第251話 蟻DVD
俺は自室に戻って、ソファーに深々と腰を降ろし、絶妙なバランスのそこそこの精神的な疲労感と、得も言われぬ達成感と言うか幸福感というか満足感を感じていた。
この感覚はティーナだから特別に感じのかというと、そうでもなく、先に子供を産んだアソシエやミリーズ、ネイシュ達の場にも立ち会っていたら同じことを感じていただろう。
アソシエ達の子供と出会った時はある程度育っていたので、こんな事を言うとアソシエ達が怒るかも知れないが、例えるなら、アソシエ達の子供は完成したプラモデル、ティーナの場合は未開封のプラモデルを渡された気分である。
何を言いたいかと言うと、やはり出産の場に立ち会うべきであったという事だ。
というか、俺という父親のいない場所で、アソシエたちは子供を産んだのか… 口には出さなかったが、随分と心細い思いをした事であろう… 今度、ちゃんとその謝罪と感謝を込めたお礼と嫁孝行をしてやらないとダメだな… ベッドの上で…
そんな事を考えながら、御付きの者が煎れてくれたお茶に手を伸ばし、口元に運ぶ。いつもはコヒーばかり飲んでいるが、ここでは紅茶が多い。しかしながら、かなり良い茶葉を使っているらしく、味も香りもかなり良い。この世界に来て最初に飲んだお茶がこれであれば、俺は紅茶派になっていただろう。まぁ… かなり高い茶葉だと思うので、毎日のように飲む事は出来ないと思うが…
また、俺についている御付きの者は、他の従者とは全く異なって、じいさんばあさんばかりだ…他の従者を見てもこんな年寄はいない。年頃の女をつけると俺が手を出すと思って警戒されているのであろうか…
失礼な扱いだな…いくら俺でも出産を控えたティーナがいるのに、従者や侍女に手を出す訳ないだろう…まぁ、出産を終えれば話は変わるがな…
俺は少しニヤつきながら、紅茶を啜る。
すると、俺の部屋の前に騒がしい足音が近づいて来て、けたたましく扉をノックする。俺はつい先程まで、如何わしい妄想を繰り広げていたので、見透かされたのではないかと思い、肩をビクつかせた。
「イチロー様! イチロー様!」
従者らしき男性が慌てた声を上げながらノックする。
「どうした?」
もしかして、ティーナの容態が変化したのではないかと、内心で不安が湧き上がる。俺は紅茶を置いてすぐさま返答する。
「至急の連絡があります!」
俺は扉の所に行って扉を開く。すると、困惑した顔をする男性従者の姿があった。
「何があったんだ?」
「は、はい、なんでもイチロー様の城から来たという、異形の姿をした者が来ておりまして…」
「俺の城から来た、異形の姿をしたもの?」
一先ず、ティーナの容態が変わったとかの悪い事ではなかったので安心するが、うちの城で異形の姿をしたものって… 女装をしているオネエドワーフのビアンの事か?
もし、ビアンが駆けつけてきたのなら、ビアンと共にディート、ロレンスに任せていた風呂場新築の事業で事故でも起きたのであろうか…
「分かった、とりあえず、俺が確認する。その者所へ案内してくれ!」
俺は従者に案内されて、城から来た異形の者のいる場所に向かう。
「こちらです、イチロー様! お気を付けください!」
従者はそう言うが、扉の向こうに気配は感じるが、殺意は感じなかったので、そのまま扉を開く。すると、予想していた女装姿のビアンではなく、カローラ城のメイド服の姿に、背中から虫の翅を生やした蟻族の姿があった。
「キング・イチロー様、非常事態が発生いたしましたので、ご連絡の為に駆けつけてまいりました」
そう言って、見事な作法で一礼する。
「済まないな、えっとお前は…DVDか?」
最初は誰も見分けのつかない同一人物のようであったが、最近少しづつ個性が出てきているので、俺でも見分けがつくようになってきた。
しかし、今更ながら…DVD…もっとマシな名前を付けてやれば良かったな…あの時の俺はなんでこんな名前を付けたんだろ…
DVDは俺に名前を呼ばれた事で、ピクリと身体を震わせ、スカートを摘まむカーテシーのポーズから、手を後ろに回して、メイド服のエプロンの紐を解こうとする。
「待て!! 今はそれはしなくていい!!」
俺は慌ててDVDがしようとする行為を止めに入る。
やっべ… 俺が「D・V・D!D・V・D!」って名前を連呼したら、恥じらいながら服を脱ぐ遊びをしていたので、DVDの奴が条件反射で服を脱ぎそうになった… ちょっと遊び過ぎたか…
「はい、キング・イチロー様がそう仰るなら」
DVDは伸ばした手を戻して、姿勢を正す。
ふー 危ない所だった… 人の城で大恥を掻くところだった…
「所で、お前が翅を使って飛んで来たって事は、大事が起きたからだと思うけど、一体何があったんだ?」
俺は動揺を隠して、城の主らしく凛とした態度でDVDに問い質す。
「はい、先程、ネイシュ様が産気づかれたので、急ぎ、イチロー様に連絡するために参った次第でございます」
城の従者がいる前で、他の女の出産の自体を告げる発言に、俺は一瞬で顔を青くして凝り固まる。
「マ…マジで…!?」
「マジ? それは本当かという意味ですか? それなら、本当でございます。ネイシュ様はキング・イチロー様の長女であるローシュ様と共にイチロー様のお帰りをお待ちされておられます」
DVDのその言葉に、その場にいた従者も俺と同様に、強張った顔をして、DVDの話が真実かどうかを見極めるために、ゆっくりと顔を俺に向けてくる。
その従者の姿に、俺はごくりと唾を呑む。
マズイ…マズイぞ… 俺にティーナ以外の女がいて、しかもすでに子供がいる事や、今現在妊娠している事は、カミラル王子以外には秘密になっている。
どうする…どうする!? 俺!! この最大の危機をどう乗り越える!?
俺は疑惑と疑念の目を向ける従者に近づき、ガッチリと肩を組む。
「おい、君…何か誤解しているようだが、アイツの発言は暗号だ…」
「暗号!?」
従者は俺に肩を組まれながら、目を見開いて俺を見る。
イケる…これはイケるぞ!!
「そうだ! 暗号だ! そのままの内容では他国の密偵に話を聞かれる場合があるだろ? だから、暗号をつかっているんだよ!!」
俺は駅前にいる悪徳勧誘業者の様に目を血走らせながら、従者に力説する。
「なるほど…暗号でしたか…して、その内容とは?」
ヤベッ! 暗号の内容まで考えてなかった… でも、何とかしないと…そうだ!!
「それは、領主だけに知らされる特別重要事項だっ!! 例え城の従者と言えど、その内容を話す事は許されない!!」
「た、確かにそうですな…して、イチロー様は暗号の内容を知っておられるのですね? どうされるのですか!?」
純粋で単純な奴だな…俺の言葉を信じてやがる…
「うむ… 詳しい事は特別重要事項だが… 城で緊急事態が発生した! 俺は急ぎ城へ戻らねばならない!!」
「分かりました! 私はイチロー様が出立する準備をするので、イチロー様は、ティーナ様に一時お別れの挨拶をなさってください!」
オッケーだ! イケる!! イケるぞ!! 俺最大の危機を乗り越えられたぞ!!
俺はこうして、最大の危機を乗り越え、カローラ城に戻る事となった。
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