第266話 カローラの汚名挽回?

 この牧場をやっていくことが不可能だと自覚した爺さんと孫娘をマリスティーヌが俺達のいる場所から引き離して慰め始め、残った俺とオーナーとディートはこれからどうするかを考える為に顔を突き合わせている。


「で、イチロー兄さんはどうなさるお積りですか?」


「そうだな… 立て直せるようだったら、蟻族を常駐させて運営させるつもりだったが、ここはもう無理だ… 見てみろ…」


 俺はそう答えて、近くの牛に水魔法で身体に着いた汚れを落としてやる。俺に水魔法を掛けられた牛は最初は驚いていたが、水の温度を調整してお湯にしてやったので、そのまま水魔法の洗浄を受け続ける。牛は俺の水魔法で見る見るとこべりついて乾いた汚れが落ちていくが、汚れの下から皮膚病になった体表が現れる。


「ほら、病気になっているだろ? この牧場をまともな状態に清掃するのも大変だし、清掃したとしても、変な病原菌が残っているかもしれん… ここで動物を飼うのはもうだめだ…」


「では、借金を肩代わりして、ここの買収をするのはおやめになるんですか?」


 ディートがそう言うと、オーナーはピクリと肩を震わせる。オーナーは爺さんが借金を返せそうにないので、売り渡した家畜を引き上げるつもりでいたが、先程見たように病気になっていては、もう売り物にはならず大赤字になる。だから、出来れば俺に引き取って欲しいのであろう。


「ディート、お前は家畜の病気を治す事はできるか?」


 まだ、結論は出さずにディートに尋ねてみる。


「えぇ、ある程度は可能ですが、ちゃんとした治療ならミリーズさんがいた方がよいですね、僕は治療よりも殺菌する方なら得意です」


「なら、今はマリスティーヌと二人で、治療と殺菌をしていけばすぐに死ぬような事はなさそうだな」


 俺の言葉にオーナーが今度はほっとした顔をする。冒険者の間ではバンバン魔法を使うのが当たり前だが、一般人にとっては魔法を使ってもらうのには金が必要である。しかも、治療系の魔法は高額で家畜に使ってもらうような金額ではない。


 俺がディートに家畜を治療する指示をしていると、馬車の方から、骨メイドに日傘を持ってもらって抱っこされたカローラが鼻をつまみながらやってくる。


「ちょっと、イチロー様…ここはどこなんですか? 滅茶苦茶臭くて寝てられなかったんですけど」


 カローラは眉をしかめて鼻を摘みながら文句を言ってくる。


「カローラ、お前、漸く起きたのか、ここには家畜を買いに来たんだよ」


「あれ? 街で買うんじゃなかったんですか? 私は街で買うと聞いたから、ついでにカードを買いたくてついてきたんですけど?」


「まぁ、色々な事情があってここになったんだよ…」


 俺がカローラにそう答えると、俺達の話を聞いていたオーナーが、ニコニコしながら俺に近寄ってくる。


「ということは、お客さんが爺さんの借金を肩代わりしてもらえるって事でよろしいですか?」


 っち、耳聡いオーナーだな…


「…分かったよ…俺が爺さんの借金を肩代わりしてやんよ… その代わり、今後は贔屓にしろよ?」


「はい! 是非とも御贔屓にさせて頂きますとも!!」


 オーナーは満面の笑みでそう答える。とりあえず、俺とオーナーだけでは話を進められないので、俺は爺さんの方に目を向ける。


「おーい! マリスティーヌ! 爺さんをこっちに連れて来てくれ!」


「わかりましたっ! イチローさん!」


 俺の声が聞こえたマリスティーヌは、爺さんをこちらに連れてきて、孫娘も不安そうに爺さんに付いてくる。


「………」


 連れて来られた爺さんは、先程に比べて落ち着いてはいるが、無言で項垂れたまま佇んでいる。そんな爺さんを孫娘は不安そうに見つめる。


「爺さん、俺は爺さんの借金を肩代わりしてやる…」


 その言葉に爺さんは肩をピクリとさせて、驚いて目を見開いて顔をあげる。


「でも、この牧場はもう諦めろ… 立て直しは無理だ」


 そう言うと、先程まで期待していた顔が曇っていく。


「ここまでなってしまっては立て直すのは無理だし、ここにいたらまた野盗がやってくるかもしれんだろ? だから、ここの家畜と爺さんたちは俺の所で引き取ってやるよ」


 爺さんは複雑な顔をしながら、暫く俺をじっと見つめて、そして、ゆっくりと諦めたように頷く。


「分かりました… このままでは家畜どころかわしや孫娘まで野垂れ死にしておったでしょう… そうなれば、借金を返せずに、マーベルにも迷惑をかける事になっていた… ありがとうございます…よろしくお願いします…」


 そう言って爺さんは深々と俺に頭を下げ、側にいた孫娘も爺さんに会わせて頭を下げる。


「じゃあ、これで商談は成立ってことでいいな、さて…どうやってこれから動物を運んでいくか… 豚や鶏は荷馬車で運ぶとして、牛はまたシュリにドラゴンになってもらって運んでいくか?」


「えぇ… わらわが牛を? 人間ならまだしも牛がわらわに脅えて暴れぬか?」


 俺の言葉にシュリがそう声を上げる。確かに人間であれば、話せば分かってもらえるが、動物相手ではそうも行かないな…魔法で眠らせるか?


「コホン」


「俺が魔法で眠らせて運ぶってのはどうだ?」


「コホンッ!」


「それならば可能じゃと思うが、一度に全部は無理じゃのぅ」


「コホンッ!コホンッ!」


 俺とシュリが会話しているのに、あまりにも咳ばらいがうるさいので会話を止めて視線を向けると、骨メイドに抱かれながら自分の存在をアピールするカローラの姿があった。


「どうしたカローラ、風邪か?」


「ヴァンパイアは風邪をひきませんよ」


 ムッとした顔で俺を見る。


「じゃあ、なんだよ」


「いや、イチロー様が私の存在を忘れていると思ってアピールしていたんですよ」


「アピールって… 今は忙しいんだから、カードショップの事は後にしてくれよ… 後でちゃんと街に寄るからさ…」


「いやいや、確かにカードショップには必ず寄って頂きますけど、そう言う事を言っているのではないんですっ! 私の事をお忘れですかっ!!」


 カローラが目を尖らせて唾を飛ばして声を上げる。俺は思い出す為にそんなカローラをじっと見て、その後、牛に視線を向ける。


「…ミルクが飲みたいのか?」


「いや…もういいです…自分で言います…」


 あれか…学校とかで何かの話をしていて、自分も混ざりたいのに、自分から言い出せずに、声を掛けてもらえるのをそわそわして待っていた奴か… 


「ハニバルではあまり活躍できませんでしたが、本来の私の凄さを御見せいたしますよ…」


 カローラはそう言いながら、クククと笑い、片手で片目を塞ぎながら、瞳の奥を輝かせる…骨メイドのだっこされながら…


「クックックッ… 下等な家畜どもよ… 我が魅惑の魔眼によって、我が下邊となるがよい!!」


 そう言って、カローラは真紅の瞳を輝かせる。



 ブモッ!?



 牛がカローラの魔眼を見て、顔を上げていく。そして、反応した牛はカローラの前に整列してまるで家臣の様に頭を下げる。


 凄い事は凄いのだが、まだ一部の牛だけである。


「ナギサ、こっち向いてない牛がいるから、私の魔眼が通じるように移動してもらえないかしら?」


 骨メイドはコクリと頷くと牛の群れの周りを回っていく。


「フフフ…どうです? イチロー様、私の魔眼で魅了すれば、いう事を聞かない家畜たちを意のままに操れますよっ!」


「お、おぅ…そうだな…す、凄いぞカローラ」


 本人は中二病でカッコよく決めたつもりなのであろうが、一目で一斉に魅了できたのなら確かにカッコいいが、視線が通る様にウロウロとうろつきまわっている様がなんだかカッコ悪い… 中には、骨メイドが無理矢理顔を挙げさせて魅了している…


「牛はこれで全部ね…次は豚を魅了するわよっ! さぁ!醜い太った豚どもよ!我が前に平伏しなさい!!」


 本人は中二病的に至極真面目にやっているつもりだろうが、その発言は、特殊な性癖の大きなお友達に刺さる言葉だぞ…


「じゃあ、カローラ、豚が終わったら、次は鶏舎に鶏がいるからそっちも頼む、家畜たちを魅了していう事を聞かせるのは任せたぞ」


「えぇ! ハニバルでの汚名を挽回する為に、この家畜どもを平伏してやりますよ!」


 確かにハニバルでは蟻に組体操しかさせられなかったからな… 鬱憤が溜まっていたのか… ちなみに汚名は挽回するものじゃなくて返上するものだ…


 とりあえず、家畜を移動させることは、カローラのお陰でなんとかなりそうだ。次は爺さんや孫娘の事や他に仕えるものがないか調べないといけないな…


 そんな事を考えながら、俺は母屋の方へと向かった。




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