第263話 先客の言い争い
「えっと、そこの十字路を左に曲がったところだな」
ユズビスの街に到着した俺達は、街の人間に家畜の販売所の場所を聞き出して向かっている。聞き出した場所は街のはずれにある牧場みたいな所で、場所が分かっていたら最初から街を外回りして直行していたのだが、遠回りになってしまった。
聞き出した通りに十字路を左に曲がり、道を直進していくと、再び街の外に出て、そこに少々過密状態に見える牧場のような物が見えてくる。
「あの建物じゃろうな、しかし、この牧場はいささか狭くないか? 牛と豚だらけじゃな」
「販売専門で行っているから、狭い場所に詰め込んでいるんだろうな。餌は放牧しなくても飼料を与えておけばいいし、買い手も品定めするために歩き回らなくてもよいな」
そんな会話を交わしながら、建物に辿り着く。俺は取引交渉をする為に、馬車を降りて、建物に進んでいくのだが、外にいても聞こえるほどの大きさで、中で何やら言い争っている声が聞こえてくる。
「なんだ?」
言い争いと言っても、売り言葉に買い言葉で喧嘩に発展するような言い争いではなく、聞こえてくる言葉の端々から期限を待つか待たないかの言い争いのようだ。
家畜の販売を執り行う所だから、そんな言い争いもあるだろうと思いながら、俺は店の扉を潜って中に入る。
「借金は必ず返すから、家畜を取り立てるのは待ってくれい!!」
「爺さん、何度もいってるだろ!? 爺さん一人、子供一人で牧場は回せねぇって!! そもそも普通に返して10年は掛かるってのに、爺さんはあと何年生きるつもりなんだよっ!」
恰幅の良いこの家畜販売所のオーナーと、そこでローンで家畜を買ったと思われる年寄の爺さんが、借金を返す、返せないで言い争っている様子だった。
オーナーの方はもう結論が出ている様で、さっさと言い争いを終わらせて他の仕事を死体様子であったが、爺さんが何度も食い下がってオーナーの結論を変えようと努力する。
「爺さん! 話しは終わりだ! 近々家畜を引き取りに行くから準備しておけ! これこれはお客さん、何か御用でしょうか?」
そんな場面に俺が登場した事で、俺の存在に気が付いたオーナーは、話を打ち切り、俺に向かって揉み手をしながら笑顔を作ってくる。
「あぁ、牛や豚を買いに来たんだが…」
俺はオーナーの変わり身の早さに少し引き気味に答える。
「それぞれ、雄雌何頭ほど必要ですか? うちのマーベル牧場ユズビス販売所には数々の家畜を取り揃えております!」
オーナーはもう爺さんの存在など無かったかのように、俺にすり寄ってくる。
「待て! わしの話は終わっとらんぞ!!」
そんなオーナーを爺さんが必死な顔で引き留める。そんな爺さんの行動に流石にオーナーも切れて仁王の様な形相で爺さんに振り払う。
「爺さんもしつこいな!! いい加減にしないと衛兵に突き出してやるぞ!!」
「じゃが、家畜を取り上げられたら…わしは…いや孫が…」
オーナーの言葉に爺さんが泣き出しそうな顔をしながらしがみ付く。その様子に流石の俺も知らぬ存ぜぬを貫き通す事は出来ず、他人のもめ事に首を突っ込むのは承知で、オーナーに事情を尋ねる。
「一体、オーナーとこの爺さんとの間に何があったんだよ… 流石にこんな様子を見て、ほいほいと買い物をしてられないぞ」
「いや、お客さんが関わる様な話では…」
「いいから話してくれ」
俺の突然の言葉に戸惑いを見せるオーナーに、詳細を話す様に詰め寄った。
「はぁ~ 分かったよ…物好きなお客だな… でも…」
そう言ってオーナーはチラリと爺さんを見る。これは爺さんの前では話をしづらいという合図だな。
「おい、シュリ」
俺は振り返って、状況を黙って見ていたシュリに声を掛ける。
「なんじゃ?あるじ様よ」
「外で、牧場の様子を見学しているディートとマリスティーヌを急いで呼んできてもらえるか?」
「あい分かった」
シュリは一言そう答えると、ぴゅっと外へ駆け出して二人を呼んでくる。
「イチローさん、何か御用ですか? もしかして、私に豚を選ばしてくれるのですか?」
マリスティーヌは外でもう買いたい豚に目星をつけていたのか、瞳をキラキラさせながら聞いてくる。
「いや…それはまだだ、実はな、そこの爺さんが働き過ぎで随分と弱っている様だから、二人して回復魔法を掛けてくれないか?」
そう言って、俺とオーナーの様子を伺っていた爺さんを指差す。オーナーと話をする為に遠ざけるのが目的であるが、実際に爺さんは今は興奮して瞳だけがギラギラとしているが、過労をしているようで、顔に生気が無く、目が落ちくぼんでおり、手足もやせ細り、忙しくて整えている暇がないのか、全体的に薄汚い。イアピースに逃げてきた難民と言っても差支えない姿である。
「確かにそこのご老人はカーバルにいたご老人と比べると、健康状態が良くないようですね。分かりました。私がご老人を元気にして差し上げます!」
カーバルの爺さん達と比べるのはどうかと思うが、マリスティーヌはやる気になってくれて鼻息荒くそう答える。
「そうですね、僕もご老人が弱っている姿は見たくないので手伝いますよ」
ディートもそう答える。
「な、なんじゃ? お前たちは!?」
「まぁまぁ、ご老人、そこに座って下さい。貴方は健康状態が良くないようですから、私たちが回復魔法を掛けて差し上げます」
そういって、店の端にある椅子に座らせて、回復魔法をかけ始める。その様子を確認すると、俺はオーナーに向きなおって話を始めるように促す。
「あの爺さん、ヴィクトルって名前なんだが、元々は爺さん一人、乳牛二頭で細々と乳製品の加工をやっていたんだよ」
「でも、さっきの話では、そんな爺さんに孫がいて、返せないような借金があるように聞こえたが?」
「あぁ、それは魔族の強い奴が倒されたっていうもんで、このイアピース一帯が安全になって、今まで傭兵か護衛の仕事をしていた息子が仕事がなくなって爺さんの所にもどってきたんだよ」
ん? 魔族の強い奴っていうと…カローラの事か? ってことは爺さんの息子の仕事を奪ったのは俺って事になるのか?
でも、まぁ、この当たり全体が安全になった事だし、命の危険がある傭兵とかの仕事よりも、安全な仕事をした方がいいし、傭兵なら戦えなくなったり、仕事がなくなった時の事を考えるのが普通だよな… うん、俺は悪くない…はず?
オーナーはそんな俺の心の中の言い訳を無視して話を続ける。
「で、その息子が嫁と青年の孫とまだ幼い娘孫を連れて帰って来たもんだから、乳牛二頭では食っていけないっていう事で、もっと大きな牧場を作ろうって話になったんだ」
「それで牧場や家畜を手に入れる為に借金をしたと?」
「あぁ、爺さんの造るバターやチーズは美味いって事で人気だったからな、俺も爺さんなら大丈夫だと思って、ツケで家畜を売ってやったんだよ」
ここまでの話なら、特に問題ないように聞こえるな。
「でも、それがどうして、さっき見たいな事になってんだよ」
そう尋ねながら、俺はチラリと爺さんの方を見る。爺さんはマリスティーヌのディートの二人から回復魔法を掛けてもらい、その心地よさから、少しウトウトとし始めていた。
「それがな… 爺さんが、孫娘を連れて街に作った乳製品を売りに行っている間に、牧場が襲われて… せっかく帰って来た息子も嫁も、そして、青年の孫も殺されてしまったんだよ…」
先程まで、爺さんに怒りを向けていたオーナーが爺さんの事情に涙ぐみながらそう告げた。
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