーズケーキはうめぇ!!」
現代日本にいた時に、思いっきりチーズケーキを食べたくなって、一度作ったきりだったが、中々よくできている。
「旦那、結構いけますね」
「イチロー様! 美味しいです! でも、もうちょっと甘さが欲しいですね」
カズオとカローラが感想を述べてくる。
「フフフ、カローラ、甘さは元々控えめに作っているんだよ…その理由はこれだ!」
そう言って、俺はカローラの前に瓶を並べる。
「えっ? イチゴジャムにマーマレード、ブルーベリージャムも…なるほど、ジャムをつけると丁度良い甘さになる様にしていたんですね」
「そうだ、ジャムをつけてもクドイ甘さにならないようにして、色々な味が楽しめるだろ?」
カローラは色々なジャムをつけてそれぞれ単体のジャムで味わったり、ジャムを混ぜてみたりと楽しんでいる様だ。
そこへ、騒がしい連中が食堂に入ってくる。
「あぁ~ お腹すきましたねぇ~ お腹と背中がくっついちゃいそうですよ」
「でも、豚の柵が出来て良かったですっ!」
声に視線を向けるとマリスティーヌにコゼットちゃん、それにディートのおこちゃまずが姿を現した。
「おぉ、お前らかどこいってたんだ?」
「あぁ、イチローさん、豚を放牧する為の柵をつくっていたんですよぉ~ それよりなんですか? いい匂いがしますけど」
マリスティーヌの奴は食い物に関してはホント鼻が利くな…
「あぁ、チーズケーキを作ったんだ、お前らも食え食え!」
俺は三人にもチーズケーキを切り分けて配ってやる。
「なにこれ!なにこれ! めちゃくちゃ美味しいですよ!!」
「私もこんなの食べた事ないですっ!!」
「まだまだ、あるからお代わりしても大丈夫だぞ」
俺のチーズケーキは、おこちゃまずアンドカローラに大人気を博したのであった。
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