第262話 爛れた男
「最近、トラクターばかり走らせていたから、このキャンピング馬車を走らせるのは久しぶりだなぁ~ カーバルから帰って来た時以来だな」
俺は御者台に座りながら、隣に座るシュリに話しかける。
「確かに久しいな、以前はカローラの城で過ごす時間よりも、この馬車で過ごす時間の方が多かったな、あるじ様が以前言っていた『実家にいるような安心感』という言葉を実感できわ」
俺たちは今、冒険で使っていた馬車に乗り、最近買出しによく言っているユズビスの街に向かっている。目的は、本格的に畜産を始める為の家畜を買いに行くためだ。なので、本来なら荷馬車を使った方が良いのだが、今回は意外な人物がついてきたいと言って来たので、この馬車を使っている。
当然の事だが、この馬車では家畜を積むことは出来ないので、DVDとVHSがついてきて、それぞれに荷馬車を走らせてもらっている。
「しかし、今朝、家畜の買出しに出ると行った時に、あのロレンスが珍しく引きつった笑顔をしておったな… まさか漸く風呂場が完成したと思ったら、いきなり家畜小屋を作らねばならんのだから当然じゃな」
「大丈夫だ! 俺はロレンスを信じているから…」
まぁ、女湯も温室もまだ完成していない状態で、俺達が家畜を連れ帰ったら、急いで家畜小屋を作らないといけないので大変だと思うが、城の皆の公平な食糧事情の為に頑張ってもらわねばならないな。
「イチローさん、シュリさん、お茶が入りましたよ」
マリスティーヌがマグカップを持って連絡扉から顔を出す。
「あるじ様は手綱を握っておられるから、わらわが受け取ろう」
「おぅ、すまねぇな、マリスティーヌ」
シュリ経由でマリスティーヌが煎れてくれたお茶のマグカップが回ってくる。
「イチローさんっ! それで今回の買出しは、家畜の買出しなんですよね? ということは今回は子豚ではなく、親豚も買うんですよねっ? ねっ?」
俺とマリスティーヌの間にシュリがいるので詰められてしがみつかれることはないが、シュリがいなければ、詰め寄られていた事だろう。
「いや、買うつもりではいるではあるが… 恐らく、お前がかつ丼が食べたいからってすぐに豚肉にするつもりは無いぞ? ガンガン子豚を産ませてるためだからな」
「そんなこと、分かってますよ、ガンガン子豚を増やしてからいっぱいかつ丼をつくるんですよね?」
「マリスティーヌ、お前には、普通にトンカツやカツサンド、ベーコン、豚の骨付きあばら肉も食わせてやっただろ… なのにどうしてそんなにかつ丼に拘るんだよ」
豚肉を使った料理は先に挙げただけではなく、他にも餃子やお好み焼きなども食わせたが、でもなぜかかつ丼を作り始めるんだよな…
「それはいままで、煮ただけ、焼いただけの食事しかしてこなかったので、初めて食べたかつ丼が衝撃的だったんですよ。世の中にはこんなに美味しい物があるのかと知って驚きました」
「そ、そうか…」
こんな事を言われると他の物食えとは言いづらくなってくるな、しかし、レヴェナント…ちゃんとした料理ぐらい教えてやれよ… いくら世捨て人になったとしても、料理文化まで捨てなくてもいいだろ…
「マリスティーヌさん、ちょっといいですか?」
そんな時に今度はディートが連絡扉からひょっこりと顔を出す。
「どうしたんですか? ディートさん」
マリスティーヌは振り返って尋ねる。
「どうも、ルイーズちゃんがおむつを交換してもらいたいみたいなんですが…おねがいできますか?」
そう言って、ディートは背中でウズウズしているルイーズを見せつける。
「あぁ、そうみたいですね、じゃあ私がおむつの交換をしましょうか」
「すみませんね、いつも頼んでしまって… どういう訳か、僕がおむつの交換をしようとするとルイーズちゃんが嫌がるんですよ」
「普段はとてもディートさんに慣れているのにどうしてなんでしょうね? とりあえず、表は危ないですから中に入りましょうか」
そんな会話を交わしながら、ディートとマリスティーヌは馬車の中に入っていく。
「性に対してウブなディートが幼児相手でも恥ずかしがって、マリスティーヌに頼んでいると思ったら違うのか…」
俺は感じた内容をそのままポロリと口から漏らす。
「なんじゃ、あるじ様とあろうものが解らぬのか?」
そんな俺にシュリが言葉を投げかけてくる。
「解らぬのか? って何だよ…」
俺は手綱を握りながらチラリとシュリを見る。
「ふむ…あるじ様はルイーズが自分の娘だから、普段の様に女心を見抜く事が出来んようじゃな」
「だから、何の事だよ?」
俺は益々分からなくなって首を傾げる。
「ルイーズはディートの事が好きだからこそ、恥ずかしい事を見せたくないのじゃろ」
「おい! ちょっと待て! ルイーズはまだ一歳だぞ!? そんなのあり得んだろ!!」
俺はシュリの言葉に驚いて、シュリに向き直って声をあげる。
「いやいやいや…一歳とはいえおなごじゃ… 本能的に良い男を見定める眼力があるのじゃろう、人間では発情期を向かえないとそう言った物は発現せんかもしれんが、野生の生き物では幼体で番を見つけるものは多くいるぞ?」
シュリの言葉に俺は目を丸くする。俺が知らないだけで野生の生物はそれが当然なのか、それとも異世界独特の生態系によるものなのか、どちらなのであろう…
「まぁ、ディートは頭も良いし、性格も素直で面倒見が良い、その上、あるじ様と違って、そこらの女に手を出しまくって、孕ませ捲る様な男ではないから、普通に見れば優良物件じゃろ」
「…いやいや、ディートはまだ少年だから、大きくなったら俺みたいに数多くの女を侍らせるかもしれんぞ?」
シュリに地味に俺の事が貶されたように言われたので、癪に触って言い返す。
「…あるじ様よ、自分の娘が惚れた相手であり、あるじ様の弟分でもあるディートがそんな風に育っても良いのか?」
「…やだな…そんな爛れたディートは見たくないな…」
自分が投げかけた言葉がそのまま帰ってくる。
「じゃろ? わらわもディートがあるじ様のように爛れた性観念の男になって欲しくないのぅ」
「ちょっと待て、なんで俺が爛れた性観念の男って謂れにゃならんのだ」
俺はシュリに目を尖らせる。
「爛れたと言い始めたのはあるじ様じゃろ…自覚があったからそんな言葉がでてきたんじゃろ」
シュリは呆れ交じりにやれやれといった顔で俺を見る。
「い、いや…お、俺はいつも一人一人…純愛のつもりで望んでいるぞ?」
「あるじ様、震え声になっておるぞ…」
シュリのジト目が俺に突き刺さる。
「ぐぬぬ…」
俺はそんなシュリの目から逃れるために、顔を逸らして前に向き直る。
「ほ、ほら、ユズビスの街が見えて来たぞ」
そう言って、伸びる道の先に見えてきたユズビスの街を指差す。
「あるじ様、今度は、棒読みになっておる…」
シュリがポツリと呟いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
十数年後…
「おぅ、ディート、来たか…」
「はい、イチローお義父さん」
俺はその返事にはぁ~と溜息をつく。
「俺はお前を弟分にする為にカーバルから連れ帰ったのに… どうして息子になっちまうんだよ… それに職場に赤ん坊を背負ってくんなよ…」
「いいじゃないですか、本当の意味で家族になれたんですし、それに連れて来るなっていいますけど、イチローお義父さん、背中の赤ん坊は貴方の孫ですよ?」
そう言って、ディートは背中に背負った赤子を俺に見せる。
「分かってる…分かってるよ…でもな… 三十代で爺さんになってしまった男の気持ちを考えろよ…」
「そんな事を気にしていらしたんですか? 他のお子さんも結婚するというのに、今後はドンドン孫が生まれますよ」
「…どうしてこうなった…」
俺は複雑な気持ちで頭を抱えたのであった。
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