第257話 ガラス工房

 俺はクリスと別れて、城の城門を抜ける時に、クリスの事で困った笑顔を作るフィッツに挨拶の手を上げながら城門を出て、城の裏手へと回っていく。最初はガラス工房を探し出すのに苦労すると考えていたが、その様な考えは気苦労であり、一目見ればガラスを溶かす為の黒煙がモクモクと上がっているのが見えるのですぐに分かる。


 その黒煙を目掛けて足を進めていくと、ガラス工房とそれに付随する施設が見えてくる。大量の原材料を保管するための仮設倉庫だ。その仮説倉庫は幾つか建造されており、それぞれに原材料の砂や、燃料に使う為のあれは木炭かそれとも石炭らしきものが山積みされている。


「あれが木炭だとすると、今後のガラスの製造を続けるためには炭焼き小屋が必要だし、石炭だとすれば、定期的に石炭を購入していかないとダメだな… うーん、この領地で石炭の採掘もできるのかな?」


 俺はそんな独り言をいいながら施設に近づいて、燃料と思われる黒い塊を確認すると、それは木炭ではなく、石炭であることが判明する。


「やっぱ石炭だな、街から買って来たのか?」


 石炭を触って汚れた手をズボンで拭いながら、ガラス制作をしている工房の中へと入っていく。その瞬間、工房の中のむわっとした熱気が顔と吸い込んだ呼吸の中にあたり、俺は思わず咽込む。


 俺は不意に吸い込んでしまった熱気で咳き込みながら、少しの間、熱気に身体を慣らして心構えをしてから、もう一度工房の中へと進んでいく。


 工房の中では、加熱されて真っ赤に加熱された灼熱のガラス溶融炉を中央にあり、丁度、加熱が終わって鋳型に流し込む作業の瞬間だったのか、ビアンが備え付けのハンドルを回して、解けたガラスの入った溶融炉の口を開き、マグマの様に真っ赤な解けたガラスを鋳型の中に流し込む。

 そして、球場の土をならす時につかうようなレーキを使ってガラス表面をならしていき、ならし終えた後に、まるでイタリアの挟み焼きをするパニーニを作る様に上から蓋を被せて、ビアンが体重を掛けていく。


 そうして、暫くビアンが体重を掛けてガラスを鋳型に挟みこんだ後、蓋を空けると、中にはまだ赤く赤熱したガラス板が現れる。そこにビアンを手伝う蟻族が台車を押して現れて、鋳型の近くに台車を設置する。

 すると、今度はビアンが鋳型の近くにあるレバーを引くと、鋳型自体がてこの原理で持ち上がり、直接手で触れないように、金属製の金具を使って、鋳型の淵を慎重に台車に載せる。そして、乗ったことが確認されると全員でぐっと力を掛けて鋳型を台車の上に載せる。

 そして、運んでいる最中に鋳型が台車から滑り落ちないように、留め具で固定していき別の場所へと運んでいく。

 蟻族が台車で鋳型を運んでいる間に、ビアンは次のガラスを製造するための原料を容器で決まった量を計測してから炉の中に投入して、一仕事を終えたように、ふぅっと一息ついて、汗を拭いだす。


 俺はその様子に、仕事の一区切りがついたと思い、離れた場所から見学するのを止めて、話をする為にビアンへと歩いて近づいていく。


「よう、ご苦労様だな、ビアン。随分と手慣れた手つきでガラスの製造を始めている様じゃないか」


 正直、まだガラス製造を始めたばかりなので、だましだましに作業をしているのかと思ったら、既に何年もガラス製造しているような手慣れた作業だったので、正直な感想でそう声を掛けてみた。


「あら、イチロー殿、ずっと私を見てくれていたのね」


 そういって、俺の声に気が付いたビアンは俺にウインクを送ってくる。ブレねぇ~なぇ~


「あぁ、ガラスの製造の作業を見るなんて初めてだったからな、ずっと見学させてもらっていたんだよ、初めての見学だったけど、ビアンの手慣れた作業については感じ取れたから、すげーなーって思ってな」


「ふふふ、イチロー殿は嬉しい事を言ってくれるのね、でもこれは私だけの手柄ではないのよ」


 これだけの手柄を自慢し始めるかと思ったら、意外と謙虚に答える。


「自分だけの手柄ではないって、どういう事なんだ?」


「次のガラスが溶解するまでの間、腰を降ろして話をしましょうか」


 そう言って、視線で座席に促してくるので、大人しくその指示に従って腰を降ろす。


「それで、どういう事なんだ?」


 俺は、ビアンが差し出してくれた飲み物を受け取りながら尋ねた。


「私の様な昔ながらの職人の仕事のやり方って、思考錯誤をしながら職人の勘と経験だよりで進めていくのだけれど、今回学者であるディート君が協力してくれたお陰で全く別の方法で仕事を進められたのよん」


「ディートが? 具体的にはどんな感じに?」


 そう尋ねて、俺は渡された飲み物を一口含む。どうやらレモネードの様だな。


「先ずは普通なら満足できる品質が出来るまで、何度も何度も試作を繰り返して行って、その中から職人の勘で選び出したものを更に、品質を上げるために色々と試作を繰り返すものなのだけれど、ディート君は予め、色々な比率の材料を少量用意して、それを溶かしていって出来たガラスから最適の比率を見つけ出すのに一日も掛からなかったわ」


 なるほど、ディートって悪い言い方だけど、結構な効率厨だったんだな。まぁ、効率厨でなければあの歳でカーバルの院生にはなれんわな。


「後は試作で出来たガラスの体積と重さを計って、必要なガラスの大きさから、必要な原材料を量と重さを産出して、予め最適量が入る計量器を作って、それですくって入れるだけで、最適のガラスを最適の分量を作るだけの材料を投入できるようになったのよ」


「なるほどな、俺もカーバルにいた時にディートの魔法薬を作ってくれと頼んだことがあったが、あっという間に作ってくれたからな。元々手際がいいんだろう」


 ディートの手際の良さのお陰でカズオも元の姿に戻れたからな。


「他にも、解けたガラスを流し込む鋳型を取り返し式を提案してくれたお陰で、一日にかなりの量を生産することが出来たわ… 全てが古い職人のやり方をしていた私にとってはカルチャーショックだったわね」


 ビアンは口ではそういうがショックを受けている様な表情ではなく、なんとなく珍しい物を見つけた時の様な好奇心に満ち溢れた表情をしている。


「まぁ、大量生産に漕ぎ着けられたのは、ディートが計算して最適化の方法を提案しただけではなく、その提案をディートが子供だからと言って拒むのではなく、受け入れてくれたビアンの度量の広さもあるよ」


 この辺りは素直にビアンを褒めておく。俺も現代日本でつよつよPCを買うためにバイトを色々としたが、どこも頭が硬くて古いタイプの上司がいて、こちらがいくら効率の良い提案しても受け入れてもらえない事なんて、日常茶飯事だったからな。


「フフフ、その辺りは将来有望な男の子の意見だもの… 拒んだりはしないわ」


 そう言って、ビアンは飲み物を口にした後をぺろりと舐める。


「…言っておくが、ディートには手を出すなよ…」


 一応釘は刺しておく。冗談で言っているのが分かるからだ。ビアンが本気の時は目がギラギラするので良く分かる。


「分かっているわよ、本命がいるのに二兎を追うような事はしないわ…」


 今度はギラギラとしたマジ本気の目で俺を見てくる… その目つきに自然と俺の肛門がぎゅっと締まる。


「イチロー兄さん」


 そんな時に、工房の入口から、噂のディートが、ルイーズを背負った姿で顔を出す。


「ん? どうしたディート、俺になんかようか? って、まだルイーズの守をしたままなのかよ」


「えぇ、どうもルイーズちゃんが僕に懐いてしまったようで、ミリーズさんは他の人に預けようとしても、むずがったり、泣き出したりしちゃうんですよ」


 ディートって意外と子供にすかれるのかな?


「それでですね、イチロー兄さん、マグナブリルさんがイチローさんを探しているようなんですが、なんでも城の重要書類にも目を通したいそうで」


「なるほど、それは俺が行かないとダメだな」


 俺はそう言って、椅子から腰を上げる。


「ビアン、飲み物御馳走様、ガラス製造頑張ってくれ」


「じゃあ、そろそろガラスも解けたと思うから、私も作業に戻るわ」


 こうして、俺はガラス工房を後にして城の執務室へと向かったのであった。








 





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