第268話 イベントアイテムは捨てられません
「シュリ~ こっちの方はどうなってる?」
母屋に入って声を掛けてみる。しかし、ぱっと見た感じ、シュリの姿も爺さんの姿も見えない。
「あ、あのぅ…」
ただ、一人残された爺さんの孫娘が、薄汚れたぬいぐるみを抱き締めながら、オドオドした瞳で俺を見上げている。
「そういえば、嬢ちゃんは何て名前だ?」
爺さんに対しては、牧場を崩壊させて、動物たちを悲惨な状態にしていたので、怒りを覚えて対応していたが、子供…しかも女の子に対して威圧するつもりは全くない。将来、いい女になりそうだからな…(確信) だから、今回はまだ射程範囲に入っていないので、いつもキラキライケメンフェイスではなく、爽やか優しいお兄さんフェイスで女の子に語り掛ける。
「コ…コゼットといいます…」
流石の爽やか優しいお兄さんフェイスでも、爺さんに厳しい言葉を浴びせていたので、すぐには態度を軟化させない。まぁ、ゆっくりすればいいか。
「そうかコゼットちゃんというのか、これからコゼットちゃんは、お爺さんと一緒に俺のお城で動物たちと過ごしてもらう事になる。同じ年頃の女の子もいるから友達ができるぞぉ~ 美味しい料理だって毎日食べる事が出来る、だから心配するな」
そう言って、頭をワシワシとしてやる。コゼットちゃんは俺が手を伸ばした時に少し肩をビクつかせたが、頭を撫でられた事で、少し態度を軟化させて、少し驚いた顔で俺を見上げる。
「で、お爺さんと一緒にいた女の子はどこにいった?」
少し落ち着いたコゼットちゃんに二人の行方を尋ねてみる。すると腕を伸ばして、指し示す。
「あっちの作業室の方…」
最初に母屋に立ち寄った時には気が付かなかったが、コゼットちゃんのいる部屋から顔を出して指し示した方向を覗いてみると、目立たないが確かに扉があった。
「そうか、分かった。ちょっと覗いてくる、コゼットちゃんは馬車の所に行くと言い、そこで美味しいレモネードでも飲んでいるといいよ」
「レモネードあるのっ! 飲みたい!!」
今まで、不安そうにしていた顔がパッと開く。俺の爽やか優しいお兄さんフェイスでも見せなかったコゼットちゃんの明るい表情に、俺は人生で初めてレモネードに嫉妬した訳であるが、よくよく考えると、この反応はかなりの間、甘いものに飢えていた反応だよな… 悔しいけど、ここはコゼットちゃんにレモネードをビクンビク…いや、ゴクンゴクンと飲んで貰わないとな。
俺はコゼットちゃんの手を引いて母屋を出て、家畜の治療に当たっていたマリスティーヌに声を掛ける。
「おーい! マリスティーヌ! このコゼットちゃんにレモネードを飲ませてやってくれ!」
「はーい! 分かりましたぁ!!」
マリスティーヌは元気に答えるとこちらに駆け出してくる。
「えっと、コゼットちゃんさんでしたっけ? では、私と一緒にレモネードを飲みに行きましょうか♪」
マリスティーヌは当然の権利の様に自分もレモネードを飲むつもりで、コゼットちゃんの手を引いて鼻歌交じりに馬車へ向かっていく。まぁ、いいけどね
コゼットちゃんをマリスティーヌに任せた俺は爺さんとシュリがいるはずの作業室へと向かっていく。その作業室に向かう途中の床に、赤黒いシミを見つける。恐らくよく清掃をした後であろうが、これは血糊の跡だとすぐにわかる。ここで家族の誰かが殺されたんだろうな…
俺はそんな事を考えながら、作業室に繋がる扉を開く。
カチャリ
「ん? あるじ様か」
俺の扉の空ける音に気が付いたシュリが振り返る。見るからに、二人して作業室の設備を眺めていたようだ。
「どうしたんだ? シュリ、姿が見えないから探しに来たんだが…」
そう話しながらシュリの側に歩いて、シュリと同じように辺りの設備を見回す。
「いやな、爺さんがどうしてもここの設備も運びたいともうされたのじゃが、今のわらわでは収納魔法で治める事が出来んのでな…どうしたものかと悩んでおったところじゃ」
確かにドラゴン状態のシュリならいざ知らず、今の小柄な人化状態のシュリではここの設備を収納するのは不可能であろう。シュリに対して設備が大きすぎる。
「もしかして、爺さん、ここの設備ってチーズやバターを作る道具か?」
動画で見たことがあるチーズやバターを作る設備や道具に、異世界でも同じような道具を使うのだなと思いながら、爺さんに尋ねてみる。
「えぇ、そうです… ここしばらくの間はずっと使っておりませんでしたが…」
爺さんの言うように、ここの施設や道具は、母屋の日用品とは違って、綺麗に片づけられている。また、チーズを熟成させるための棚もあるが、全て空だった。恐らくこの牧場を経営するために全て売り払ったのであろう… 試食が出来なくて残念だ…
「一番大きな設備はあるじ様でも収納するのは難しそうじゃのぅ…諦めるか?」
「「諦めるなんてっ勿体ない!!」」
俺と爺さんの声が完全に一致してハモる。
「なっなんじゃっ! 二人とも、そんなに急に息を合わせて?」
突然の俺と爺さんのコラボレーションに、シュリは驚くというか少し引いている。
「ここの施設さえあれば、チーズもバターも作りたい放題で、食べたい放題になるんだぞっ!!」
「そうです! わしも余裕さえできれば、再び最高のチーズやバターを作って見せますっ!!」
「い、いや…二人の思いは分かったから… わらわに詰め寄らんでもいいじゃろ…」
いきなり熱弁して詰め寄る俺と爺さんに、シュリがたじろぐ。
「そこまで必要ならば、持って帰るがよいが、わらわやあるじ様の収納魔法では納められんし、荷馬車も家畜を載せるのでつかえんのじゃろ? 往復するか?あるじ様」
シュリがどうして自分が詰め寄られなくてはいけないのかと、不満げな顔をしながらそう尋ねてくる。
「往復は面倒だな… うーん、カローラが魔眼で家畜を魅了して回っているから、家畜はカローラに先導させて歩かせるか… それなら、荷馬車が使える」
「カローラを先導に家畜を歩かせるじゃと? 家畜を歩かせておったら、帰るのが遅くなって夜がふけるぞ?」
「逆に夜の方がカローラの活動時間だからいいんじゃね? まぁ、家畜たちを一晩歩かせることになるが、その分、城についたら休ませてやったらいいだろ」
我ながらいいアイデアだ。
「あるじ様も随分とむちゃな考えをするのぅ… しかし、往復する手間を考えればそれしかないか…」
こうして、爺さんの仕事道具は荷馬車に詰め込まれ、家畜たちはカローラが先導して家畜の大名行列を作りながら城へ戻る事となった。
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