第258話 とりあえずの方向性
「ふむ…恐らくとは思っておりましたが、やはり住民台帳がありませぬな…」
俺の前に座り、書類に目を通していたマグナブリル爺さんは、執務室でこの城の重要書類をペラペラと捲って軽く目を通しながら、そう漏らす。
「元々、厄介者の王族を軟禁させる為に、この辺りは納税の義務を追わせなかったんだろ?だったら、住民台帳がないのは当然なんじゃないか?」
俺はそう言って、蟻メイドではなく、骨メイドのヤヨイが煎れてくれたお茶に口をつける。
「いや、悪知恵の働く輩でしたから、密かに住民を掌握して、いつの日にか独立や反乱を企てているのではないかと考えておりましたが、残念な事と言うか当然の事と言うか、そのような気概も度胸もなかったようですな」
そう言いながら、マグナブリル爺さんはパタリと書類を閉じる。
「ただ卑怯な悪知恵だけは働いたようで、ウリクリへと逃亡するための抜け道は作っていたようですな。これは一件、イアピース王族にとっては恥の遺物ですが、イチロー殿にとっては有益な資産となりますな」
「やはり、マグナブリル爺さんでもそう思うか? 経済に疎い俺ですら、アレはかなり利用価値があると思う」
実際、ガラスの材料である砂を採取するために使ったし、そもそも俺自身も最初にティーナに手を出して、カミラル王子率いるイアピース軍から逃亡するのにも使ったからな。
「先日のカミラル王子とマイティー王女との、過去の遺恨を解消する盟約が結ばれて、今後はウリクリとの交易もやりやすくなりましたからな、ただ現状では今までウリクリ側から信仰する道しかありませんでしたので、イアピース側が管理する街道があると言うのはかなり有益な存在ですな」
「その言い方だと、あの抜け道を管理して、通行料とるだけでも結構な金になりそうな話だな」
これが噂に聞く不労収入って奴か? かなり美味そうだ。
「確かにかなりの金にはなりますな、但し、それはちゃんと管理できていた場合の話です」
そう言いながら、ギョロリと俺を見る。今の話で別に小言を言われるような事は言っていないはずなので、本当に視力が悪いだけなのかな?
「少しばかりこの城を見て回りましたが、今のこの城は、野盗や盗賊の集団に毛の生えたもので、正式な国の政府組織ではありませぬ。法に則らない適当な通行料の徴収を行っておれば、そのうち問題が吹き出てきますし、犯罪集団などの非正規な連中を通してしまえば、再び両国の不和の火種になりかねませぬ」
「確かに現状では、一般人を装った犯罪者を取り締まるノウハウも人材もいないな…」
この城で衛兵的な役割を持っているのって、門番をしているフィッツと…門番長を自称するクリスぐらいしかいないもんな… フィッツを一人抜け道の番をさせるのは可哀そうだし、この城の門番がいなくなるのは困る。クリスに関しては元々抜け道の管理する能力があるのかが怪しい… 今ですら門番の仕事をほっぽりだして狩りをしているぐらいだからな…
「それに、管理できたとして、今後この城の周辺は、ウリクリとの交易の為に大いに発展することになります。その時に良からぬ犯罪者も入り込んでくるので、住民の管理は必須です」
「今まで、税を取らない代わりに、治安活動もしなかったこの領地で、いきなり住民の管理って言い出しても、協力してもらえるか? 住民台帳を作るって言い出したら徴税の前振りだと思われて協力してもらえないんじゃないのか?」
俺がそんな感じに問題点を上げると、何故だかマグナブリル爺さんの口角が僅かに上がる。
「土地と紐づければ住民台帳を作るのは容易です。住民一人に上限をつけて土地の保有を認めると言えば、正式な土地の所有権を認めて貰う為に、生まれたばかりの赤子を引き連れて住民登録に来るでしょう」
確かに、住民どうして、俺の土地はここからここまでって言っても、水掛け論にしかならないから、正式な組織に自分の土地であることを認定してもらえるってのはありがたいだろうな。しかし、俺も悪知恵が働く方なので、悪用方法を考えてしまう。
「住民側の利点は分かったが、それだとこの領地の土地を取得するために、元々この地に住んで居ない者までも、やってきて申請するんじゃないのか? ここ土地が後々反映するなら土地を転売するだけで設けられるから俺なら絶対するぞ」
「そこは、既に住み着いている者から、既に使っている土地を登録していき、使用している様子がない土地を登録するものは登録料を取ったり、また後日使用していないのなら取り上げる法を作ればよいでしょう」
なるほどな、それなら住民台帳と土地台帳を作るのは容易だな。
「この方法である程度、住民との繋がりを作ることができますが、より従順な住民になって貰う為には、治安の維持で実績を見せるとか、後は、宗教施設の設置や教育機関を作って、住民を教育していくことですな、特に次世代を担う子供に関しては教育施設が重要です」
うーん、確かにマグナブリル爺さんの言っている事は正論なんだか、その為の人材が問題なんだよな… 今現在でさえ、自給自足体制を整える人材がカツカツなんだよな…
「イチロー殿、今人材の事についてお考えでしたな?」
図星を突かれて俺は少しビクリとする。
「私が先程挙げた事項をこの城の人材である程度は賄えるかもしれませんが、一時的なら行う事はできますが、継続的に行うのは厳しいでしょうな、なので、ちゃんとした組織を形成して、もっと外部の有用な人間を入れなければなりませぬな。その為に内政であり、その為の私であります」
「それはマグナブリル爺さんが、面倒な内政をやってくれるという事か?」
俺がそう尋ねると、マグナブリル爺さんは目を閉じて首を横に振る。
「イチロー殿、どの様な事があっても頂点の人間が賞罰の権限は手放してはなりませぬ。例えて料理で言えば、下準備は私が行いますので、仕上げはイチロー殿が行うやり方ですな」
「具体的には?」
「下々の人材の登用までは、拘らなくてよろしいですが、担当者の任命と、提示された運用の方向性を決めるのは、必ずイチロー殿が行って下され、そうでなければ組織が乗っ取られたり、不正を行う輩が出てまいります」
こんな忠告をしなければ、自身が権力を握る事ができたのにマグナブリル爺さんは、本当に私心や私欲無しで組織運営の事を考えてくれているんだな。
「俺自身が私心や私欲を考えた場合はどうすんだ?」
「忠告はさせてもらいますし、代替方法も提示いたします、それでも組織を潰してまで私心や私欲を通そうとなさるのなら、私は辞めさせてもらいます」
随分ときっぱり言うな。
「俺を倒して、他の者を頂点に添えようとは思わないのか?」
「他の者に任せるぐらいなら自分でやりますし、自分でやる気があるなら、ここでお茶をのんでおりませぬな」
やる気があればイアピース王家も乗っ取れたとでも言うのか… これ多分、本気でいってるな…
「分かった、マグナブリル爺さんは、野盗や山賊の間つまりではない、正式な組織の成立についての準備をつづけてくれ、俺もちゃんと言われた通りに最終的な確認をして、決定するから」
「分かりました、現状を調べ上げて準備を致します。イチロー殿が私の意図を汲んで下さったようでなりよりです」
こうしてマグナブリル爺さんの領地の統治の準備が続けられる事となった。
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