第269話 亀の甲より年の劫

 あの後、結局夜通し歩き続けて、城に辿り着いたのは、日が昇る夜明け前であった。


 出発の際には、一応爺さん自身に了承を取って、野盗の住み家になる恐れや、大量発生したネズミの件があるので、爺さんの牧場を焼き払う事にした。爺さんが素直に了承したのは、移り住んでからまだ日が浅い事や、大事な家族が殺されたり、今まで大事に育ててきたはずの家畜を満足に飼育できないなど、辛い思い出ばかりなのだろう。


 だが実際に火を放った時には、感慨深さとは逆の意味で、じっと無言で見つめ、その後、立ち上る煙を振り返る事無く牧場を去った。


 また、牧場を去る前に馬車に戻ると、俺はマリスティーヌにコゼットちゃんにレモネードを飲ませてやってくれとだけ伝えていたはずだが、コゼットちゃんとマリスティーヌがどういう訳が二人してかつ丼を食べていた。


 コゼットちゃんは俺が姿を現しても、態度を変えずに美味しそうにかつ丼を満足そうに食べていたが、マリスティーヌの方が、俺の姿を見たとたんに、無言で真顔になってハムスターの様にかつ丼を高速で咀嚼し始める。


「いや、マリスティーヌ… 今更、証拠隠滅するために高速で咀嚼しても無駄だぞ…」


 俺の言葉にマリスティーヌは一時停止ボタンを押されたようにピタッと止まるが、すぐに咀嚼を始め、ゴクリと呑み込む。


「ちゃんと、レモネードも飲んでもらいましたよっ!」


 マリスティーヌは口の周りにご飯粒を付けながら、悪びれずに答える。


「『も』って… ついでみたいに言いやがって… まぁ、コゼットちゃんもお腹が空いてたみたいだから、構わないけど…」


「このかつ丼美味しいですっ! こんな美味しい物初めて食べました」


 コゼットちゃんは俺の言葉に反応してニッコリと笑顔で答える。


「でしょ!! これからコゼットちゃんは私と一緒のかつ丼友達ですよっ! 略して『かつ友』!!」


 『かつ友』って… 日本人男性みたいな名前だな…


 そんな事がありながらも牧場を後にして、途中、マーベル牧場に立ち寄り、オーナーを降ろして、約束通りの当場の飼料ももらう。


 その時に、カローラを先頭に大名行列のように連なる家畜の群れが、かなり人目を惹いて、遠巻きに観客が出来ていた。


 その後、城に向けて行進を始めるのだが、家畜の歩みは馬車と比べてかなり遅く、俺は極めて正しく牛歩という言葉を実感した。所々で休憩を取りながら行進を続けていた訳だが、日が完全に沈んで夜になった時には、一度野宿する事も考えたが、今まで馬車に乗っている感覚では、後もう少しの距離だったので行進を続けることとなった。


 その途中、完全に日が沈んで夜も更け、コゼットちゃんを始めディートやマリスティーヌなどのおこちゃま連中には先に眠ってもらう事となった。だが、俺の方は、カローラに大名行列をさせたままだったので、眠る訳には行かず、一晩中カローラに付き合って話をしながら馬車を走らせた。


「で、カローラ、いいカードは出たのか?」


 家畜の先導なんて地味な役割を押し付けられている割には上機嫌のカローラに尋ねる。


「えぇ、カーバルの新弾パックがあったので大人買いしてみたんですが、かなり満足のいくカードを引き当てる事が出来ました」


 カローラはニコニコ顔で答える。


「一体どんなカードなんだよ?」


「見たいですか…?」


 カローラはいたずらっぽくフヒヒと笑いながらニヤついた顔で尋ねてくる。


「いけずせずに見せてくれよ~」


「イチロー様がそこまでおっしゃるなら仕方ありませんね…ディアナ…イチロー様の馬車と並んでもらえるかしら?」


「んもぉ~」


 カローラの奴、自分の乗っている牛に名前まで付けてやがるのかよ…しかもディアナって… 月のお姫様みたいな名前だな…


「はい、イチロー様」


 カローラは人差し指と中指でキザにカードを挟んでさっと渡す。


「どれどれ…」


 受け取ったカードを見てみると、ラメ仕様らしく、月明りに照らされてキラリと光る。


 カード名:高貴な絶世の美幼女カローラ・コーラス・ブライマ


「何だ…これは…」


「フフフ、漸く世界が私の美しさに気がついたようですわね…ホホホ… 隠そうとしても溢れ出てしまう美しさに自分でも困ってしまいますわ」


 カローラは黒髪のくせに、漫画やアニメに出てきそうな金髪縦ロールの貴族のお嬢様が言いそうな口調と仕草をし始める。


「あぁ…そうだな…お前がそう思うなら、そうなんだろうな…」


 カローラの態度を見ているとこのカードについて言及するのは馬鹿馬鹿しくなってくる。


「とりあえず、お前の凄いカードが出来たことは分かったから、他にもなんかいいカードはでなかったのか?」


 俺がそう尋ねるともっと褒めて讃えてもらえると思っていたカローラは、肩透かしをくらって、少しムッとする。


「…これですわ…」


「どれどれ…」


 渡された数枚のカードをまじまじと見てみる。


「おっ アルファーのメイド姿のカードか… アルファーが普段は見せない笑顔で描かれていていいな…」


 恐らくアルファーの笑顔は想像で描かれているが、笑みを浮べながらカーテシーをしている姿は滅茶苦茶いい。


「次は…おっと…俺の悪夢がよみがえるカズコのカードか… まぁ…よくアイツをカード化しようなんて考えたな… しかもエロいし…」


 このカードも想像で描かれているとは思うが、カズコが全裸で指先で乳首だけを隠すポーズで描かれている…いいのか? こんな絵をカード化しても…


「次は…うぉっ! なんじゃこれ!スゲー!!」


 俺は思わず声を上げる。カードに描かれていたのは、薄着で風呂あがり際の振り向いた姿のシュリのカードだった。それだけなら別段驚きもしないが、俺が驚いたのは、カローラやアルファー、カズコのカードは美麗で写実的な絵柄で描かれているのに対して、シュリだけは完全に現代風の萌え絵の絵柄で描かれていたからだ。しかも、薄着で振り向き際なので、乳首が見えそうで見えない、俺にドストライクの横乳が描かれていた。


「何これ! めっちゃエロイっ! この異世界でもこんな絵を描ける奴がいたんだな…ん?」


 まじまじとイラストを見ているとある事に気が付く。


「イラストの隅っこにこのイラスト描いた人物のサインが描かれているな…ん? えっ? えぇぇぇ!?」


 俺はその記されたサインの名前に驚きのあまりに大声をあげる。


「ちょっ! ちょっと待てよっ!! ルイス・ウルリッヒ・チャップリンって…カーバルの学園長の爺さんじゃないかっ!! あの爺さん何描いてんだよっ!!」


 あんな地位も名誉もあって、歳食ってる爺さんが…こんな完成度の高い現代風の萌えイラスト…しかも、しれっとエロい絵を描いているのかよ… スゲーを通り越して怖いわっ!!


 だが、爺さんとは美味い酒が飲めそうだとも思ったのは内緒だ…


 その後も、カローラとカードの話をしながら進み続け、夜が明ける前に城に到着したのであった。



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