第259話 頑張っている俺にプレゼント

 執務室でのマグナブリル爺さんとの打ち合わせから、それなりの日にちが経った。その勘にマグナブリル爺さんは城の実情を調べ上げ、俺の方は畑仕事に重視したり、風呂場の建築の様子を伺ったりしていた。様々な方面で色々な仕事が有ったので、人材の割り振りに苦労する時もあったが、幸いだったのが、その色々な仕事を手伝ってくれる蟻族たちが、ガチャで言えばSSRに匹敵する有能な人材だったことである。


 いささか人間の常識が乏しい所を除けば、教えた仕事はすぐに覚えるし、その覚えた内容も蟻族の特性から仲間に共有することができるので、プロフェッショナルな人材を必要に応じて好きなように割り振れる状態なのである。


 また、ディートやビアン、ロレンスの存在もかなり大きい。ディートが足りない人手を補うような様々な物を開発して、それをビアンとロレンスが作り出してくれる。この三人の存在が無ければ、俺は多すぎる仕事に今頃右往左往していただろう。


 しかしながら、これだけ優れた人材がそろっていても問題は発生する。それはやはり、単純に人手が足りない事だ。全ての仕事はどれも重要で、同時進行しなければならないのだが、どこもかしこもカツカツで余裕がない。そんな時に、人手がかかる農作業の種まきや苗の植え付けが始まると、全く人手が足りなくて余裕が無くなってしまう。


 そんな状態だから、農作業は普通、日が昇ってから沈むまでが仕事時間であるが、魔法で照明をつけて夜遅くまで、作業を行う事が何日もあった。その度に作業に付き合わせているシュリに詫びの言葉を掛けていた。だが、シュリは俺が詫びの言葉を掛けても、どこでそんな言葉を覚えたのか『それは言わない約束じゃろ』と言って、不平や愚痴の一言も漏らさず、農作業に付き合ってくれる。良い女だ。


 女の話で思い出したが、ティーナやアソシエたちは出産を終えた訳だが、もう予定日を過ぎているはずなのに、一向に出産しないどころか、姿も見る事が出来ない状態が続いている。食事も専属の骨メイドに運んでもらって取っていて、身の回りの世話もしてもらっており、全く部屋から出てこようとしない。俺も心配して何度か部屋に足を運んだが、専属の骨メイドが入室を阻止してきて、部屋に入ることが出来ない。


 ここまでくると部屋の中で死んでいるのではないかと心配するが、部屋の中から『ダーリン…ごめんなさい…今は会う事ができないの…』とプリンクリン独特の鼻にかかった甘い声が響いているので、生きてはいる様だ。


 プリンクリンが予定日が遅れているのもあるが、予定日を控えている者もまだまだいる。それがユニポニーとダークエルフ達だ。ユニポニーは元々ユニコーン(現在はバイコーン)なので、一体、どういう子供を産むのかも心配だし、処女や童貞を嫌うバイコーンになったユニポニーが子育て出来るかも心配である。現代日本で話題の毒親にならなければよいが…


 ダークエルフたちも人間の俺とダークエルフの子供なのでハーフエルフになると思われるが、10人もいれば全員、人間とダークエルフの性質を丁度半々で持って生まれてくるとは限らず、子供に取って受け継ぐ性質が異なる可能性がある。そうなった時に子供同士でいじめが発生しないかも心配だ。


 ってか、自分で蒔いた種とはいえ、俺も気苦労が多くなってきたな… 冒険者をやっていた時は、後先考えず敵を張った推し、女がいれば抱いて、金に困ったらモンスターを倒して金にしていたから、自由気ままな暮らしをしていたが、地に足をつける生活がこれ程大変だったとは… 



「はぁ…」


 俺は思わず溜息を漏らす。


「なんじゃ、あるじ様、溜息などついて…運が逃げるぞ?」


「いやな、地に足をつけた生活をするのって大変だなって思ってな」


 城への帰り道、トラクターの運転席の隣に座るシュリにそう返す。


「まぁ… 今まであるじ様は自由気ままな生活をしておったからな、計画性を考えた生活は戸惑うじゃろうて、じゃが、今の生活は、後から楽をする為の苦労みたいなものじゃから、ひと段落ついたら、落ち着けるようになるじゃろう」


 最近、こんな感じで、シュリに愚痴を聞いてもらうというか人生相談をする機会が多くなった。


「そんなもんか?」


「あぁ、今の農作業も、一から開墾して畑を作り、種まきや作付けをしておったから苦労も多かったが、来年は開墾もせんで良いじゃろうし、種まきも作付けも終わったから、これから少し世話をするだけで、忙しい事は少なかろう」


 農業担当のシュリがそういうのだから、そうなのだろう。でも、他の事でも問題が山積なんだよな~


 シュリとそんな会話を交わしながら、城門を抜け玄関まで辿り着くと、何故だかディートやビアン、ロレンスの姿がある。


「どうしたんだ? 三人とも」


「イチロー兄さん! 遂に完成しましたよっ!」


 ルイーズを背中に背負ったディートが、弾んだ声を掛けてくる。


「完成したって何が?」


 ここ最近はディートに開発を指示していないので、ディートの完成と言う言葉に思い当たるものが無い。


「イチロー殿ったら、そんな風にとぼけちゃって、完成したって言えば、イチロー殿が待ち望んでいたお風呂の事よ~ お・ふ・ろ(ハート)」


「マジか!?」


 俺はビアンの言葉に喜びに目を見開いて声を上げる。


「えぇ、風呂場部分を先行して仕上げまして、試しにお湯も張ってますから、すぐに入る事も可能ですよ。イチロー殿に一番に入ってもらいたくて、皆で待っていたんですよ」


 イケオジエルフのロレンスがいつも通り白い歯を輝かせてそう語る。


「えっ!? 一番風呂を俺に譲る為に、みんな待っててくれたのか?」


 ロレンスの言葉に今度は驚いて、目を丸くする。


「えぇ、勿論ですよ、イチロー兄さんはここしばらく頑張っていましたからね」


「私の様などこの馬の骨か分からないエルフに自由に仕事を振るう裁量を与えてくれましたからね」


「だから、私たちからの、プ・レ・ゼ・ン・ト(はーと)ですわ」


 最近、農業で疲れていたのと、ゴーレムトラクターを使い続けて、例の魔力欠乏症からくるネガティブな感情になっていたので、皆の善意が俺の荒んだ心にしみてくる。


「ありがてぇ…ありがてぇ~ じゃあ、早速入らせてもらうとするか!!」


「あるじ様が風呂に入られるというなら、わらわは後片付けでもしてくるとするかのう」


 隣で一番風呂の話を聞いていたシュリは、気を利かせて俺に一番風呂を譲る為に立ち去ろうとする。


「…シュリ、ちょっと待て」


 俺はシュリを呼び止める。そして、俺に一番風呂を手配してくれた三人に向き直る。


「すまないが、一番風呂にシュリも入れてやっていいか? 今までずっと農作業を手伝ってくれたからな、シュリも一番風呂に入れてやっても良いか?」


 すると、まだ少年のディート以外は、うんうんと理解と納得を示す様に頷く。


「以前はずっと一緒に入っておられたのでしょ? 構いませんよ」


「私はこれから、ずっと一緒に入れるわけだから、構わないわよ」


 ロレンスとビアンがそう答える。その話を聞いてなっとくしたのか、ディートもうんうんと同意するように頷く。


「では、あるじ様がそこまでいって下さるのなら、久しぶりに一緒にはいってやるかのぅ、わらわはあるじ様の背中を流すから、あるじ様はわらわの髪を洗ってくだされ」


 シュリも少しはにかんだ顔でそう答える。


「おっし! じゃあ、シュリ! 久々に一緒にふろに入るぞ!」


 こうして、俺とシュリは出来立てほやほやの風呂場へと向かった。


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