第252話 怖いよ、この爺さん
「ドウシテコウナッタ…」
俺はカローラ城に向かう馬車の中で、ポツリと呟く。
「どうされたのかな? イチロー殿」
俺の向かいに腰を降ろすマグナブリル爺さんが本を読みながら、声を掛けてくる。
いや、問題の原因である、マグナブリル爺さんが俺の目の前にいるから、困惑して頭を抱えているんだが…
「いや、なにも…」
俺はマグナブリル爺さんから、目を逸らしながら答える。
「そうですか、では話は変わりますが、暗号で特別重要事項が知らされたと聞いておりますが… その特別重要事項とはどの様なことですかな?」
話しは変わってないし、直球ドストレートに聞いてきた…
「いや…そ、それは…領主だけに知らされる特別重要事項だから…」
俺は苦しい言い訳で返す。
「はて? 私がイチロー様の補佐を行う事を決めた際に、領主と同等の情報を得られる契約をしているはずですが? 何か私には言えない訳があるのですかな?」
マグナブリル爺さんが視線を本から俺に移して、あのギラギラとした眼光で睨みつけてくる。
俺はその眼光に耐え切れず、無言で項垂れる。
「ふむ、イチロー殿は、自らの口で説明することを拒んでおられる様子だな… では、情報を伝えに来た者に直接聞くとするが、そなた、私は、契約により、領主であるイチロー殿と同等の情報を得られる事となっている。私にも情報を教えてもらえぬか?」
そう言ってマグナブリル爺さんは、同乗するDVDに向き直る。
「なるほど、キング・イチロー様と同じ情報が必要なのですね」
「ちょっと待て! DVD!」
情報を話そうとするDVDを慌てて呼び止める。しかし、俺がDVDの名を呼んだことで、DVDはまたあの条件反射のスイッチが入ってしまう。
する…するする…しゃらり…
「いや、だから脱ぐなってよ!」
俺の声でDVDの動きがピタリと止まる。
「脱がなくてよろしいのですか? キング・イチロー様」
DVDはキョトンとした顔をこちらに向けて尋ねてくる。
「ここでは脱ぐな!!」
「では、あの行為はイチロー様の寝室限定の行為なのですね、分かりました」
そういって、解いたエプロンの紐を結び直す。
「コホン…」
そこに存在を忘れられていたマグナブリル爺さんが、俺達に自身の存在を思い出させるように咳ばらいをする。
「…あっ…」
俺の背中に冷や汗が流れる。
「イチロー殿はメイドを使って、特殊な享楽をお楽しみのようだな…」
マグナブリル爺さんがギョロリとした目で俺を睨む。
「い、いや…これはだな…色々事情があってだな…」
「イチロー殿、言葉を間違っておられますよ、イチロー殿の場合は『事情』ではなく『情事』ですな。ところで、そこのメイドよ、早急に城で発生した非常事態について説明しなさい」
誰が上手い事を言えと…
「はい、キング・イチロー様の奥方の一人であるネイシュ様が産気づかれたので、一早くカローラ城にお戻りいただきたいと、伝えに来たのです」
「奥方の一人? その言い方ではイチロー殿の奥方が多数おられるように聞こえるが間違いないか?」
マグナブリル爺さんとDVDは上司と優秀な秘書の様に話を進めていく。
「はい、キング・イチロー様には、アソシエ、ミリーズ、ネイシュ様を始め、ダークエルフのイー様、アル様、サン様、スー様、ウー様、リュー様、ちー様、パー様、キュー様、シー様、そして、プリンクリン様、ユニポニー様、エイミー様と16人の奥方がおられ、アソシエ、ミリーズ、ネイシュ様の三人には既に御一人づつのお子様がおられます」
話を聞き終えたマグナブリル爺さんが、まるで『ゴゴゴ』と背後に纏って、ゆっくりと血走った眼で、『おい、全然話がちがうじゃねぇか…』って感じに俺に向き直る。
その様子に毛穴と毛穴から、脂汗とも冷や汗とも言えぬものを、ダラダラと流し続ける。
「おやおや、これはイチロー殿、ケツに火が点いたような状況なのに、イチロー殿ご自身のご様子はまるで火の灯ったローソクがロウを垂らす様ですな…脂汗と冷や汗が混じったものが流れておりますぞ…大丈夫ですかな?」
大丈夫ですかな?と問うてくるが、その顔はとても俺を気遣うような顔には見えない。ギラギラと血走った眼で、顔を俺のすぐ目の前まで寄せてくる。
「…だ、大丈夫です…」
俺は震え声で答える。ってか、めっちゃ顔近いし、顔が怖い…
「それで、先程のメイドの話は本当ですかな?」
マグナブリル爺さんは、顔を近づけたままで凄味のある声で聴いてくる。
この声に俺の心臓はヘビメタ動画を二倍速再生したように高鳴る。
ダメだ…これ以上は俺の精神も心臓も持たない…
俺は糸の切れた人形の様にガクリと項垂れる。
「…はい…事実です…」
恐らく、自供する犯人はこんな気分なのだろうな…と思いながら白状する。
「…なるほど…そうですか」
俺はマグナブリル爺さんが雷の様な罵声なり怒声を上げるかと思っていたが、穏やかにそう一言呟くと、俺に寄せていた顔を離して、席に座り、再び本を開き始める。
「…あれ? 怒らないの?」
あまりにも拍子抜けするマグナブリル爺さんの様子に、俺は狐につままれたように感じながら尋ねる。
「は? どうして、私がイチロー殿の事を怒らなければならないのですか?」
逆にそんな言葉をサラリと投げかけてくる。
「いや…ティーナ姫がいるのに、他にも女どころか子供までいる事に…」
「それは、私がイチロー殿に仕える前の出来事ですし、それでも問題点を敢えて言うなら、他に女や子供のいるような男に股を開いた姫の責任ですな、そもそも、イチロー殿の下の事情に私が怒る必要を感じませぬ」
マグナブリル爺さん、仕えていた王族相手に容赦ねぇな…
「じゃあ、俺にティーナ姫以外の女や子供がいる事は問題ないの?」
「イチロー殿の場合は後先が逆になりますが、地位のある者に、妻や子供が数多くいる事は問題ありませぬ。問題があるというのなら、数多くの妻や子供がいる事を他人に知られた時に困惑して慌てふためくところですな、そこは直して下され」
これは現代と異世界で常識が異なるのか、それともイアピース王族の常識なのか、もしくはマグナブリル爺さんの独特の思想によるものなのか…どれなんだ?
「でも、妻や子供が沢山いると跡目争いとかで揉める原因になるから、いない方がいいんじゃないの?」
「どこの常識ですか? 馬鹿馬鹿しい… 跡目争いはいくらでも解決方法があります。数多くの跡継ぎ候補の中から有能な人間を選べばよいでしょう。逆に跡継ぎが一人しかいなくて、その者が無能であれば家や国が滅びます。そちらの方が家どころか、国家が揉める原因となります」
ちょっと、この爺さんは一筋縄ではいかないというか、癖が強い爺さんだな…
「そうか… 女も子供たちも仲良くしてもらいたいものだな…」
俺はそう呟いて座席に腰を降ろして、窓に流れる景色に視線を向けた。
「跡目争いが起こらない方法については、助言することはできますが、仲良くする方法は個人的な事ですので、イチロー殿自身の腕の見せ所でありますな」
マグナブリル爺さんは、ギョロリとした目でニヤリと口角を上げた。
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