第254話 城の下見

「いや、別に忘れていた訳ではなくて、ちょっと忙しくて手が離せなかったから…」


 俺は少しタジタジになりながら、言い訳じみた発言をする。


「私はそのお陰で、何杯ものお茶を頂く事ができましたな」


 そう言って、マグナブリル爺さんはギョロリとした目で俺を見る。


「もしかして…怒ってる?」


 俺は恐る恐る尋ねてみる。


「私の顔が怒っている様に見えますかな?」


 俺には怒っている様に見えるから聞いているんだが…


「じゃあ、怒ってないの?」


「いえ、怒ってますよ」


 やっぱり怒ってんじゃん…


「おじちゃま、おこらないで…」


「わたしたちの給仕だめだったの?」


 マグナブリル爺さんの発言に、マグナブリル爺さんの両隣に身体を寄せるように座っているメイド姿をした蟻族の幼体たちが、不安そうに上目づかいで尋ねる。


「この様な感じでお茶を進められるものですから、何杯もお茶を飲む事になりまして、ただでさえ歳をとって弱った膀胱を酷使することになりました」


 マグナブリル爺さんはティーカップを持ったまま、そう答えた。察するに、ティーカップを降ろすと蟻メイドが容赦なくお茶のお代わりを注いで、その後、『飲まないの?冷めたらおいしくないよ?』って感じに無垢な顔で声を掛けて来て、わんこお茶状態になるからだ。体験者というか第一被害者である俺が言うから間違いない。


「まぁ、そのお陰で短時間ではありますが、この城の問題点がいつくか見えてまりました」


「どんなところが?」


「客人に対してのこのメイドの給仕を見るからに、イチロー殿向けに仕様変更されていて、一般的ではないということですね」


 いやいや、俺も養女の蟻メイドをまるでキャバクラの様に侍らせて、わんこお茶するような感性は持ち合わせていないぞ、全部、蟻達の変な忖度だ。ったく… 教育は完璧だってベータの奴が言ってたのに全然できてねぇじゃないか…


「まぁ…そこは時間が無かったり人材がいなかったりで、教育や指導が行き届いてなかったんだ、多めに見て欲しい…」


 同じ被害者同士で被害者意識を共有できるように答える。


「その様ですな、そもそもこの城には王族の獄潰し共を軟禁するためのもの、元々まともな人材がいないところに、鮮血の夜の女王カローラの襲撃を受けて全滅しましたからな」


 ホント、王族に対しても容赦ねぇな…


「それで、これからマグナブリルはどうしていくんだ?」


 ついてきたはよいものの、何をどうするかは全く聞かされていないので尋ねてみる。


「そうですな、暫くの間は城を見て回って問題点を洗いだしていこうと思います。その後、準備を整えるために、一路イアピースに戻って、必要な物や人材をここへ運んで来ようと思います」


「分かった、俺の方からも皆に連絡して協力するようにしておくよ、とりあえず城を見て回る上で必要なものはあるか?」


 俺の言葉に、マグナブリル爺さんはチラリと蟻メイド幼女を見る。


「何分、この城は不慣れなもので、案内できる者がいればよいのですが、もう少し物事が分かる年端のいった者を貸していただければ良いですな」


 蟻メイド幼女だと、案内よりも爺さんが孫の面倒を見るような事になるからな、成体の蟻メイドでもつけるか…でも、ベータやDVDでは不安だな… こちらも手元に残して使いたいがアルファーをつけるしかないな。


「分かった、すぐに手配する」


 そうして、案内にアルファーをつけてマグナブリル爺さんは、城を見て回る事になった。



 手の空いた俺の方は、俺の留守中に農業や風呂場工事の進捗状況を見て回ることにした。


 俺は厩舎でスケルトンホースを借りると先ずは農地へ馬を走らせる。風呂は完成しなくても現状でもなんとか回せるが、畑がちゃんと出来ていないと、蟻族の連中が来た時に食うものに困るからだ。


 しかし、こうして馬を走らせながら辺りを確認すると、開墾する以前は、鬱蒼とした原野しかなかった場所が、かなり開けて、見渡せる状況になっている。その土の色で黒々とした開けた農地に、ここからでも転々と動く人影が見えてくる。


 今まで冒険者として切った張ったの殺し合いしかしてこなくて、死体の山しか残してこなかった俺が、こうして、人が生きていくための農地を築けているのが感慨深い。


「結構、頑張ったなぁ~」


 その様子に感慨深さを感じた俺は、ポツリと呟く。もちろん、俺一人の功績ではなく、シュリや、ディート、その他大勢の仲間の協力があっての事だが、満足して自画自賛したくなってくる。


「おーい! シュリ!」


 俺はそんな畑の中で作業をしている麦わら帽子を被ったシュリの姿を見つけると、大声を出して呼びかける。俺のその声に気が付いたシュリは、小学校の運動場で白線を引くのに使う道具の様な物を押していく作業の手を止めて、こちらを振り返る。


「おぉ、あるじ様、もう戻って来たのか?」


「あぁ、アソシエ達も産気づいたって連絡が入ってな、向こうの出産も終わったんで急いで帰って来たんだ…まぁ、間に合わなかったがな… で、シュリは何の作業をしているんだ?」


 そう言いながら、シュリが使っている白線引き機みたいな道具を見る。


「あぁ、これか、これは、ロレンスに作ってもらった麦の種まき機じゃよ、これだけ広大な畑じゃ、手で蒔いておったら終わらんからな」


 そう言って、種まき機の蓋をパカッと開けると中に麦が入っているのが見える。


「なるほど、これは便利だな…」


 そう言いながら、シュリの作業を手伝っている他の蟻族の連中を見ると同じように、種まき機を使って種を蒔いている姿が見える。


「ジャガイモの芽かきも終わったし、麦の種まきが終われば、つぎはコーンの種まきじゃな、順調に育てば、主食で困る事はなかろうて」


「そうだな、しかし、種まきが終わっても、収穫までに刈り取り機、脱穀機、製粉機と色々と作っていかないと、小麦は食う事が出来ないからな」


「その点、ジャガイモは焼いたり蒸かしたりするだけ食えるから楽じゃのう、まぁ、小麦と違って日持ちはせぬが」


 今シュリと話をした通りに、主食についてはなんとか目途が立ってきたが、他のおかず用の野菜や、油用にナタネ、服を作る為の綿や麻も植えていかないとダメだし、畜産についてもマリスティーヌの為に買ってきた子豚だけだからな… 牛や鶏も増やして畜産物も賄えるようにするとなると、まだまだ、やる事はあるし大変だ。


「じゃあ、俺はこの後、風呂場の建築の進捗状況を見てくるから城に戻る。後の作業はたのんだぞ、シュリ」


「あぁ、任せるがよい、あるじ様よ」


 最初はシュリの思い付きの我儘で始めた農業であったが、今では農業についてはシュリに頼りっきりになってしまっている。今度、ちゃんと労ってやらないとな…


 俺はそう思いながら、城へ馬を向けて走らせた。


 





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