第255話 成長する者しない者

 城に戻った俺は、馬を降りて風呂場の建築予定地に歩いて向かう。すると建築予定地に近づくにつれ、徐々に建築を行う物音が響いてくる。そして、予定地を見渡せる場所まで来ると、建築風景が目に飛び込んでくる。


 以前の豚小屋の建築の際には、木材の準備に時間を掛けて、最後の一瞬でくみ上げるやり方であったが、今回の風呂場の建築は、もうすでにある程度の骨組みが出来上がっており、ロレンスに貸し与えた蟻族の数人が、色々な所で作業を行っていた。


「すっげぇ~なぁ~ もう骨組みができあがってるじゃねぇか…」


 そんな言葉を口にしながら、もっと近くで確認する為に、建築現場へと近づいていく。すると、建築現場のすぐ近くで、以前の様に木材にホゾを掘っているロレンスの姿を見つける。


「よう、ロレンス、順調にすすんでいるじゃないか」


 俺が声を掛けると、ロレンスは作業の手を止めて顔を上げ、俺に歯を輝かせながら向き直る。


「これはこれはイチロー殿、お出かけされたと聞きましたが、もう戻られましたか」


「あぁ、こちらの方でも急用ができたんでな、急いで帰って来たんだ、しかし、僅か数日、あけただけでここまで風呂場の建築が進んでいるとは思わなかったぞ」


 そういって、再び建築現場を見上げる。


「ハハハ、私一人でやっていたら自慢できるところですが、これほどの進捗具合は、全てお借りした蟻族の方々のお陰ですね。かなり有能な方々なので驚きましたよ」


「喜んでもらえたら何よりだ。しかし、土木作業ならまだしも、大工仕事でもロレンスがそんなに褒めるほど有能なのか?」


 リップサービスや社交辞令ではなく、本気で蟻族の連中を褒めている様なので尋ねてみる。


「はい、私のホゾ掘りを興味深そうに見ていたので教えてみたら、すぐに覚えられましたし、その一人にしか教えていないのに、どういう訳か皆さん同じことが出来るようになっていましたので、驚きました。うかうかしていたら私などすぐに追い越されるのではないかと冷や冷やしていますよ」


 そう言って、少し困り顔をしながら愛想笑いを浮かべる。


 そう言えば、カーバルで餃子を包んでいた時もすぐに包み方を覚えたし、最近、個性が出てきたと言っても、蟻族特有の情報共有技能は失っていないはずだから、一人が覚えた事はすぐに皆と共有できるんだよな… ってか、あれ? もしかして、普通に人間よりも有能なんじゃね? 俺はよくこんな奴らに勝てたよな…


 そんな事を考えながら建築現場を眺めていると、あるものが目に留まる。


「あれ? あそこにあるのって、もしかしてガラス? もう作れるようになったのか?」


 俺は建築現場の一か所に、半透明というか、何かぼやけた感じに見える所があり、何だろうとよく目を凝らして見て、ようやくそれがガラスだと分かったのである。しかし、ガラスといっても、現代日本で使われいるような、完全に透明で見通しのよいものではなく、所々、濃淡や表面に凹凸が残る代物である。だが、こんな短期間で実現できるとは思いもしなかった。


「あぁ、あれですか、ビアンカとディート君が頑張ってくれたおかげで、今朝、漸く実用化出来る試作品が出来上がったので、試しにはめてみたんですよ」


「出来立てってことか、しかし、ビアンもディートもすげーな、よくこんな短時間でつくってしまうとは… で、ガラスはどこで作ってるんだ?」


「城壁内では場所が狭いので、城を出た裏手で作っています」


 そういって、ロレンスは大体の方角を指差す。


「なるほど、ちょっと顔を出してくる」


 俺はロレンスに言い残すと、馬を使う距離ではないので、城門へ向かって歩き出す。城門の所ではいつも通りにフィッツが門番を行っているが、先程畑から帰った時には何事も無かった様子だが、今は何やら誰かと話し合っている様に見える。


 近づきながら目を凝らしてみると… 鹿を担いだ人物の姿が見える。あれは… あぁ、クリスだな… しかし、どうしてクリスの奴がフィッツに突っかかんてんだろ?


「クリス! フィッツ! どうしたんだ!」


 俺は大きな声を掛けながら二人に近づいていく。すると俺の存在に気が付いたクリスが物凄い形相で俺の元へと駆け寄ってくる。


「イチロー殿ぉ!!」


「なっなんだよっ!?」


 俺に駆け寄ってきたクリスはそのまま抱きついて来て、俺の口を塞ぎ、不審者の様にキョロキョロと辺りを見回す。



 くせぇぇぇぇぇ!!!! マジくせぇぇぇぇ!!!



 またコイツ、狩りに行っていたかのかよ…物凄い獣臭いっ! どういう意味で俺の口を塞ぐのかは知らないが、どうせなら鼻を塞いでくれ!! 臭くてたまらん!!


「イ、イチロー殿… 先程、部下のフィッツから聞いたのだが…とある自分人物を連れて帰って来たそうですね!?」


 クリスは脂汗を流して焦った顔をしながら俺に尋ねてくる。


 そんなクリスを俺は臭さから逃れるために必死で振り解いて距離を取る。


「おまっ! 急に抱きつくな!! それと口を塞いだら返事できねぇだろうが!! それよか口を塞ぐなら鼻を塞いでくれ!! お前は臭くてたまんねぇんだよ!!」


「臭いとか失礼な事をいうな! イチロー殿!! 私だって、年頃の乙女なんだぞ!」


「そんな獣臭くて小汚い奴が乙女とか抜かすな!! 獣人の方がよっぽど臭くないぞ!! ってか、逆にミケとかハバナの方がいい匂いするぞ!!」


 ってか、僅か数日空けただけで、シュリやディート、ビアンにロレンスは結果を残して成長しているのに、このクリスだけは俺がカーバルに旅立つ時と同じことをしやがって…安西先生も吃驚の成長のなさだよっ!


「えっ!? ミケもハバナもいい匂いがするだと!? 香水でもつけているのではないのか!?」


 ミケとハバナの臭いの話で、クリスが驚いて驚愕の表情をする。


「つけてねぇーよ! そもそも猫は綺麗好きだし、狩猟する民族は獲物に臭いで存在がばれたら狩りができねーから、臭いを気にするんだよ!!」


「えっ!? 獣臭さをつければ逆に獣にバレないのではないのか!?」


「いや、確かに捕えた鹿や猪の獲物の臭いをつけて潜伏する方法もあるが、クリス! お前の場合は汗臭さや不清潔から来る臭さで、鹿や猪とは違う獣臭さなんだよ!」


「そ、そんな私を野生の獣の様に言うな!!!」」


 クリスはそう吠えるが、実際、クリスは目を離すとすぐに野生化するからな…



「一体、何事ですか? イチロー殿」


 その時、俺の後ろからマグナブリル爺さんの声が掛かった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る