第250話 はじめての出産の立ち合い

 ティーナの部屋を追い出された俺とカミラル王子は不安や緊張を紛らわせる為に、お互い話をしていた。


「イチロー、お前、この国の元宰相にそんな低レベルな内容の講義をさせたのか?」


「いや、俺がさせたんじゃなくて、マグナブリル爺さんが勝手に始めたんですよ…でも、めっちゃ分かり易かったです」


「それはそうだろう、元宰相だからな」


 俺は自分の子が生まれる、カミラル王子は妹が出産する、この状況下でそんな話をする事が重要か?と問われたら、緊張と不安を紛らわせる為に必要だったというしか他にない。


 二人ともそうでもしなければ、貧乏ゆすりで16ビートをしたり、動物園のストレスで檻の中をぐるぐる回る動物の様な事をしていただろう。


「しかし、あのマグナブリル爺さん、最初に出会った時にずっと睨まれていると思ったら、あれが、素の表情というか目つきなんですね… おっかねぇ顔…」


「あぁ、アレは視力の問題だそうだ。以前に眼鏡を掛けていたことがあったそうなんだが、余計に視力が落ちて来たので、出来るだけ、目を細めたり、広げたりして、視力を下げないようにしているらしい…」


 現代日本でそんな話を聞いた事があるな…


「あ~ 理由はわかりましたけど、睨むように目を細めたり、血走った目を見開いたり去れると心臓に悪い…」


「これから、イチロー、お前の所で働いて貰うんだから慣れろ、それよりも漸く、お前の男爵位を承認する書類に国王である父上が判を押してくれた、授与式はまだだが、書類上はお前は正式にイアピースの男爵となった」


「あっ、ありがとうございます」


 俺は一応、カミラル王子に手を伸ばして、お礼の握手を交わす。


 これで、名実ともにカローラ城の城主であり、領主になった訳か…ってか、あのあたりってなんて地名だっけ? 確か…マールストーブだっけ? …なんだからそのままなし崩し的にカローラ領って呼び名になりそうだな…


  

 オギュ…



 そんな事を考えていると、扉の向こうで、小動物の泣き声の様なものが聞こえ、俺とカミラル王子の二人は、咄嗟に静まり返って、耳を立ててその音に意識を集中させる。



 オギュ…



 やはり、聞こえた!? 俺はもっとより確実に聞くためにティーナの部屋に繋がる扉に張り付いて、耳を当てる。その俺の姿を見て、カミラル王子も扉に張り付いて来るが、俺よりもタッパも横幅も広いカミラル王子に、俺は扉に押しつぶされる形になる。


「ちょ! 男くさい… マジ潰れる!」


「喋るな! イチロー! 聞こえんだろうが!!」


「そういうカミラル王子の声の方がデカいだろうが!!」


 俺はカミラル王子の胸板に潰されながら叫ぶ。


「そんな事より、とりあえず、あの声が赤子のものか確認することが重要だ!」


 俺と王子は二人で無言で頷き、ゴクリと唾を呑み込んで、扉に耳を押し当てる。勿論、小さな声も見逃さないように盗聴魔法の感度Max3000倍状態だ。



「スゥ・・・」



 ん? 息を吸い込む音?



「おぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 吸い込んでからの一気に大音量の赤子の産声が、俺の感度Max3000倍の耳を突き抜けていく。


「うぉぉぉぉ! ミ、ミミガァァ~!!!」


 耳で受け取った感覚を3000倍にする魔法なので、鼓膜が破れたりはしないが、脳内に3000倍になった赤子の産声が反響して俺や、同じ魔法を使っていたカミラル王子も床に転がって、のたうち回る。


「カミラル王子、イチロー様!」


 俺とカミラル王子が先程まで張り付いていた扉が開かれる。


「ティーナ姫が出産なされました!!」


 扉を開けた侍女は、ティーナ出産のおめでたを伝えるために笑顔で辺りを見回すが、目線の高さに俺とカミラル王子の姿がなく、廊下の上にのたうち回る姿を発見して、目を丸くする。


「いや…これはだな…それよりも、ティーナは無事か!? 赤ん坊は無事か?」


 立ち上がりながら侍女に尋ねる。


「はい! 姫様もお子様も無事です!! 元気な子ですよ!!」


 その言葉を聞くと、俺とカミラル王子は、侍女を押しのけて、部屋の中に転がり込むように入っていき、赤子を抱くティーナの姿を見つけると、ティーナの方も俺の姿を見つけて、一仕事終えた疲れを残す笑顔で微笑みかけてくる。


「イチロー様… 私、ティーナは頑張りましたよ…」


 そう言って、先程生まれたばかりの、赤子を少し掲げてみせる。


「ティーナ…」


 俺はゆっくりとティーナに歩んでいき、抱えるように肩に手を回して、赤子ごとティーナを抱き締める。


「ティーナ、本当にありがとう… 君が頑張ってくれたからこそ、俺は今日、この子に会う事が出来たんだ。それも母子ともに何事もなく無事で安心したよ、これからの君とこの事と俺の三人の未来が楽しみで仕方がないよ!」


 俺は感謝と無事を祝って、ティーナのこの言葉を送ると、ティーナも感極まって、抱き締めている俺の腕に縋りつく。


「イチロー様…イチロー様にそんな事を言って頂けるなんて…ティーナは幸せ者です…」


 そう言って瞳を潤ませる。


「おぎゃ!おぎゃ!」


 自分の存在をアピールするように赤子が泣き声を上げ始める。


「イチロー様、私が産んだ貴方の子供ですわ、抱き上げてくれますか?」


 そういって、今生まれたばかりの赤子を俺に差し出す。


「抱いてもというか、触ってもいいのか? なんか俺なんかが抱き上げたら壊れてしまいそうで…」


「そう思うのなら、優しく抱き上げて下さいね」


 そう言って、俺に託すように赤子を抱きかかえさせる。


「おぉ… 本当にちっせぇ… それに赤子というように赤いなぁ… 元気に泣いて動いているけど、か弱そうで怖い…」


 そう言って俺がおっかなビックリで赤子を抱いていると、俺の姿を見てティーナがクスクスと笑う。


「侍女たちが言っていたんですが、殿方は恐らくそんな事を言うだろうと聞いていたんですが、本当にイチロー様まで仰るとはおもいませんでしたよ」


 見ているだけなら、他の言いようがあるが、女性が十月十日掛けて産んだ掛けがえの無い赤子を抱いたら、おっかなびっくりになっても仕方が無い。


「よかった! ティーナも赤子も健やかで元気で良かった!!」


 ティーナと赤子を抱きかかえる俺ごと、カミラル王子が抱きかかえてくる。暑苦しい…


「それで、ティーナよ、赤子は男のなのか?女なのか?どちらなのだ?」


「はい、お兄様、男の子でございます」


 カミラル王子が俺より前に性別を聞き出す。


「そうか! 男であるか! それはめでたいな! して、名前はもう考えてあるのか?」


 カミラル王子がティーナに尋ねると、ティーナはチラリと俺の顔を見てくる。


「イチロー様、この子の名前は私に付けさせて欲しいのですが…よろしいでしょうか?」


 俺の返答を伺うように、少し首を傾げて尋ねてくる。本当なら、事前に聞いておくか、一度尋ねるかした方が良いのだが、今は一度聞いてから決めると言うような雰囲気ではないな…


「いいよ、ティーナを信じて任せる」


 俺は赤子をティーナに返してそう告げる。


「では…この子の名前は…アインスローンと名付けたいと思います…」


 俺は内心でほっと胸を撫で降ろす。ティーナがキラキラネームとかつけるタイプの人間だったら、子供の未来が終わっている所だった。


「よーし! この子の名前はアインスローンだ!!」


 俺の声がティーナの部屋の中に響いた。




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